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起章:第三十幕:樹の竜<ヴィドフニル>

起章:第三十幕:樹の竜<ヴィドフニル>


 耳に聞こえる声に、肌に感じる手の感触に、不思議と安堵した。

 半年前だったのであれば、この場で腹にでもエクスカリバーを突き立てられていても、なんら不思議ではなかった。

 あの頃は警戒されていたというのもあるのだろう。それ故に、僕を亡き者に企んでいたんだろう。

 

 それが今は腕の中に、否、「姉」の腕の中に居た。

 顔はわからないが、怒っている様には思えない。これはおそらく呆れている。

 「ただいま」とたった一言「家族」に宛てる言葉が言えなかったのだから、ただ呆れているだけだ、と。


「心配してたんですよ、リアは。だって、部屋から出てミコト様を追いかけようとしては、イニェーダ様の傍に居ようとして戻ったりと、その繰り返しでしたから」


 そう口元に手を添え微笑むニナさんと、目を閉じたままウンウンと頷く右隣に立つミルフィさん。

 

 そして、腕に力を入れはじめる「姉」。


「あ、あの……、フェリアさん……、ちょ、あの……、し、締まって、締まってますからああああ!」


 ミシミシと音をあげる僕の体は、まるで一種の楽器のようでもあり、って、


「そんな余裕ねええええええええええええ!」


 僕の悲鳴に呼応するかのように、曲がっちゃいけない方へ背骨が曲がり続け、そして肩に乗っていたフェリアさんの顔は離れ、その表情は笑みを濃くしていった。

 そして僕は、意識を手放した。願わくば、歩くときにブリッジが必要になる状態になってない事を……。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 意識を取り戻して、最初に感じたのは違和感だった。

 どこに居るのかは天井の形で、意識を失った部屋であるニナさんの部屋であるとすぐにわかった。

 そして後頭部に感じる柔らかい感触と、二つの控えめではあるが十分なふくらみを有する山と、金髪と金色に輝く瞳に見下されていた。


 状況から推察するにコレはたぶん、「HIZAMAKURA」なんだと思う。

 「姉」の太ももの感触を楽しみつつ、見下されている瞳をしっかりと見返すと、やがて二つの山に隠れていた口から声が聞こえた。


「……すまなかった。その……、悪気はない……。て、照れ隠しだ」

「照れ隠しで殺されたら、洒落になりませんよ……」

「……そうだな。――、それと」


 声は続きつつ、姉は額にかかる僕の髪を指ですいてくれる。


「……ミコト。その…なんだ、助かった……。お前が居なかったら、イニェーダ様を失う所だった……それと、今までお前にしてきた全ての事を謝罪する。すまなかった、二度としないと誓い、今後はお前から信頼に得られるよう、勤めよう」


 以外な言葉で己の耳を疑っていたが、それでもその言葉に対する返事はあっさりと口から飛び出した。


「全てを謝罪されても困ります」

「……なぜだ?」

「フェリアさんが居なかったら、グレインガルツに来て早々、意思疎通の限界が来ていました。……だから、全てには謝罪しないでください」

「変わったやつだ……、いやバカなのだろうな……。命を狙われていながら、それを許すなどと、お前は……」


 それに――、  


「――それに、最初に僕を「家族」って言ってくれたのは、イダさんです。「家族」のために何かできる事があるのなら、やるべきだと思っただけです」

「……ミコトの事を誤解していたように思う。本当にすまなかった……」

「いえ、大丈夫です。これからもよろしくお願いします。フェリアさん」


 言うとフェリアさんは、どこか呆れたように微笑み、僕の鼻を人差し指ではじかれる。


「「さん」や敬語は不要だ、ミコト。私にとって、自分の命よりもはるかに重いイニェーダ様を救ってくれた。お前はもう「仲間」であり、私にとっても「家族」だよ――だから」


 鼻をはじいた指はやがて頬へと移り、両の掌が頬に添えられる。瞳は微かに光が揺れ、優しく微笑んでいた。


「あまり心配をさせるな……。イニェーダ様が死の淵を彷徨い、ミコトが死地に赴いたなど、聞かされて私がどんな想いだったかわかるか……?」

「……すみません……」


 短いため息の後、目線を僕の腰を見て、吊っていた青白い短剣を見つめる。竜から賜った、そして、竜を刺殺した短剣だった。


「……本当に竜を狩ってきたんだな。お前の「竜具」だろう?」

「……はい」


 返事を返すとフェリアさんは深く長いため息をついた。そして、少し視線をベッドで横なっているであろうイダさんに向けてから、再度見つめられる。


「……見返りに何を求められた。イニェーダ様は起きていない。教えてくれないか」

「……イダさんに、いや、ほかの皆にも絶対に言いませんか?」

「あぁ……。最早交わされた契約を、解約することは出来ない。どうあがいてもな。だからこそ、知っておきたい。何を交わした……」


 今度は僕が短いため息を吐いた後、苦笑して、フェリアさんを見つめ返した。


「……人として生きる事を、放棄しました」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


『……貴様の残りの人生をもらう』

「いいですよ?」


 間髪を入れずに、竜からの要求を呑むと、眼前の竜は大きく目を見開き、口を開けあきれているように見えた。

 

『き、貴様、我の言葉の意味が解っているのか……?』

「えぇ。その代わり、恩人の無事を確認するまでの猶予は下さい」

『ふふ、ふは―――、ふははははははは』


 竜は何が嬉しいのか、気だるそうにしていた様子は微塵も無く、ただ声を大にして笑っていた。

 

『良いだろう!気に入った!貴様の名は何というのだ!?』

「ミコトです。ミコト・オオシバ」

『ミクォト。貴様は元々「人」では無いのだ、今更「人として生きる」事を手放しても問題ない、という事だろう?』

「あ、「人生」ってそういう意味でしたか。てっきり、「命を奪う代わりに、命を寄越せ」という意味かと……」

『死に逝く我が、貴様の様な小さき命を得て何をしろというのだ?』


 まったくもってその通り。


『いや、待て……。貴様、命を奪われると理解してなお、即それを受け入れたのか?』

「はい。命をくれと要求してるのに、命を差し出せないのは吊りあえない。「対等」じゃないと思いました」


 竜は僕の言葉をただ聞き、目をつむったまま一度強く頷いた。


『……竜と対等な「人」だとはな。……もし、貴様が本心からそう思っているのであれば……契約の内容を一つ付け加えさせてほしい……』


 時々思う事がある。エルフである、イダさんやフェリアさんが「人」を恐れ嫌う。獣人であるフィリッツさんや、ラスティルさん、キーナさん、ミルフィもどこか「人」を嫌っているように思う。

 そしてここにきて、竜から「人ではない」と言われ、この世界の「人」のありように疑問を抱いていた。


『我の子を、あの卵から産まれる命を守ると誓ってくれ。我と契約を交わす以上、今後あの子に送られる魔力は貴様からの物となる。そうなれば生まれてくる命は間違いなく、「人でもなく、竜でもない」だからこそ、守ってほしい……』

「未婚にして子持ちですが……幸先不安なぁ……「人生」ではなくなる以上、何になると?」

『我らの言葉で、「樹の竜<ヴィドフニル>」と呼ばれている。「半端者」という意味だ……。その意味で言えば、生まれてくるわが子も同じ「樹の竜<ヴィドフニル>」であろう。しかし、恐らくは「人」から見たら、ソレは魔族となんらかわらんはずだ……』


 竜の言葉はどこか、申し訳なさそうに感じ取れ、淡々と続く。


 だからこそ、守ってほしい、と。

 だからこそ、身命を賭してほしい、と。

 だからこそ、厭わないでほしい、と。 

 だからこそ、躊躇わないでほしい、と。  


「……僕個人に出来る事は少ないですが、命ある限り、その契約に従います」


 僕の言葉に竜が一度強く頷くと、さらに話をつづけた。


『……樹の竜<ヴィドフニル>と成れば、呪いとも取れるだろうが、加護<リウィア>が付与されるはずだ……。貴様の世界は変わるだろう。だが見間違うな、お前を取り巻く世界は変わっていない』


 竜は横転していた身体に、四肢に力を入れ、戦闘開始前のように四肢で大地に立つと、頭を僕の前に差し出し、額に魔法陣を展開させた。


『……腰に吊っている短剣を乗せろ。貴様の竜具を作る』 


 言われた通り、竜の額の魔法陣に短剣を乗せると、陣が輝きだし短剣が光の塊へと転じて、徐々に形を変え、やがて一振りの片刃のやや湾曲した短剣の形になる。

 ゆっくりと柄をつかむと、光が止み、徐々に色が生じ、 真珠のように薄いベージュに光沢を宿した刃に、青白い鱗があしらえられた柄は、手によくなじんだ。

 

『竜具は、竜から与えられる最大限の信頼の証であり、その竜具を作った竜の命を絶つのに必要な武具だ。……意味はわかるな?』


 声も無く、一度小さく頷き竜を見つめると、竜も一度小さく頷いてくれた。

 そしてまた竜は力尽きたかのように倒れ、息を粗くした。眼だけはしっかりを僕を見据えていたが、どこは微笑んでいるようにも見えた。


『……今まで、何度も見てきたが、今ほど双月が美しいと思ったことは無い……。その光に照られるお前もまた、とても美しい……。我が子を頼んだぞ、樹の竜<ヴィドフニル>』


 やがて、その眼は閉じられ、決心がついたように思えた。


 だから僕は、両手で青白い短剣を握り、眠るように呼吸をしていた穏やかな竜へと、刃を突き立てた。  

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