起章:第四十幕:雪花祭<アンリージュ>-VIII
起章:第四十幕:雪花祭<アンリージュ>-VIII
「…………」
「…………」
お父さん、お母さん。尊は異世界で初めて女の子と手を繋いで街中を歩いています。
現実世界では、布部と手をつないでいたくらいなので、きっとノーカンです。
でもまぁ、こっちの世界に来てからというもの、イダさんを抱き寄せたり、ミルフィと買い物で街中を歩く事はありましたけど、「家族」はノーカンだと思っているわけで。
名前だけ知っている見ず知らずのこちらの麗しい女性と歩くなど、初めての経験でして。
「なにかこう……、面映ゆいな。ミコト、振り返るなよ?」
「って、言われると振り向きたくなるのが人情だと思っているわけで……。まぁ振り向いたりしませんよ」
あ、いえ。振り返らずとも、真っ赤な顔で俯きつつ手を引かれている貴女の顔は既に見えていますので、大丈夫ですよ?
などと、思っても口には出さないあたり僕はやはり紳士なのである。
「あ……ミコト、"フェン・タイ"を配っている露店があるぞ」
そう、仮に変態だったとしても、変態という名の……。今、なんて?
「ふぇん・たい?って何ですか?」
立ち止まり、フィーナさんを振り返ると視線は青の布地に「フェン・タイ」と名が描かれて、その横に青白い花の絵を添えられた屋台があり、店主が右手に数本の何かの茎を持ち、左手を口にそえていた。
店の周りには数組の恋仲としか思えない男女のペアが居り、何れも店主の言葉に耳を傾けているようだった。
「雪の花の事だ。雪花祭<アンリージュ>は今日の正午から三日後の正午まで続く。貰ってすぐに花が咲くなどまずありえないらしいが、三日間のうちに花が咲けば想いを馳せている人との相性が良い、と言われている。告白の際はその花を相手の送るのが習わしだとか」
そういえば、兎のしっぽ亭でラスティルさん達に同じような説明を受けたが、この花の事だったのか。
「雪の花<フェン・タイ>を配る店は街の中にたくさんあって、どこで貰うかを考えるのも楽しいと言われているな。なんでも成績、というか実績というか、より多くの花が咲いた露店は質の良い雪の花<フェン・タイ>を配ってくれる、と男女問わずに人気らしい」
「詳しいんですね。……興味があるのなら、貰ってみませんか?」
と、何気なしに行った言葉に対し、フィーナさんは顔をさらに真っ赤にして修羅像の如き表情になり、
「だ、誰があんなうわっついたものなどッ!貴様、私を侮辱するのかッ!」
「そうですか。僕は興味があるので、貰ってきても良いですよね?」
「好きにしろッ!――って、ちょっと待て!なんで手を離さない!お前ひとりで行けばいいではないかッ!」
そこまで興味ない風にいうのなら、今までに何度も雪の花<フェン・タイ>のお店の前を通るたびにチラチラと横目で見ないでください。
気になってしょうがないですから。
「お!今度のお嬢さんはえらく上玉だなぁ!それにしちゃぁ……兄ちゃん。ホントに「付いてんのか」?」
雪の花<フェン・タイ>を扱っていた店主の前に行くと、いきなり下から入られた。
雪原都市アプリール、雪と「霜」の街だからだろうか……。
「付いてますよ……。それよりおじさん。彼女に雪の花<フェン・タイ>を一輪渡してください」
「要らんと言っているだろうが!」
「ハハ。たまに居るんだよ恋仲同士の関係を確認したくない、って子がなぁ。嬢ちゃんはこの通り要らないと言っているが、どうするね?」
フィーナさんは未だに顔を真っ赤にして、怒っているが時折目線が店主の持っている雪の花<フェン・タイ>に注がれているのは明らかなわけで。
ここまで美人なんだ、告白された事も一度や二度じゃないはずだし、確認したい恋仲の一人や二人いるだろうさ。
なんとかして、雪の花<フェン・タイ>を手にしてほしいが、やむを得ない。
「(目立たず雪原都市アプリールから出たいというのであれば、恋仲を装っているのに雪の花<フェン・タイ>を持たずに歩くのはどうなんですか?)」
と小声で、耳打ちすると、
「た、確かに、貴様の言う通りだ……。もらってくるから、少し待て……」
というと、フィーナさんは茎を持っていた店主ではなく、店主の後ろの箱をめがけ進み、中を「アレでもない、コレでもない」と物色するように雪の花<フェン・タイ>の茎を選別していった。
本当は欲しかった、という思いを隠すつもりがあるのだろうか、この人は……。
「ず、ずいぶんと積極……的?な、彼女だな、兄ちゃん……」
「え、えぇ……まぁ」
しばらくしてフィーナさんは、一本の雪の花<フェン・タイ>の茎を握りしめ、あたかも聖剣を手に入れた勇者の如く、もしくは欲しかった玩具が買ってもらえた子供の様に、ソレを高々と掲げ、
「コレにする!」
と自信満々に口にした。
その様子を僕や店主だけでなく、周りの人達もどこか微笑ましく見守っていたのは言うまでも無い。
「それで、兄ちゃんは要らないのかい?」
「では、一輪頂けますか?」
「ほう……。兄ちゃん勇気があるな?」
意味が解らず、首を傾げると、店主は続けて、
「だって、そうだろうさ。あの嬢ちゃんにとって、兄ちゃんは「良いの相性」かもしれないのに、あんたから見たあの嬢ちゃんは「良いの相性じゃない」可能性も出るんだぜ?夫婦になって何年も寄り添った間柄同士で二本もらう事はあっても、兄ちゃん達みたいな若い子達が手に取って破局した、なんて話し結構聞くしなぁ」
つまり、この花は「お互いに良い相性だったら花が咲く」のではなく、「一方的に見て良い相性だったら花が咲く」という意味らしい。
「でもそれなら、二本貰ったとしても、どうやって「お互いに良い相性」だって、わかるのですか?貰った人が実は別の人に対して想いを馳せている可能性だってあるじゃないですか」
「簡単な事だ!同じ形の花が咲き、二つが寄り添い、白宝<アリア>の加護の元であれば何年も枯れ続ける事の無い雪の花<フェン・タイ>になるのだ!」
そう、かなり控えめな胸を張って説明してくれるフィーナさんは、念願の雪の花<フェン・タイ>を手に入れたのが嬉しかったのだろう、かなりご機嫌だった。
「んー……。でも僕も興味があるので、一本頂けますか?」
「兄ちゃん怖い物知らずだな、気に入った。好きなの持っていきな」
正直どれをとっても大差など無いだろうと思ったが、僕自身にとって誰に想いを馳せているのかを一瞬思案して、結局「真面目に選ぼう」と考えが行きついた。
といっても、フィーナさんのように奥の箱に入れられた物から選ぶとまでは行かず、店主が手に持っていた七本のうち一本を手に取った。
手に取った瞬間感じたのは、霜にでも触れたかのような刹那の痛みで、茎を落としかけたが、痛みから眼を閉じてしまったものをゆっくりと開くと手の中に真っ白い花弁が幾重にも重なったバラが出来ていた。
「おい、こりゃあ……」
店主はあまりの驚きに、苦笑交じりに顔がひきつり、手に持っていた残りの六本の茎を地面に落としていた。フィーナさんも多少は驚いたのだろう、目を見開いていた。
「まだ、雪花祭<アンリージュ>は始まっていないと思うのですが……。こ、これはノーカンですかね……」
正午からとフィーナさんから聞かされていたので、まだ数分の余裕がある。よって、照れ隠しのようにそう言ったが、周りの微笑ましいとでも言いたそうな顔は隠されていなかった。
やがて、店主を含め周りの目線がフィーナさんへと注がれ、当の本人は「この空気を何とかしろ!」とでも言いたげに涙目で睨んできた。
とは言われて……はいないが、目で訴えられても、この花はイダさんへの想いなのであって、フィーナさんの物でもないと結論に至り、上着についていた胸のポケットに茎をしまって、イダさんへのお土産にしようと決めた。
となれば、もう一人の姉でもある、金髪美女にも貰って帰る方が良いのだろう。きっと茎だけだろうが。
などと考えつつ、ため息交じりに店主が地面に落とした茎を手に取ると、
さっき同様に霜にでも触れたかの痛みと共に、五枚の花弁を有し中央にいくにつれ、青から白へと変わる小さい無数の花が咲く。確か、現実世界のネモフィラと呼ばれる花だ。
っていうか、さっきは気づけなかったが、手に持った瞬間、茎へ大量の精霊が吸い込まれる、というよりも我先にと流れ込んでいるのが確認できたため、これはたぶん「想いがどうこう」といった代物ではなく、祭りの最中にアプリール内を歩き回れば勝手に花が咲く仕様なのだろう。
僕の様な例外を除けば、三日間祭りを楽しめば、勝手に花開くのではないだろうか?
現に、三本目をイダさんの治療に奮闘してくれたニナさんを想い手に取ると、一瞬にして周囲の精霊が茎へと集まり開花する。小菊にも似たそれは、恐らくガーベラの花。
ここまで来ると、それぞれ花が違うのかと、気になりミルフィを思い浮かべ、茎を手に取ると中央に向かって大きく湾曲した花弁を持つハナミズキに。っていうか、あれはたしか樹だった気がする。
赤の森で出会い、アスール村へと送り届けたキーナさんはアセビの花。痴女兎のラスティルさんはライラック。
――と、ここにきて周囲の冷めた目線に気づき、店主は額に手を当て、「やっちまったな……」とでも言いたげだった。
そこで、僕が何をしたのかを理解する。
①女連れ(フィーナさん)で、街を歩き雪の花<フェン・タイ>を手に取った。
②花が咲いた。ココまでは良い。
③次々へと別の茎を手に取り、開花させた。(意に反して勝手に精霊が茎へと流れ込んだ)
④雪の花<フェン・タイ>の形が全部違う。(多数の女性に好意を抱いている、と思われている)
結果、店主が全ての花を紙に包んでくれて、六本の雪の花<フェン・タイ>を持つ男(何も知らない人間が見ると多数の女性に好意があるように思われる)と、一本の茎を持つ女性の図が出来上がり、かえって目立つ結果に終わり、気づけなかったが正午を告げる鐘の音と同時に雪花祭<アンリージュ>が始まった。
冷めた目線を送る市民の方々よりも、絶対零度の如く突き刺さる目線のフィーナさんが二百倍くらい怖かったのは言うまでもない。
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