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起章:第四十二幕:雪花祭<アンリージュ>-X

起章:第四十二幕:雪花祭<アンリージュ>-X


 リュスは白亜の魔弓を携えたまま、後ろに控えていた騎士に命令を伝えるために振り返ると、騎士は若干怯えつつも固唾を呑み命令を待った。

 

「今すぐ、信号弾を上げろ。色は赤2つだ」


 そう短く告げたリュスの表情は、苛立ちを含んだ笑みを携え、騎士は寄りいっそう怯えた。


「い、良いのですか……?アレの使用にはクィンス様の判断をお聞きしたほうが……」

「構わん。すぐにやれ」

「解りました。直ちに」


 バルコニーの後ろに控えていた騎士にその旨を伝え、眼下に広がる家々を見て、リュスはほおを緩ませた。

 騎士は命令を遂行すべく、城内へ消え、リュスは一人バルコニーに残り、小さく口にした言葉もただただ風に流れるだけだった。


「逃がすわけがないだろう?聖女とそれを守る騎士を……」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  

 僕がこの世界に来てから、「勝てない」と判断して逃げたのは三回ある。

 一回目が、リアとの戦闘訓練だ。当初リアは完全に不慮の事故を装い、殺めようとでもしていたのだろう、立ち向かう事など許されず、ただ時間いっぱい逃げる事を考えた。

 二回目が、キーナさんを助けに赤の森に入った時だ。バンディットウルフからキーナさんを助け、アスール村へ送り届けるまでの間、逃げ続けた。最終的には殺める事が出来たが、それは偶然の産物だろう。


 そして、三回目が「今」だった。


 何者か知らないが、目が酷く冷たく、放たれていた殺意も常軌を逸している。

 腕に抱きかかえているフィーナさんが誰なのか、何をして幽閉されていたのかは知らない。

 それでも、いきなり命を狙ってくるだなんて明らかにおかしいとしか思えない。


「と、止まってくれ、ミコト……」


 そう控えめに告げる腕の中の人物につい視線を移すと、頬がやや紅くなっているが気のせいだろう。


「すみません。もう少しこのままで……。せめて貴女を街の外……いや、信頼できる人の所に案内させてください……」

「残念だが、それは不可能だ。アレを見ろ」


 そう僕の腕に抱かれつつもフィーナさんが指さした空には赤く光る球が二つ重力の影響だろう、徐々に落下しつつではあったが空に漂っていた。

 垂直に上がった物と仮定すると、それはアリアーゼ城の敷地から放たれており、嫌な予感しかしなかった。


「あれは雪原都市アプリールの防護結界を作動させるための信号弾だ。こうなると、領主クィンスであっても街の出入りが出来なくなる……。そのうえ、城壁を飛び越えようとすると迎撃魔法が発動して、間違いなく死ぬだろう」

「街から出る方法は……?」

「……無い」


 そう言い、腕の中で南東門を見つめるフィーナさんの目には、既に門の前で人だかりが出来ているのを確認していた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「冗談じゃない!さっさと門を開けてくれ!」

「なんでこんな事になっているんだ!」

「お、お待ちください!今、アリアーゼ城に理由を聞くべく、別の者が向かっています!」


 荷馬車を引く商人、街の外へ採取にでも出かけようとしている人、祭を楽しむべく訪れた人。

 各々理由は違えど、門から出ようとしてその何れも、結界の発動により出入りを厳重に阻まれていた。

 

「本当に閉ざされているんですね……」


 門の近くにあった、ベンチに二人で腰掛、結界が解除されるのを待っていたが、その様子が全く無かった。

 だが逆にここまで人の目がある場所だと、先ほどバルコニーから狙撃を行った人物も、そうやすやすと手を出せないだろう、と勝手な考えを持ち、行動していた。

 現に、あの狙撃の後からすれ違う人の視線を感じる程度で、嫌悪感を抱くような視線はあまり感じなくなった。


「当然だ。本来なら戦用に使われるべき結界だからな……。それゆえに魔大戦以降使われる事など無かった。そんな物をいきなり使えば、人の心をかきむしるには十分だろう」


 魔大戦。何度か話には聞いていたが、それについての歴史はイダさんの口から聴いたことが無い。

 何と何が争ったのかさえ、わからず、それなのに英雄とまで呼ばれる人物にも会った。

 だからこそ、急に興味がわきフィーナさんに尋ねた。


「魔大戦ってなんですか……?」

「……本気で言っているのか……?」


 眼を見開き、完全に驚かれた。特徴的な銀色の瞳に僕が映っていると少しドキっとする。

 ひょっとしたら、この世界でいうところの、バトル・オブ・セキガハラのような有名な物なのかもしれない。


「すみません、生まれてからずっと森の中で育って、先生と呼べる……二人?と過ごしていたんです……。雑学などは習っていますが、歴史などはさっぱりです……」

「そうか……。すまない。ミコトが時折言葉が流暢でない事から、ある程度察してはいたのだが、やはりはっきりと言葉にしておきたかったのだ……」


 そういうと、フィーナさんは苦笑しながら、何かを思い出すように目を閉じて、口を動かした。


「魔大戦。いつから始まったのか、と問われると私も「この日から」と指定は出来ないのだが、多くの歴史家の間で二百十五年前と言われている。魔王ベルザフィードによる暗黒大陸ルカーシャから円燐大陸ブリフォーゲルへ向けての侵攻が開始された。……侵攻、とは言うが実際は根絶やしだった。……今のエルフの部族が三部族しか居ないのは知っているだろう?」

「フェスタ……、シェイダ、リンファでしたっけ?」


 フェスタは森に住まうエルフを指し、僕が思い描いているエルフに一番近いように思える。森での採取や、狩猟にて日々の糧を得ているらしく、精霊種が見える人が多いらしい。

 シェイダとは肌が青白い種で、主に洞窟や、沼地といったどこか陰湿としたところに住まうエルフの事で、人前に姿を見せるのをあまり好とせず、一人で生涯を過ごす者も居るらしい。

 リンファとは、リアの名前の元にもなっているそうだが風幻都市フェリアーニに多く住まい、健康的な褐色の肌を有しているらしい。特殊な戒律を重んじ、女性のリンファ族は婚姻を果たすまで、眼前のヴェールを取る事を許されず、家族にさえ見せないらしい。

 つまり、イダさんは森に住まうフェスタという部族のエルフになると思われる。肌の色合いから言えば、リアはリンファ族に該当するのだろうが、未婚っぽいしヴェールで顔を覆っていない所を見るとただの日焼けだろう。


「その通りだ。だが、二百十五年前までは、コレに付け加え妖精種と呼ばれるドゥエオ。深海都市ティルノ・クルンに多く住んでいた、ウィンデ。屈強な身体を持ち、竜が人の姿をとったようなディクエン。計6つの部族を総称して「エルフ」と言われていた。何故、今は三部族となったのかは言うまでも無いだろう……」

「たった、二百十五年で……?」

「あぁ……。残った三部族のエルフと、ドワーフや獣人と呼ばれる亜人種、人間種が協力し合い、魔王の軍勢と戦っていたがそれでも拮抗していた」


 フィーナさんは何かをみつけたかのように、空を見上げ、上空に展開されている結界の膜を見つめ、苦笑した。


「数では人間種が圧倒的に多く、エルフや亜人種は度重なる戦闘で数が激減して、最後には人間と魔族が争っている結果に落ち着く。今の亜人種が見下されているのも、人間種が自らが魔大戦を終わらせたのだ、と奢っているからだ。エルフも獣人と同じ亜人として扱われるようになり、昨今の差別化の対象にもなっている」


 だから、ミルフィやフィリッツさん達は僕を珍しいという意味で捉えるのか……。


「この魔大戦は五年ほど前に突然にして終わりを告げる。それを終わらせたのは突如として戦場に現れた謎の英雄の存在だろう。一人は炎そのもののように魔族を焼き払った、炎神ニィナフェルト。一人は雷をその身に纏い、戦場を雷鳴と共に駆け抜けた雷神アイレーフ。そして最後に――」

「神族より遣わされた、女神オルヴィア――。歴史の講義は終了でよろしいすか?聖女様」


 いつの間にか、ベンチの後ろに立っていた金髪の男性は、フィーナさんに向かって、あろう事か聖女と言った。

 気配を全く感じさせなかった移動に対し、僕はすぐにベンチからは離れたが、その動きに対しフィーナさんも付いてきて、ただの貴族の令嬢でないことを物語っていた。


「リュス……。盗み聞きとは趣味が悪いですね」

「いやいや、私もシグンを掲げる偉い学者様の講義を受けられて、身に余る光栄だと思っています」


 そういい、胸に手を当て一礼をするリュスと呼ばれた人物と目が会うと、バルコニーで白地の魔導弓を構えていた人物と同じである事に気付き、リュスとフィーナさんの間に割って入るように立った。


「ふふ。姫を守る騎士のようですね?アルフィーナ様」


 それを見て、リュスさんはそう言うが、僕自身「身体が勝手に動いた」と言う方が正しいのかもしれない。

 というか、略称だったのか……。フィーナさん。


「コ、コイツは私の隠れ蓑に使っていただけだ!勘違いするな!」


 そ、その通りですけど、そうもはっきり言われると、多少なり傷つきます……。


「そうなのですか?……安心しました。……「殺す」手間が省けた」

「ッ?!」


 そう笑顔で言うリュスさんから威圧を感じ取り、笑顔なのに相反する圧力に一瞬息をのむ。

 フィーナさんも足を肩幅ほど瞬時に開き、右手で左腰にあるべきはずの「何か」に触れようとして、空をつかんでしまい、そこるあるべき物がない事で奥歯をかみしめ、ギギと乾いた音が微かに聞こえた。

 

「貴女の剣は私の部屋に置いてあります。大丈夫ですよ、貴女のその手は剣を持つためでなく、子を抱く手になるのです。だから早く城へ――」

「リュス。……そろそろ私も、あきれ果てて言葉が出なくなるぞ……。それに、だ……貴様の物になるくらいなら、まだコイツの方がましだな」


 そう言い、警戒の姿勢を解いたフィーナさんが僕の手を握り身体を寄せてくる。

 それを当然、良しとしないリュスさんは笑顔なのに蟀谷に筋を浮かせ、苛立ったいるのが目に見えてわかるわけで。

 しばらくして、ため息と同時に笑顔を解いたリュスさんの眼は殺意以外に宿してない感情で、僕を見据ていたがやがて大きく目を見開く。


「……お前、まさかあのゴミ溜め村の騎士か?……たしか、「精霊騎士」……だったか?……女と聞いていたが――」

 

 なぜかリュスさん以上に驚いているフィーナさんはさておき、リュスさんに頭の先からつま先まで眺められ、小さく鼻息を漏らすと同時に苦笑し、続けた。

  

「なるほどな。私の魔境を使った狙撃を避けたのも頷ける。……さしずめ、獣人どもに毒されたゆえに気配探知に優れている、といったところか?」

「どこの誰かはわかりませんが、リュス……さん?様?なんて呼べばいいですかね?」

「好きに呼べ。もっとも亜人に飼われている時点で、満足のいく会話が出来るとはとても思えんがな」

「じゃあ、「クズ」。……あと一回でも、「俺」の大切な人達を愚弄してみろ。貴様がどこの誰で、どんなの偉かろうが、ただで済むと思うな」


 クズは顎で俺の顔を指すようにして見下しはじめるが、その表情は「怒り」そのものだった。


「小僧……、雪狼の長たる私を「クズ」呼ばわりした事。許してほしいのであれば、弓を用いた決闘に応じろ。お前が勝てば、先の発言許してやる。そしてお前の「大切な人」に対する発言を地に額を付けて謝罪してやろう」

「リュスッ!!貴様ッ!!」


 クズは怒気をはらんだフィーナさんを手で制し、俺を見下し、続けた。


「私が勝てば……フッ。命を寄越せとは言わん。四肢を切り落として、達磨にして飼ってやる。……もっとも、逃げる選択肢もあるぞ?アルフィーナ様を置いて、あの肥溜めの様な臭い村へとさっさと去ね。ただ……そうだな、その場合は貴様への罰はアルフィーナ様に向けさせてもらおう。この「女」の四肢を切り落として、達磨にして飼う。……さぁ、どうする?「精霊騎士」殿?」


 目でリュスを捉え続け、俺は黙って一歩を踏み出した。


  

 

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