起章:第四十三幕:殻
起章:第四十三幕:殻
クズとの決闘に応じる事となった僕らは、雪狼騎士団の詰所へと連れて行かれ、リュスはそのまま――、
『準備をしてくる。もちろん、お前の手足を断ち、縫合するための医師を連れてくるんだ』
と、言葉と見張りの騎士を残し、足早に去っていった。
その後姿を眼で捉え続けていた間は、気配もわかったが、曲がり角を一つ曲がり背中が見えなくなった瞬間、今まで鮮明に感じ取れた気配を見失い、いかに優れた人物なのかを思い知らされた。
そして、問題は――、
「お前ッ!!自分が何をしているのかわかっているのか!?「あの」リュス・ヴィスヴァークと弓の勝負だぞ!?負けるに決まっている勝負に乗り出すなど、愚かにもほどがある!お前はアレか?!藪から突き出してるドラゴンの尾を何かも確認せずに踏みしめる程愚かなのか!?」
リュスとの勝負に応じることを決めてからというもの、隣に居たアルフィーナさんは烈火のごとく怒り狂い、俺がどんなに愚かなのかを語ってくれるが、正直聞く耳をもてなかった。
ただ、アルフィーナさんから告げられた情報によれば、リュス・ヴィスヴァークがどのような人物なのか、大まかに知ることが出来た。最もその情報もアルフィーナさんなりの「感情」が入ってか、かなり歪んだものになっていたのは言うまでも無い。
リュス・ヴィスヴァーク。アプリールの雪狼騎士団の長にして、ブリフォーゲルにおける「騎士十選代<アルマティカ・ゴウン>」と呼ばれる「ブリフォーゲルにおける騎士の中で十本の指に入るほどの実力を有した騎士」として名を馳せているらしい。
得意なのは魔境を用いた精密狙撃で、白亜の魔弓も俺のヴィルヘルム同様に魔力弾<タスク>を飛ばすのに秀でた武器だが、神器とまで唄われている以上、そうやすやすと使って良いものでも無いとのこと。
そしてアルフィーナさんより告げられた情報で、最も頭に来た事が「人間種以外を毛嫌いし、家畜以下として扱っている」という点だ。
事実、騎士団の詰所に訪れて最初に驚いたのは、所々穴の開いた服ですらない、所々で歪な金具で止めただけの布を纏ったドゥーギーの男性を見たからだ。
何をしているのか尋ねても、返事はなく頭を下げ、部屋の隅に行き、黙って立っていた。時折聞こえる彼の腹の虫の音が物悲しく聞こえる。
後から知らされるアルフィーナさんの話では、言葉の受け答えが出来る亜人は主に建築関係や鉱山の仕事に。字が書け、読めるのであれば兵士、良くて守衛などの仕事に。四則演算まで出来るのであれば、店番くらいにはなるかもしれない、との事。
その話を聞かされて最初に思い描いたのはアスール村での生活であり、イダさんを始めとした俺の周囲に居る亜人の人だった。
イダさんが何故俺を最初に見たとき、恐れていたのか。フィリッツさんや、ミルフィのような、俺を人として「異常」と捉えるほどの事を彼らに「人」がしたのだと思うと、自分が行った事ではないにしても、謝罪したい想いが少なからずあった。
「…ったく!……ハァ……」
そうため息をついたアルフィーナさんは俺が腰掛けていたベンチのすぐ隣に腰を下ろし、長いため息を吐いた。
怒気に満ちた表情も、何か考え事をしているかのような、どこか真剣な表情になると、
「……ミコト。私はお前と森の中で出会い、刃を向けたのは覚えているか?」
「……。えぇ。あの時はあそこまで強い人となると、男性だとばかり思っていたのですが……女性だったんですね」
そう言い、意識せずとも目線はアルフィーナさんの胸に行くのは言うまでも無い。
うん、見事なまな板。いや?まな板の方が、包丁傷で凹凸があるかもね?
「お前の目線から何を思ったのかすぐにわかったが、今は良い……。ミコト、お前、竜を殺めたな?」
「はい」
「……、えらく簡単に認めるのだな。意味は解っているのか?」
「えぇ。なんとなく、ですがいつかこういう風に誰かに指摘されるのでは、って思ってましたから」
そういうとアルフィーナさんは再び長いため息をした。疲れからか、心労からか、あるいはその両方か。やがて、考えがまとまったのか、垂れていた頭を持ち上げ、俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。
「竜は最後になんと言っていた?」
「……、樹の竜<ヴィドフニル>。僕の事を、樹の竜<ヴィドフニル>と呼んでいました」
「そうか……。切り口の断面から、恐らくは竜具を用いたのだろうとは思っていたが……。まさか本当だったとはな……。本来なら神族の眷属たる竜種を殺める事は大罪になるが、竜から竜具を賜り殺めたのであれば、それは罪にはならん……だが、何故だ。何故竜を殺める必要があった」
「……大切な人の命がかかっていましたから」
そういうと、アルフィーナさんは微かに眉を動かし、目つきが鋭くなるが、それも一瞬だった。
「……大切、というと……亜人種の事か?」
その言葉に今度は俺の眉が微かに動き、眼が鋭くなりアルフィーナさんをにらんでしまっていた。
自分勝手な想いだったのだと、思い知らされ、眼前のアルフィーナさんもあのクズと同じ考えを有しているらしい。
「……大体の事情はわかった。しかし、もう一つ質問に答えてくれ。お前、私の技量が解ってなお、リュスから私を守ろうとしているのか?ミコトにとって「大切な人」はその亜人……、いやお前の主ではないのか?何故私まで助けようとする。ミコトが身命を賭してまで行動に出る理由はなんだ」
言われ自分自身「なぜ」という想いが生じた。確かに大切な人達を悪く言われた事にはイラつき、軽く殺意が芽生えたのも覚えたのは事実。アルフィーナさんの失態とはいえ、失礼な事をしたのも事実。
でも、言い換えればたった「それ」だけの事で身命を賭してまで応じるの事なのか、ましてやクズの発言からアルフィーナさんの方が高位な人間である事、アルフィーナさんが尋常ならざる力を有している事、それは明らかで例え俺が介入せずともあのクズが口にした「状況」にはならないはずだ。
「ミコト、お前の力は確かに凄い。まだこうして言葉を交わせて数刻しか経っていないが、隣に立てて、手を引かれ、脅威から守られれば、嫌でもわかる。だが、今のお前は――」
「小僧、準備が出来た。ついて来い。……しかし……、一刻も経っていないというのに、この部屋ずいぶん臭くなったなぁ……。おい、この部屋綺麗に掃除しておけ。換気もだ」
アルフィーナさんの言葉を遮るようにして、現れたクズはその声を発し部屋に入るまで気配の片りんすら感じとれず、生粋の狩人である事を物語っているようだった。
そして、部屋に入るなり不満を漏らし、部屋の隅に顔の血色わるいドゥーギーの男性に声をかけるが、目を伏せ時折ふらつく程度で、気づけていなかった。
その様子が気に入らなかったクズは短く舌打ちをしたのち、彼に近づき、ドゥーギーも近づかれた事で半覚醒したのか、素早く顔をあげクズを視界に捉えていた。
そのままクズは殴ろうとしたのだろう。右手を肩の高さで引いた時点で、精霊を纏わせ動きを封じた。
「なッ?!なんだッ?!」
驚くクズの大きな声に、アルフィーナさんも驚き、アルフィーナさんにはクズが右手を引いた所で固まり、驚いて声を上げているだけにしか見えないはずだ。
俺は用意された軽装に着替えつつ、
「今のお前なら、子供にでも殺せますよ。どうでしょう?そこに居られる彼に食事と休息を与えては?見たところかなりお疲れの様子です。それとも今ここで、決闘などせずとも貴方を殺せば僕たちは自由の身なんですかね?」
「こ、この者に食事と休息をとらせろ!今すぐにだ!」
着替えを終え、そう笑顔で振り返ると、クズは小さく喉を鳴らした後、顔をゆがませ荒々しく声をあげた。
やがてクズの声に呼応したのか、騎士が一人慌てて部屋に入ってきて、ドゥーギーの男性を連れて入った。ドゥーギーの男性はやや怯えているようにも見えたが、部屋から連れて出られる直前に俺に小さく頭を下げてくれた。
拘束を解いた後、クズは胸元から一枚の呪符を取り出すが、それにはイダさんから教わった反呪の紋様が刻まれており、一回使うごとに効果を失い、ただの紙に戻る代物だった。その紙に残る紋様を見つめ紋様が残っているのを確認した後、すぐに俺へと視線を移した。
「貴様……、何者だ?」
「お前を「クズ」呼ばわりして、肥溜めの村を愛する村人その一だよ。……付け加えるなら、お前が見下す亜人の主に仕える騎士だ」
俺はさっきまで着ていた服のポケットにしまっていた、魔霊銀<ハイ・ミスリル>のピアスを取り出し左耳へとつける。
コレがあると気が引き締まるというのもあるが、何よりも「勇気」をくれる。
そしてこの時見落としていた。俺の魔法をアルフィーナさんの前で使い、アルフィーナさんなりにそれを分析していたこと。重ねて、アルフィーナさんが最後何を言おうとしたのか、聞きそびれた事。




