起章:第三十四幕:雪花祭<アンリージュ>-II
起章:第三十四幕:雪花祭<アンリージュ>-II
「は?」
ミルフィと共に兎のしっぽ亭を後にした僕らは、真っ直ぐニナさんの屋敷へと帰った。
ミルフィは道中、というか屋敷に入っても「兄さん」ではなく「ミコトさん」と呼んで、どこか笑顔が怖かった。原因が思い当たらない。
僕はというとイダさんへ雪花祭<アンリージュ>へ一緒に行かないか、と声をかける前に、リアに確認を取りたくてリアの元へ向かった。
リアはイダさんの部屋の隣の部屋を借り、毎日ぐーたらと過ごし、時々仕事しろとニナさんに怒られていたが、その様子が見られない以上、きっと部屋に居る。
戸を開けると案の定、ベッドで横になり、本を読んでいた。
そしてイダさんを雪花祭<アンリージュ>なるリア充イベントに誘っても良いか、とリアに聞いたところ、はとが豆鉄砲を食らったとこなんて見た事はないが、きっとこんな顔なんだろう。
「えっと、雪花祭<アンリージュ>って言うんですよね……?イダさんと一緒に参加したいのですが……」
「あ、いや……、何処で聞いたんだ?」
「兎のしっぽ亭っていう、飲食店です。店主さん達と知り合いで、そこで昼食を摂ってました」
「……あのお店は服屋ではないのか……?一度、ミルフィールの付き添いで店外で待っていた事があったが、服を変えて出てきたからてっきり服屋だと思ったのだが……」
あ、はい。間違っては無いと思います。
「まあいい。で、雪花祭<アンリージュ>だったか……」
「無理にとは言いません。可能ならば、という程度で」
リアの表情はどこか影が差し、「あまり気乗りしない」といった様子だった。
やがてリアは横になっていた身体を起こし、ベッドのふちに腰掛けると、部屋の入口に立っていた僕を手招きして、近くの椅子を指差す。
恐らく、「戸を閉めて、座れ」とでも言いたいのだろう。その通りにする。
腰掛けるとリアが短いため息をしてから、見つめられる。
「私は一つ気になっている事があるのだが、良いか?」
「何ですか?」
「誤解せずに聞いて欲しいんだが……。なんで何も聞かない」
「聞きたい事は聞くか、理解するよう努めています。だから、「聞いていない」というのは「理解した」もしくは「聞かなくても良いこと」だからだと思っていただければ」
そういうと、リアは顔に展開していた幻術を解き、深緑色の紋を見せ付ける。
「コレについて、何で何も聞かない」
「聞かなくても良いこと、だと思っているからです。顔に模様のあるエルフ。そうとしか思っていません。それ以外は「今の僕」にとっては不要な情報です」
本当は凄く気になっている。
イダさんをはじめて見た時、イダさんは目深くフードをかぶり「紋を隠していた」。
リアが部屋に入ってきた時も、紋は無かったのに、イダさんフードが後ろにたたまれている事に気付き突進してきて、僕を殺めようとした。
コレは恐らく、イダさんの顔に「紋があることを理解したから」だと思う。
ニナさんはミルフィに紋がある事を可能な限り隠そうと努めていた。
とどめにアスール村内を出歩いていたエルフはいずれも「紋を宿していなかった」。
中には幻術を使っているような違和感を感じたエルフは何人かいたが、それも片手で数えれば十分なほどだった。
リアは長いため息をし終えると同時に、苦笑して頭を撫ぜてくる。
「お前は本当に変わった「人間」だ。今まで、多くの人間に蔑まれてきたが、お前から寄せられる信頼を得た今となればどれも軽い物に感じる。もう少し早くミコトに会えていればな」
「……僕もですよ。あっちの世界で失ってしまったものをコッチで得る事が出来た。それだけで僕は十分です」
そういうとリアはポンポンと僕の頭を軽く叩くと、紋を隠した。
「で、雪花祭<アンリージュ>だったな……。逆に聞くが、「あのイダ」が家から出ると思うのか……?」
イダさんが白の森の家から出る。簡単に想像できる。現に森でリアと修練していたときも差し入れなどを持ってきてくれた。ハンモックも好んで使っていたし、素材集めなんかにも出かけていた。
イダさんがニナさんの屋敷から出る。……少し、いやかなり難しい……。庭先には何度か出ているが、いずれも夜が多い気がする。門を超え、村に出た事は一度も無く、「あの」アイスクリームで我を忘れるイダさんが、シチューに飛びつかず、理性を保ち「お留守番」を選んだ以上、厳しい気がする……。
イダさんがアスール村以上に大きい、アプリールの街へ赴く。……。
「……無理です」
涙目でリアにそういうと、僕の肩に手を置き二度三度頷いていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「これはこれはお美しい!さすが、銀旋の乙女!私は貴女ほど美しい女性を見た事がありません!」
「その良く廻る舌、よほど油が乗っているようだな?ヴィスヴァーグ卿。切り落としてやろうか?」
「そのような粗野な言葉遣いはよくありませんよ?」
「黙れ。私に話しかけるな」
アリアーゼ城の一室に、銀髪の後頭部で結った「少女」が白と銀に輝くドレスを纏い椅子に腰掛け、その周りをニタニタと卑しく微笑みながら廻る二十代後半の男が居る。
「おやおや?私、リュス・ヴィスヴァークに対し、その物言い……。クィンス様が知ったらどうなりますかな……?」
「どうもなら――「いえいえ、きっと貴女がお探しの女騎士は見つかりませんよ?」
リュス・ヴィスヴァーグ。雪原都市アプリールの戦力となる雪狼騎士団の長にして、アルフィーナが最も嫌いなタイプの人間だった。
噂はイリンナに居てもなお耳にする事が出来るほどの好色家として知られ、同時に亜人種を毛嫌いしていることでも有名だった。
「アスール村、だったか?あの村は、ゴミ溜めとなんら変わらん。人間もいるようだが、汚らわしい亜人と住まう者どもだ、さぞ臭いだろう」
そんな素行も消して褒められたものでもない人間が、何故騎士団の長なのか、それはひとえに騎士としての技量によるものだった。
弓に関して天からの恩恵ともいえるほどの技量を持ち、七大都市全ての弓使いを集めても、彼に匹敵する人は居ない。
「エルフが納める村など、地図から消えたところで誰も困りはしない。……いやぁ?ココに一人、困る人が居るのか、な?」
リュスは「少女」の後ろへと周り、結われた髪から一房つまみ上げ、銀色に輝くそれを見つめて、更に卑しい笑みを濃くする。
「無論私も鬼ではない。未来の「嫁」の頼みとあれば、協力するのもやぶさかではない。……雪花祭<アンリージュ>に出ると聞いた時、ついに私にも天が味方したと思った。断られるとは思っていません、が……雪花祭<アンリージュ>私とまわっていただけますね?」
そう言い胸に手を当て、「少女」へと一礼するリュスは、先ほどまでの卑しい笑顔ではなく、好青年とも取れる優しい笑顔となり、いわゆる外向けの顔となっていた。
「下種が。二度と私の前に姿を現すな」
「強がっているところもまた可憐だ。返事を楽しみにしていますよ、アルフィーナ嬢」
名を呼ばれ、椅子に腰掛けていたアルフィーナは奥歯を強くかみ締め、ギギと乾いた音が微かに響いたのを聞き取ったのか、笑みを再び卑しい方へと戻し、そのままリュスは部屋を出て行った。
アルフィーナはリュスが部屋を出て行った直後、結っていた髪止めを外し、まとめていた髪をばらす。微かにウェーブのかかった長髪を携え、窓へと近づくと、ちょうど南東方面を向いており、悠かなたには小さい城壁が見えた。
それはアスール村のもので、アルフィーナがこの一室を借りたいと言った理由の一つでもった。
その村を見つめる目は、先ほどまでの怒気を孕んだものとは全く違い、騎士の目でもなく、少女のそれだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
リュスはアルフィーナと分かれた直後、部屋の前で待機させていた騎士数名と共にアリアーゼ城の階段を下りていた。
その表情は未だに卑しくニタニタと微笑み続け、後に続く騎士もまた、どこか卑しい笑顔を携えていた。
「随分ご機嫌ですね、団長」
「当然だ、ついにあの生きる伝説とまで言われた剣聖とであったんだ、絶対に物にする。お前らがすることはわかっているな?」
リュスは後ろに続く騎士に笑顔の理由と問われ隠そうともせず、己の欲望を口にした。
とても褒められたものではない理由にも関わらず、後ろに続く騎士たちもまた、笑みを濃くし、頷いた。
「魔霊銀<ハイ・ミスリル>のピアスを付けた女だそうだ……。「騎士」と言われる以上、多少腕は立つと思われるが、数で抑え込んで捕まえろ。無理なら死体袋に入ったままでも構わん。銀旋の乙女には気取られるな」
「女という事は我々は捕まえるだけで宜しいのですか?」
「ふっ……。好きにしろ」
そう騎士とも思えない命令を背後に続く騎士に言うと、一人、また一人と卑しく笑い、頷いた。




