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起章:第三十八幕:雪花祭<アンリージュ>-VI

起章:第三十八幕:雪花祭<アンリージュ>-VI


「遅い……」


 ミルフィールさんと別れてからというもの、約一週間ぶりの我が家は家族が居ないせいか、かなり広く感じた。

 というよりも、リアが家を開ける事なんて珍しい事ではなかったが、ミコトが家に居ないというのはコレほどまでに堪えることなのか、と内心驚いた。

 

 ミコト。彼がこの世界に現れてからというもの、私の日常はガラリと変わった。

 いつもは、起きて、顔を洗って、ご飯を食べて、リアの依頼があれば薬を作り、無ければ素材の採取に出かけ、またご飯を食べて、午前と同じようにして過ごして、夜を迎えて寝る。

 そしてまた新しい太陽の下で昨日と同じ工程を繰り返す。ただそれだけの日常だった。

 しかしミコトが現れてからは、毎日が新しい発見だった。私の目からみた「いつもの光景」はミコトにとってとても「尊い」ものだという。

 何気ない花を見つめてはただ感動し、新しい言葉を覚えては納得のいくまで発音の練習をして、何を教えても必ず「ありがとう」と感謝の言葉を忘れない。

 「イタダキマス」という言葉にも驚いた。最初は何かのまじないなのだと思っていたが、何気なく聞いたことがあった。


『料理を作ってくれた人や、素材を得るのに協力してくれた人に感謝をしている……のかな?』


 と、どこか自信が無さそうにいった言葉一つでも私は驚いた。

 以降食事の際に必ず言ったが、リアだけは頑なに拒み続けた。それでもしばらく経つと、ミコトが居ない時や一人で夜遅くに帰ってきた時なんかに必ず「いただきます」と声に出していた。

 だから、というわけではないのかもしれないが、私の中では「いつもの工程」が何気ない一つ一つの行動が、新しい物に思えた。

 最初はただの「罪滅ぼしをしたい」という理由から、人間には難しい「魔法薬師」の知識を貪り、一人でも多くの人を救おうと心に決めた。

 それが今では、ほんの少しでも感謝されているのだろうか、と思えどこか嬉しくなった。

 

 そんな想いを抱かせてくれた相手を、私は家族としてとらえ、彼にも同様に想って欲しかった。


 彼の生涯で、私の変化を見届けてくれる家族に。隣に立ってくれる人として。


「ハァ……」

 

 今、ミコトは何をしているのだろうか。

 ミルフィールさんや、私を守るためとはいえ、自らアプリールへと赴いた。

 それは今の時期でいう、雪花祭<アンリージュ>のためではない事くらい誰しもわかる。ミコトから聞いた情報を元に行き着いた答え、「アル・バルディール」が絡んでいるのは確実。

 

 怖い――。


 私は「人」が怖い。

 この想いは、ミコトは気づいてるのだろうか。

 街に居た時の私の様子から、私が何を恐れているのかはうすうす感づいているのだろう。それでも彼は気付かぬふりをして、いろんな所へ行こうと声をかけてくれた。


 怖い――。


 そんな彼が「人」になってしまうのが。

 彼がアプリールへ赴くと聞かされたとき、内心止めたかった。

 アスール村であれば、「会う」事が無かっただろうが、アプリールに赴けば必ず眼に入ってしまう。

 その時の彼の変わりようを想像したくない。


 怖い――。


 大切な「家族」を失うのが。彼にも同じ想いがあるのは知っている。

 

「ミコト……」


 長机に頬をつけ、窓から外を眺めながらそう口にする。その言葉は口にすると自然に頬がゆるみ、身体が熱を持つ。

 

「ミコト……」


 私の騎士であり、家族。鏡など見ずともわかる。頬が紅くなり、耳もそうなっているのだろう。

 

「ハァ……」


 ため息さえいつも以上に熱を帯びる。そしてリアの言うとおりなんだ、と今にして理解できた。


 私は彼を好いているのだ、と。家族としてではなく、騎士としてでもなく、「異性」として認識しているのだ、と。

 

 そう結論を出した時点で、身体の中心が強く歪むように軋んだ。それは今までに感じたことの無い痛みで、呼吸を荒げる。

 彼が近くに居ないと想うだけで、焦燥感を感じ、何かに穴が開いたようにさえ思えた。


 だからだろう。

 家に近づく「人」の気配に全く気付けなかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「あの……、お客様、大変申し上げにくいのですが……その」

「なんだ?」


 えっとなんだろ。

 「大は小をかねる」のかもしれないけど、「極大は小を絶対にかねない」と見せられた気分だ。

 1000ガルド(防寒性能を有する男物衣服上下セット(安物))の買い物に、結晶貨50000ガルドを叩きつけられ、亡き妻への想いを馳せていた店主は完全に困っていた。


 身なりからしてわかってましたよ?高貴な人なんだなーってのは。

 事故とはいえしりもちをついた女性のスカートの中にもろ頭を突っ込んでしまい、思い切り蹴られたと同時に意識を失った僕は試着室の中で目覚めた。

 当然、こういった場合女性が膝枕をしてくれている、というのが鉄則なのかもしれないが、そんな事は無く試着室の外にアプリールの冷たさを体言したかのような銀色の瞳をした銀髪の美しい女性が立っていた。

 その見にまとうドレスも見事しか言葉が出ないほどの代物で、白を基調とし所々銀の装飾が施され、瞳と髪からも「これ以上似合う服は無い」といっても過言ではなかった。

 意識を取り戻した僕に対し、美しい女性は、




「申し訳ありませんでした。その、貴方に一目惚れをしてしまい、ついこのような行動をとってしまいました……」




 などと言うはずもなく、


「手伝え。アプリールから外に出たいが、あまり目立ちたくない。それで手打ちだ。意味はわかるな?」


 と短い脅迫をされ、否応無く力強く首を縦に振った。

 そして、このやり取りをしてもなお夢の世界に旅立ち返ってこなかった、店主に銀髪女性が結晶貨を叩きつけ、「アイツの服代だ。足りるか?」と言い、今に至る。


「大変申し上げにくいのですが、その……この貨幣ではお釣りを返す事が出来ないわけでして……」

「不要だ」

「いえ、あの……」

「屋台の出店でも無い限り、こういった店舗は帳簿を取ってきちんと組合に提出する義務があるって聞いたことがあります」


 横から、困りきっていた店主に代わり声をかけると、僕と眼が合うや否や「亡き妻」と姿をかぶせていた僕が「男」だったと知ったせいか、眼を見開き口が開いていた。


「そうなのか……。すまない……。これ以外の貨幣を持ち合わせていないのだ」

「いや、そもそも僕の買い物ですし、貴女が立て替える必要はありませんよ」


 そう言い、財布を開けようとした所でふと、目の前の銀髪美女に目線がいく。

 そして彼女の言っていた言葉を思い出す。「あまり目立ちたくない」。うん、無理。何がどうひっくり返っても、その衣服と髪は目立つ。


「店主。すみませんが、この女性に似合う丈と大きさの質がそこそこ良い服と、それに似合った髪を隠せる帽子を見繕ってくれませんか?」

「かしこまりました。ご予算は?」

「その貨幣で、おつりが払えるほどの衣服、でどうでしょうか?」

「承りました」


 店主は頭を下げて、バックヤードに入っていこうとするが、その直前に僕を見つめ、大きくため息をしていた。


 金髪美女はと言えば、どこか申し訳なさそうに目を伏せ、口を開いた。


「こういった買い物には慣れていないのだ……」

「えぇ、まぁなんとなくやり取りを見てそう思いました」


 そう答えると、銀髪美女は僕を値踏みするように頭の先からつま先まで見つめてから、


「……どこかで会った事はあるか?」

 

 と、聞いてきた。


「いや、少なくとも僕には身に覚えがありません。というか、アプリールに来たのも今日が初めてなので」

「そうか……。以前、貴様にどこか似ている女を見かけた。姉や妹が居たりしないか?」


 そう問われ、黒髪で微笑んでいるイダさん、金髪で脳筋エルフのリアと、愛くるしい妹のミルフィが簡単に想像できたが、この人の求めている姉妹ではないと理解してなお、


「姉が二人。妹が一人いますが、全くにてないですよ」


 と答えた。


「お待たせしました。こういったのはいかがでしょうか?」


 そこに黒と白を基調としたツートンカラーの上下の組み合わせに、キャスケットのような帽子を携えた店主が戻ってきて、無言で銀髪女性はその衣服を受け取り試着室へと入っていった。

 

 そして僕は彼女に「姉妹がいる」と伝えた時の表情が眼に焼きついてしまった。

 ほんの一瞬だったが、今にも泣き出しそうな、何か辛い過去を思い出させてしまったかのような表情だった。


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