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起章:第三十五幕:雪花祭<アンリージュ>-III

起章:第三十五幕:雪花祭<アンリージュ>-III


 イダさんを雪花祭<アンリージュ>に誘う事について、リアに確認を取った次の日朝早くに、リアは炎兵都市アルディニアへと旅立った。

 理由はたった一つ。結晶竜との契約で生じた副産物。卵についてだった。

 当初僕は、一メートル弱の高さを誇る巨大な卵を、ただ「放置していれば孵る」と考えており、初めて結晶竜の姿を見た洞窟で放置して日に三回、様子を見に行っていた。


 が、当然そんな事で孵るはずもないらしく、竜の卵についてどうしたのか、とイダさんに問われるまで、ただ洞窟に放置していた状態が続いていた。

 結果、竜の卵は親に当たる竜にかなりの熱量をもらっていたらしく、親が居なくなった以上それを僕が代行しなくてはいけなかったらしいのだが、当然行えているはずも無く、急遽リアと卵を抱えて荷馬車に乗せて、リアがアルディニアの竜種の研究機関へと預ける事となった。

 竜との契約は距離により減衰するものでもないらしく、未だに「鱗を宿す生き物」の声を聞けて、熱源探知のような能力を宿していた。


 リアは去り際、「二日もあれば戻るだろうが、あまりイダに無理をさせないでくれ」と僕に言った。


 そして今後について、イダさんとニナさんと、僕の三人で話し合った結果。イダさんは「白の森へと帰る」という答えに行き着いた。

 やはりというか、なんというか。イダさんは「アスール村での生活を、良いもの」だとは思えていないらしく、どこかよそよそしいというか、長居はしたくないという思いがにじみ出ていた。

 その日のうちに、アスール村を出る事を決め、僕はと言えば挨拶周りと、ある「用事」でガルムさんの元を訪ねていた。

 

 レンガで覆われた壁に、天窓から陽の光が差し込み空気中に舞う小さい埃を照らし、どこか神々しい一室に、時折金床をかなづちで叩く音がこだましていた。

 天窓から差し込む光は、壁に立てかけられた武具へと注がれ、どこか神聖な出で立ちにも見えたが、なんてことは無い通常のものだった。

 

 「火鳥の溶鉄」。フィリッツさんが開いているお店、兎のしっぽ亭の隣に存在する、ガルムさんが数人の徒弟と開いている鍛冶工房だ。

 

 普段は一般家庭で使われている料理器具の修理や、製造を主とし、時折くる人向けに武器を打つこともあるらしい。

 気難しい店主でもあるガルムさんは、根っからの職人気質なのか、普段兎のしっぽ亭で見せる雰囲気とは全く違い、真剣そのもので、アルトドルフの手入れをしてくれていた。

 僕でさえ、イダさんが組み上げてくれたものを使っているだけなのに、ガルムさんは一度見ただけで、展開する方法や、外し方などを理解し、手入れを行ってくれた。

 「ドワーフ族に作れない物は無い」ゲームや、漫画からの知識はそういった物がたくさんだったが、事このグレインガルツに置いてもそれは例外ではないらしい。

 当の本人である親方も、


「現物があるんだ。全く未知の技術を口で説明をされて、理解は出来んが、物があるのであれば話は早いだろ?」


 と、なにか問題でもあるのか?と言いたげに、手際よく分解していき、細部に詰まったゴミを取り除き、歯車には油をさし、目立つ傷を修繕してくれた。


 今回アルトドルフのメンテナンスをガルムさんにお願いしたのには理由があった。お昼前に、ミルフィの送りで、僕、イダさんの二人は白の森に帰る手はずとなっていたからだ。

 それだけなら、特にメンテナンスをお願いする理由にはならないのだが、イダさんは魔封じの刃<スペルベイン>をさされてからというもの、魔法の行使が普段どおりとは言えず、それを理解していたニナさんも、今はまだ無理をさせるべきではないとの判断を下し、森に帰ってからも安静を言いつけられた。

 その延長という事もあるのか、イダさんへの負担軽減と、僕自らアスール村へ赴く理由付けとして、「アルトドルフのメンテナンスを、今後はガルムさんに見てもらう」という結論に至った。

 

 最初は「あの粗野なガルムさんに繊細な仕事が出来るのだろうか」とも不安になったが、僕の考えは完全にただの杞憂である事を思い知らされ、ガルムさんの下で働く徒弟さんたちも実に良く仕事をしていた。

 そして仕上がるまで、店内を見てまわってくれてていい、と言い残し、店の奥に消えていくガルムさんの背中はドワーフ特有の小さい身長なのに、背筋などが盛り上がり筋骨隆々としていた。

 この世界、グレインガルツでのドワーフは、亜人種として数えられているが、その歴史は神話の時代にまで遡るらしく、元は妖精種の延長にあたると言われていたらしい。

 あの髭を携え、真昼間からビールをジョッキで何杯もあおるような人が「妖精」と言われて、内心「無いな」と結論付けるのに数秒も要さなかった。

 やがて、ガルムさんはメンテナンスを終えてくれたのか、アルトドルフを手に持ち、店の方へと出てきた。


「坊主。仕上がったぞ」

「ありがとうございます。助かりました」

「しかしなんだな……。お前のコレ……「アルトドルフ」……?だったか?……良く出来た品だよ」


 そういいつつ、カウンターに置いていた手甲アルトドルフを備え付けると、手甲ごと、僕に差し出す。


「ほら。久々に良い仕事をさせてもらった。また触らせてくれ。それと、これはあくまでも「武器」であって、「盾」じゃねぇ。俺がこんな事言わなくても解ってると思うが、あまり乱雑に扱うな。いざという時に裏切られるぞ?コイツも所々悲鳴を上げていた」

「気をつけます。結構便利なので……、盾として使う場面も少なからずあったので……」

「ま、石弓と盾をごっちゃにしようってのがそもそもの間違いなんだ。仕掛けは良く出来ていても、その分繊細に扱ってやんな」


 ガルムさんは説教のつもりなのだろうか、それともただ単に心配なのか、表情は穏やかなものだった。


「そういえば、ラスティルから聞いている。今日、里に帰るんだろ?」

「はい。短い間でしたが、お世話になりました。またアルトドルフのメンテナンスを依頼に来ると思いますので、その時はよろしくお願いします」

「ガハハハ、気にするな!俺もお前に助けてもらったしな!あの、なんだったか、「兎肉の牛乳煮」あれは良い。乳臭いもん食えねぇと思ってたんだが、お前さんが作ってくれてから毎日食いに言ってるぜ!」


 と、大笑いするガルムさんが言うとおり、フィリッツさんからも「ガルムさんは毎日来ている」と報告を受けていたし、料理の噂を聞きつけたのか徐々に客足が伸び、今では食事時になると、店内の人が増え、賑やかなものとなっていた。

 結果、フィリッツさん、ラスティルさん、キーナさんの三名の負担が増えたのは言うまでもなく、忙しいタイミングで店に行くと、厨房を手伝うように言われるため、わざと時間をずらすようになったのは言うまでも無い。


「失礼する。ガルムさん、ミコトくんは……っと、居たな。助かるよ、街の中を探す羽目にならずに済んだ」


 と、ココで、自警団団長。ビルクァスさんの登場だった。


「おう、ビルクァス。なんかあったのか?」

「あぁ……。少し面倒な事が起こっているようだ」

「面倒な事、ですか?」


 ビルクァスさんは両腕を組み、眉間に深い皺を寄せ、ため息交じりに続けた。


「雪狼騎士団。ミコトくんは、この名前に聞き覚えがあるかい?」

「……すみません、大ざっぱな知識しか……。アプリールを代表する、騎士の集まりとしか……」

「それだけで十分、とは言い難いが間違ってはいない……。で、件の騎士団の方が「アスール村に住まうエルフの騎士」を出せ、と城門の外に来ている訳だ。しかも何を勘違いしているのか、「女性」だと騒いでいる……」


 正直、この後何を言われるかわかる気がする。きっと、ビルクァスさんは、


『エルフの騎士は君だ。悪いが、名乗り出てくれないか?』


 と。

 この村を守るビルクァスさんにとって、守るべき対象は「村人」であってアスール村に住まいを置かない「僕」ではない。


「悪いが――」


 その先は想像通りであれば、武器が必要になりそうだ。

 僕はガルムさんから受け取った手甲に腕を通し、装着してから、ビルクァスさんを見つめると、眉間に寄せた皺を解き、どこか穏やかに微笑んで、


「今すぐ、君の主と、ミルフィール嬢を連れて、白の森へと逃げてくれ。アイツらの相手は、私とニナ様が応じる」

「え?」

「おい、ビルクァス。お前の強面を前にしたら、誰だってこう思うだろうさ『僕はその騎士団の人に連れていかれるんですねー』ってな」

「あぁ、すまない。そんなつもりはないよ。私だって、君が気に入っている。少なくともこの村に居る間は私の守る「人」だ。もっとも、私が守らずとも君なら自身の力で難をしのぐだろうがな」


 そう言い微笑む姿は、初めて兎のしっぽ亭で出会った人と同一人物なのかと疑いたかった。


「あまり話している時間もない。今はニナ様が城門で相手をしてくれているが、それもいつまでもつかわからん。強制突破される前に、二人を連れて、白の森へ行きたまえ」


 言いたい事を終えたのだろう、ビルクァスさんは「火鳥の溶鉄」から出ていこうとするが、


「待ってください、ビルクァスさん。いくつか質問に答えてほしいです」

「なんだい?」

「「正直」に答えてほしいです。僕と、僕の主、ミルフィが村から居なくなれば、ビルクァスさんと、ニナさんは安心かもしれませんが、僕は……」


 そこまで言うと、ビルクァスさんは苦笑して僕の方に手を乗せて、


「騎士とはいえ、子供を矢面に立たせて安穏を買う「人」は、いや……。この「村に住まう者」は居ないと信じている。君たちを表に立たせない事で、この村が地図から消えようとも、誰も恨んだりはしないさ」


 そう言い、言い終えると一度頷いてから、火鳥の溶鉄からビルクァスさんが出ていった。

 そして、僕の視界には一つ。目の覚めるような蒼に染まる、精霊が漂っていた。


 その精霊をみつめてから、一度強く頷いて、隣の兎のしっぽ亭へと歩を進めた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 厄介だ……。強引に記憶を操作しても良いのだろうが、ココに向かった事は雪原都市アプリールにも知られているはず。

 クソな連中とはいえ、騎士団の所属するような人間がただの旅路で行方不明になる事などありえない。ましてや、錯乱するほどの事案に遭遇することも無いだろう。

 

「ニナ様。我々も任務をこなしたいだけなのです。ですから、アスール村に住まうという「女性騎士」をここに呼んでいただきたい」

「何度も申し上げておりますが、そのような者は居りません。ですからどうか、お引き取りを」

「残念ながら、確かな情報です。これ以上、問答を続け、我々の任務を妨害しつづけるというのであれば、我々も実力行使に出ないとも限りません」


 そう騎士甲冑の上に旅用のローブを羽織った中年の男が口にする。

 その背後には五名程の騎士が並び、何れも同じようないで立ちで、ローブの下の表情はうかがいにくい。

 城壁の外で相対しているが、この状況いつまでもつのだろうか……。ビルクァスにはミコト様にイニェーダ様と、ミルフィの事をお願いできた。

 あの「騎士」であれば、二人をしっかりと守れる。そう考えるだけで、自然と頬がつりあがる。


「……何か、可笑しな事でも申し上げましたか?」

「ああいえ、失礼しました。ただの思い出し笑いです」


 彼の騎士はこのグレインガルツに来てまだ半年と言うのに、言葉だけでなく、我々以上に神々の恩恵を受け継ぎ、優しく、強く、この「世界の常識」に捕らわれない。

 イニェーダ様の元へ「振ってきた」のも、今となっては運命だったのでは、と思うようになった。

 人一倍以上に人とかかわる事を恐れていたイニェーダ様が彼を受け入れ、家族として接し、問題ばかり起こす人間嫌いの元部下も彼を少しずつ受け入れ、最終的には自らの主を騎士に任せるほどにまでなっていた。

 私自身も時折薬を持ってきたリアから騎士の話しを聞いたときは「何を馬鹿な」と思いもしたが、私が私の大切な家族に打ち明けるきっかけをくれた。

 竜と狩るという騎士としては最高の栄誉でもあり、大罪ともなりうる行動をやってのけ、男としての株があがった。

 そして私の大切な家族は彼を兄として慕い、彼が「可愛い」とほめてくれるからだろうか、自ら積極的に着飾るようになり、照れが無くなり残念ではあるが、これはこれで…………。

 

「…………ニナ様?……あの、鼻血が出てますよ……?」


 考えにふけっている間に、ビルクァスが戻ってきており、鼻血が出ているのを指摘してくれる。心なしか、雪狼騎士の面々は若干引いているようにも見える。

 

「ビルクァス、例の件。どうなりました?」


 若干鼻声にはなっていたが、自らの鼻に柔らかい紙類を詰め、粘膜を傷つけないように止血を行う。


「それがその…………」

「なんですか?」


 歯切れの悪い自警団の長の逞しい身体の後ろには、何故か「ミルフィの為に送ったもののサイズが大きすぎて使われていなかった、兎のしっぽ亭に保管していたドレス」が見え、一瞬ビルクァスが後ろ手にドレスを持っているのだとも思ったが、両手は脇腹に添えられている以上違う。

 どういう状況なのか理解できず、無駄にでかい図体の横から背後を伺うようにして、のぞき込むと同時にドレスが飛び出し、


「初めまして♪ミィコと申します♪」


 左耳に魔霊銀<ハイ・ミスリル>のピアスを吊った黒髪長髪の、少女が飛び出し、私は「彼の」女としての株が急上昇したと同時に、勢いよく鼻に詰めた栓が抜けた。理由は言うまでもない。


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