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起章:第三十六幕:雪花祭<アンリージュ>-IV

起章:第三十六幕:雪花祭<アンリージュ>-IV


「……それで、ビルクァスなんでこんな事に……?」


 私は林道を走る小さくなりつつある馬車を見つめ、隣に立つビルクァスに説明を求めた。


「言い出したのはミコトくんです。『ミルフィが僕と来る事はまず無いです。絶対にニナさんの側を離れないと思います。であれば、狙いはミルフィになってしまいますので、僕が自ら赴きます』と……。私も反対したのですが」

「イニェーダ様にはなんと……?」

「それが……、ミルフィール嬢が白の森の自宅まで送り届けるよう伝えただけで、特に何も伝言などは……」


 あの「騎士」らしい、と感じるのは知り合って間もないのに、どういう人柄なのかもうわかりつつあるからなのだろう。


「……ビルクァス。貴方はどう思いますか?」

「どう、とは?」

「罠と解って、なお飛び込もうとする彼の行動についてです」


 ビルクァスは短いため息の後、静かに口を開いた。


「危険、以外の言葉が見つかりません」


 当然である、といわんばかりの表情でそう語る自警団の長の眼は消え入りそうな馬車へと注がれていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……とりあえず、皆様ご無事ですか?」


 僕は全員をその場に「固定」し、問うた。

 事の発端は、アスール村の城壁が見えなくなったとおもったら、馬車に向けて矢が放たれた。

 

 無論、馬車に揺られている道中も、僕は竜の契約で得た「眼」を使い、木の陰にいた伏兵に気付いていたし、精霊の眼を用いて放たれた矢の軌道を察し、小さい馬車のスペースで当たらない場所へと素早く移動して、木に隠れていた伏兵を魔力弾<タスク>で気絶させ、馬車に乗っていた騎士達を精霊を用いて拘束した。

 馬車を引っ張る馬は拘束しておらず、ただ同じ速度を維持して前へ前へと進んでいく。騎士達は動けずとも眼で倒れている仲間の伏兵が視界に入ると、小さく「ヒッ」と悲鳴を上げ、表情が青くなる。


「ぼ……私に危害を加えようとすると、不運にも「死」が降りかかると思ってください。「アレ」らは、その理不尽な被害にあっただけの「賊」だと思っていますが……。まさか、あなた方の仲間ということはありえませんよね?」


 えぇ、もちろん嘘です。ただ、アスール村を出る前に、精霊の眼を用いて伏兵の正確な位置を把握し、城壁からヴィルヘルムで射撃。伏兵の頭上で魔力弾<タスク>を留めておき、間違いでは無い事を確認した後、振り下ろした。

 馬車に乗っていた騎士は怯えきったのか、カチカチと歯を鳴らし始め、青い顔をよりいっそう青くする。


「す、すまない!いや、助かった!「賊」の存在に気付けないなど、騎士失格だな!そ、それよりも、貴殿の技量、さすが竜を屠るだけの事はある」


 手綱を握っていた壮年の騎士が、声を上げたのをきっかけに、周りの騎士も口々に「た、助かった」「お、驚いた……」など、口にしていたがその眼は未だ倒れて起き上がらない仲間へと注がれ、少なからず気にしているようだった。


「……以前、私を手篭めにしようとした暴漢ですが、「不運」にも四肢を引き裂かれ、両の目が潰れ、耳が穿たれ、舌の根が腐れ、ただの肉塊になったんです……。ですからどうか、皆様もあの「賊」と同じ過ちだけは犯さない事を期待しております」


 僕はスカートのすそをつまみ上げ、一礼すると同時に拘束を解き、御者の騎士を含め六人を自由にする。

 

 その異様な空気を察したのか、さっきまで身体をジロジロと見ていた騎士達は怯えきって、俯き、中には神に祈るかのような仕草をするものまで居た。


「私、アプリールは初めてなのですが、どういった街なのですか?」

「つ、常に雪が降り続ける街です……。白宝<アリア>の影響で寒い街ですが、それゆえに民の心は暖かいものがあります!」

「そう緊張なさらないでください。私もむやみやたらに命を奪うつもりはありません。……楽しい旅にしましょう?」


 そう天使のように微笑むとなぜか、小さく悲鳴が上がった。不本意である。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「あ、あの、イニェーダさん……。一応、おか……ニナ様もお身体の事を心配していましたし……、最後まで馬車で行かれませんか?」

「ミルフィールさん。私以外居ないんですから、「お母さん」って呼んでも良いんですよ?」

「ふ、不敬かと……思って……」

「不敬だなんて、ニナはそんな事思いもしないですよ。ニナが貴女と接しているとき本当に幸せそうですから」


 イニェーダさんは話しながら微笑んでいるのはわかったが、黒を基調としたフード付きローブをめぶかくかぶっていると、声音だけで判断する事しか出来そうに無い。

 時折見える口元は、常に微笑んでいるように見えて、判断が難しかった。


 私は、兎のしっぽ亭で変わり果てた兄の姿を見てから、若干女としてのプライドが傷つきつつも、兄の言いつけどおりイニェーダさんを白の森の自宅へと移送していた。

 その道半ばにして、イニェーダさんは馬車を止めるように言われ言うとおりにすると、馬車を降り「後は一人で帰ります」と言われた。


 周囲を木々に囲まれ、人通りなど全く無いといっても過言ではない林道に、怪我人を放置しても良いのかと自問するが、当の本人は気にしていない様子で、最早庭のレベルなのだろう。

 馬車から手荷物を下ろし、私に一礼すると歩き出そうとしたため、道中一度も聞かれなかったことについて、ふと聞いてみたくなり、声に出てしまった。


「あの……、イニェーダさんは、兄さん、ミコトさんが心配じゃないんですか?本当は、兄さんと帰る予定だったのに、ココに居ないから……」


 イニェーダさんは振り返る事はしなかったが、馬車から離れ行こうとしている歩みを止め、


「心配はもちろんしています。ですが、以前、姉に言われたんです。「いつもの事」だと信じろという事を。ミコトが無事に帰って来るのは「いつもの事」。誰かのために自ら危険を抱え込むのも「いつもの事」。どんな苦境に立たされても最善の結果を導き出すのも「いつもの事」だって」

「……強いんですね……、イニェーダさん」

「いえ、強くなんかないですよ。ただ――、ミコトは……」


 言い切る前に、一陣の風が舞うと同時に、眼前に居たイニェーダさんの姿は消え、イニェーダさんが立っていた場所に踏み込んだ跡が残り、微かに砂塵が舞っていた。

 微かに遠のく声で私の耳に拾えた言葉は、


『心配している私の想いを知ろうとしないのも、「いつもの事」なんでしょうね……』


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 白の森、南東。ティルノ・クルンと、アプリールとを繋ぐ道に、一人の女性が手荷物も無く歩いていた。右腰にはレイピアのような長い針のような形状をした剣に、反対の左腰には長さ15センチ程度の短い曲剣を下げていた。

 髪はベージュで、光の角度によっては虹色に輝きを放つ不思議な色をしており、極まれに行き交う人は誰しも見とれていたが、それには別の理由もあった。

 彼女の眼前には、漆黒のヴェールが垂れ、表情どころか、顔のパーツが何処にあるのかさえ、解らない。同時に彼女の耳は細く長く、耳の先が若干下を向いていた。

 その左耳には、アルフィーナの胸元に吊るされている物と同じ青く輝く竜晶石が吊るされており、時折輝いていた。

 

「もう少し……」


 漆黒のヴェールで見えはしないが、確実に微笑んでいる。と、そう感じ取れる声音で、エルフの女性は口にした。

 

「……もう少しで、お会いできます」


 エルフの女性は、歩みを緩めず、ただ嬉しそうに声にして、自らを鼓舞しているかのようだった。


「――イニェーダ様」


 さも愛しい相手でも呼ぶかのように、そう口にした。

 

 己のはるか後方から、追跡<チェイス>の魔法で監視されているとも知らずに。

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