起章:第三十九幕:雪花祭<アンリージュ>-VII
起章:第三十九幕:雪花祭<アンリージュ>-VII
不思議、だ。
この男、何を基準に道を選んでいるのか解らないが、アプリールの騎士と一度も出会っていない。
遭遇したとしても、それは目の前の男が、「ココで待ってて」と路地裏に連れて行かれ、大通りを数名の騎士が駆け抜け、私の前を素通りする。
その際、この男は私を隠すように立ちふさがり、その背中がどこか頼もしいものに見えた。
誰かの背中に守られるのは、なんかこう……。ムズムズするな……。
しかし、この男何かの魔法を使っているとしか思えない。最初は、追跡<チェイス>の魔法を疑ったが、あれは「多人数が個人」を追跡する際に用いる魔法で、追跡<チェイス>する相手を詳細に意識しなければいけない。これが彼の言う「初めて訪れた街」で使えるわけが無い。
であれば、一体何を行使して、彼の騎士どもを回避しているのか、さらにわからない。
そういえば、あの「女」と出会った時も謎の魔法にしてやられ、破邪堅装<アーヴェリック>さえ機能しなかった。
あの状況で攻撃をされれば、確実に殺められただろう。
本来、誰がどのような技術、魔法を有しているかを知らせるなど、戦いで糧を得ている者から言わせれば「どうぞ殺してください」といっているようなものだ。
それゆえに「貴方はどんな魔法が使えるのですか?」などと聞くわけにもいかない。
「あの、えっと……、僕の顔に何か付いてますか?」
「あぁ。眼が二つ、鼻と口が一つずつ」
「それ以外で、という意味だったのですが……」
「安心しろ、何も付いていない」
そう言うと、彼はため息を一つして、再び前を歩く。
数歩進んでから、その後ろを付いて歩くが、その距離さえ開きすぎると後ろを振り返る事も無く、歩みを止め私を待ってくれる。
きっと往来で多くの人の足音が聞こえる中で、私の音だけを正確に拾っているのだろう。そう仮定をたてても、その結果行き着く答えは「化け物」だった。
「おい、貴様はその……、なにか戦いなれていたりするのか……?」
「んー……、「最低限度の技術」だけは有しているつもりです」
何から見て最低限度なのか、と内心思ったがこれ以上聞くのは初対面の相手には失礼になるのかもしれないな……。
それにこの男、とても「戦いが向いている」ように思えない。ただの村民にちょっと魔力操作が扱える程度、と思うべきだろう。
「ところで、その……」
「なんだ?」
彼はどこか照れくさそうに、眼を伏せながら弱弱しく問うてきた。
「名前を聞いても良いかな?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…………フィーナ」
フィーナ。目の前の特徴的な銀髪をキャスケットで隠した美女はそう己の名前を口にした。口元は微かに弧を描いてはいたが、銀の瞳の眼光は鋭いままで、さっきから時折様子を伺われていた。
それもこれも、精霊の眼を借りて上空から騎士の動向を確認して避けに避けて、回避のしようが無いときはフィーナさんを路地に隠れてもらって、立ちふさがるようにして彼女を隠した。重ねて歩みを速めたつもりはないのに、時折距離が開く事があっていいとこのお嬢様はこんな感じなんだろうか、と考え何も言わず追いつくまで待った。
それらの行動全てが、フィーナさんにとっては「未来でも見ている」かのように思えるのかもしれない。
「……お前の、名は?」
「ミコトです。ミコト・オオシバ」
「ミクォト……」
そうフィーナさんは口にするが、この世界の人はなんでいつも名前を間違えるのか。「コ」はそんなに難しい発音なのだろうか……。
「ミコトです。ミ・コ・ト」
「すまない、ミコ、ト。……んっん。……ミコト」
フィーナさんは短く咳払いをしてから、名前を言い直してくれて、微かにほんの微かに微笑んだように見えた。
その表情から、少しは打ち解けてくれたものだと思い、服屋を出る前に聞かされた「騎士に追われている」という言葉の意味を問いたくなった。
「フィーナさんはなんで騎士団の人に追われているのですか?」
「…………」
なんか、若干微笑んでいたように見えた顔が固まり、影がさした。少し怒っているようにも見えたが、それは確実に僕に対しての怒りではない、と信じたいのだが。
きっと、貴族の出身でお父様が、政略結婚を強引に進めた結果、嫌になり家出した。そんなところでしょう?ファンタジーのお約束ですよ。
「……フィーナさん?」
「ドアを……吹き飛ばした」
今、なんて?
「……ドアを吹き飛ばした」
「いや、心を読まないでください……」
「……それから……その……逃げる前に、騎士に気付かれて四名ほど意識を奪った」
なんだろ。
つい数秒前まで「淑女」が似合う言葉だった気がするのだが、一瞬金髪ゴリラが脳裏をよぎったのは気のせいではないかもしれない。
どこか気恥ずかそうに言うが、内容が内容なだけに、全然可愛いと思えないのが不思議だ。
「ドアが見張りの騎士に固定化されていて、外に出れない状態になってしまったのだ。だから、『ドア毎、周りの壁も吹き飛ばし』て脱出した。その際の爆音に気付いた騎士二名と、ドアの側に立っていた騎士の計四名だ」
「……それで追われる身に……?」
「いや、ドアを吹き飛ばした事も、騎士の意識を奪ったのも些細な事だ。問題は……」
いや、大問題としか思えないのですが、些細ときましたか。
僕の苦笑が目に入り、途中で会話を止めて何か話題を変えようとしたのだろう、フィーナさんは辺りに視線を走らせるが、やがて一つの出店、果物の盛り合わせを取り扱っているお店の前に居た恋仲としか思えないイチャつく男女を数秒見つめた後、僕へと視線を戻しほんの少し伏し目がちに頬を染め、
「……手は繋がなくても良いのか?」
前言撤回。そこそこ可愛いと思ってしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
雪原都市アプリールのアリアーゼ城敷地内に存在する、雪狼騎士団の騎士団長の部屋にミコトをアリアーゼ城まで案内していた二人の騎士と、リュスが居た。
リュスは二人の騎士に背中を向けるようにして、椅子に腰かけ、アルフィーナが腰に吊っていた銀旋の剣を鞘から抜き、刀身を見つめていた。
「だ、団長……。その……」
「あの剣聖とも呼ばれる聖女をドア一枚隔てたくらいで、閉じ込められるなどはなから思っていない。アレだろう、南東門に来都者を知らせる鐘を止めていなかった。聖女がドアを破壊した時間的にみて鐘の音に気づいたのだろう。それ故に鐘を止めるように言っていなかった、私の不手際だ、とでも言いたいのだろう?」
リュスは銀色に輝く剣を鞘へと戻し、椅子から立ち上がる。
そして騎士たちに振り向くと、やっと騎士たちにもリュスの表情がわかった事だろう。
その怒りに満ち、目を血走らせ、眉がつりあがり眉間に大きく皺が刻まれている表情を。
「だがな……、誰が想像できる?ただの「村娘」を監視すら出来ない、この愚鈍な部下の存在を」
「し、しかしあの娘、ただの人間じゃないです!何か呪術の類が使える「はず」なんです!」
リュスはその怒りの表情のまま、首を傾げ騎士たちをにらみ続ける。
「そのような不確かな情報で、恐れ慄き、村娘一人監視環境に置けないお前らを……、どうして私が生かしておくと思うんだ?何故なんの成果も無く、私の前で空気を吸え、吐く事が出来る。それはアレか?私はバカにされているのか?」
「ち、違いますッ!」
「であれば、正午の鐘までに見つけ出せ。お前らは村娘を、私は聖女を見つけ出す。……ほんの数秒でさえ待つと思うな」
騎士二人は、頭を下げる事も忘れ、顔を青くして部屋を飛び出していった。
その様子に、眉間の皺と解いたリュスはため息をしてから、机に銀の剣をたてかけ、再び椅子に深く腰掛け向きを変えて窓の外に爛々と輝く太陽の高さを確認し、卑しく微笑む。
「早く見つけないと、また「鏡」の贄になるぞ……」
そう小さく口にした。




