起章:第三幕:エリクサーは両生類の可能性がある。
起章:第三幕:エリクサーは両生類の可能性がある。
股間にエクスカリバーが突き立てられてから、体感ではあるが三十分たったくらいだろうか。正確な事はわからないが、時計のような時間を見るための器具は見当たらない。
イダさんは「食べ物」の様な仕草をしてから、席を立ったため、何かしらの料理を作っているのだろう。フェリアさんは残って、見張っているつもりだったのだろう、イダさんと会話をしていたが、結局は耳を引っ張られ、涙目で部屋の外に連行された。
イダさんマジ感謝っす。さすがエクスカリバーを引き抜けるほどの事はあります。フェリアさんとタイマンとか何が起きても、「事故」と言いはられるような未来しか見えないっす。
などと、冗談をまじえつついろいろ考えている。目を覚ますまでの記憶を辿るが、部活が終わって、学校を出て、寮に帰る途中、変な奴に話しかけられ、手を握った。そしたら、森の遥か上空だった。
それ以外の変わった事をした、あるいは変わったことがあった覚えがない。いや、まぁ変な奴に話しかけられた事自体が、変な事なわけだけど。
頬を抓り、痛みを感じる所を見ると夢でもない。そもそもこんな自由度の高い夢なんて見たことが無い。
次に身体を見る。エクスカリバーを突き刺された場所を探したわけではなく、いくつか疑問に思う点がある。
まず服装。最後に着ていたはずの制服ではなく、なぜか上半身裸で、ところどころ湿布のような布地の張り薬?が張ってあり、内出血をしているのがわかる。
特に右手の二の腕当たりがヒドイ様で、湿布とは少し見た目が違う張り薬に血が滲んでおり、はがれないように包帯のような物で止められていた。
加えて、打撲なのだろう、身体を動かすと鈍い痛みが走る。察するにコレは、森に落ちた際の怪我なのだろうが、なぜこの程度の「軽傷」で済んだのか。
確実に死んでいてもおかしくない高度だったはずなのに、だ。
そして、さっきから気になる事がもう一つある。
時々、開け放たれた窓から光ってる何かが風に乗るようにして入ってくる。光の塊とでも表現すべきか、手や足、目、口のような顔があるわけでもない。ただの光の塊なのに、なぜか「今、目線が合った」と思う時があり、そんな思いが光の塊にも通じているのか、空中でピタリと静止する事がある。
ほとんどは窓から入り、部屋内をウロウロし、出ていく物が多いが、光の塊にも性格があるのかなぜか顔の前まで来たり、肩に乗って言った物まで居る。よくわからないけど、悪い生き物では無い、そんな気がする。
そんな事を考えていると、勢いよく部屋の戸が開け放たれ、満面の笑みのフェリアさんが入ってくる。もう一度言おう。満面の笑み、のフェリアさんが入ってくる。
この光景を見て、最初に思う事なんてたった一つしかない。
(あ、詰んだわ、これ……)
天国のお父さん、お母さん。尊は今、そっちに行きます。許せ、僕のエクスカリバー。せめて遺書くらい書くべきだろうか。でも紙もペンも無い。
それに書けた所で、この世界にヴォイニッ○手稿が1ページ誕生するだけだろう。ダイイングメッセージさえも読めないんだろうな。うん、詰んだわ。死ぬ前に、イダさんの手料理を食べたかtt
「ミクォト。ミュカース・イアーナ♪」
などと考えていると、フェリアさんは嬉しそうに喋った後、イダさんが座っていた椅子に腰かけ、手に持っていた御粥の様な料理を差し出す。
恐らくイダさんが作った料理なんだろう。普通に美味しそうな臭いがする。米では無いと思うが、同じような穀物料理なんだろう。
一緒に入っている野菜類も、細かく刻んであり、けが人に対し、少しでも消化の良い物を用意してくれたのか。イダさんマジ天使。
そして、天使の様な悪魔の笑顔を振りまいているフェリアさんは匙を取り、一口分掬い取り差し出してくる。こんな美味しそうな料理でも、持つ人が持つと、凶器に見えるから不思議だ。
などと、思いつつも、性格はともかく美少女に「あーん♪」をされて、口を閉ざすのは「男」じゃない。口を開き、いざ行かん、美食の楽園へ。
ピョコッ。
うん、無理。僕、男じゃなくていい。なんか匙の中に、加熱処理されてない食材が顔を出したもん。緑色で、虫類主に食べてて、子供の頃は大量に田んぼで泳いでる、どうみてもアレ。
しばらく匙を凝視し、横のフェリアさんを見つめると、いつのまにか笑顔ではなく真顔、というか素顔なんだろう。全く感情を表に出してないような表情になっている。
「あの……、コレは……?」
伝わらないと解っていても、言わずにはいられない。匙を指さし、確認する。どう考えても、食材ではないコレに対して。その返答として素の表情をピクリとも動かさず、手を動かし、僕の頬に匙を押し付けてくる。匙に乗っている食材も、機を見て飛び降りればいい物の、一向に匙から降りようとしない。
しばらく、「食え」「嫌だ!」というやり取りを繰り返していたら、観念したのか、フェリアさんは匙を戻し、指さす。
「エリ・ク・シャー」
いやいやいやいや、口に含んだ瞬間ダメージ(主にメンタル)を負いそうな食材が、「最後の幻想記」に出てくるようなアイテム名な訳が無い。
それにほら、あれですよ。僕たぶん魔法とか使えませんし、МPまで回復すると勿体ないじゃないですか。もっと普通のポー○ョンとかで良いですって、いやマジで。食材の名前を告げても、頑なに口を閉ざす僕に観念したのか、無表情のまま匙の中身を窓の外に捨ててから、粥を持って部屋を出て行くフェリアさん。
フェリアさん。貴女はきっと僕の敵なんですね。そう、心のノートにメモっておきました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
フェリアさんが出ていってから、体感時間として十分くらいだろうか、しばらく光の塊(生物?)と戯れていると、再びフェリアさんが部屋に入ってくる。さっき同様に料理を運んでくれたようだが、表情は部屋から出ていった時と同じで、完全なる無表情。
そして、運んでいる料理は先ほどのような消化に良いというような料理ではなく、普通食なのだろうか、先ほどの穀物料理を普通に炊いたような物と、濁りのある汁物、何かの揚げ物。
この様子だと、フェリアさんがイダさんに「ちょっと信じられる?あの怪我人、こんなの食えるかって突き返した来たよ」とでも言ったのだろう。驚き半分、悲しみ半分といった表情のイダさんが簡単に想像できて心が痛い。痛いけど、無理な物は無理なんですよ、イダさん。
オーバーテーブルの様な机に膳を乗せ、近づけて食べやすい位置に運んでくれるが、未だに完全な無表情のフェリアさんが気になりすぎてやばい。
テーブルの位置の調整を終えてから、さっきと同様にベットの隣の椅子に座り、食事の様子を観察するためか、見つめられる。
(――、何かある)
そう、直観が告げるのに2秒とかからなかった。先ほどとは少し形状が違う匙を手に取り、穀物料理の中を確認する。特に不純物の様な何か混ざっているようには見えず、というか五穀米とでも言うべきなのだろうか、純粋な穀物1種類で作っている訳ではないらしい。
ごはんの中には強いて上げれば、黄色く細長い何かが目についたくらいで、他は特に問題なかった。
次に汁物。匙で救い上げ中身を確認するが、こっちはシンプルで、数種の野菜と先ほどの黄色く細長い何かの汁物。臭いも良い。
最後に楕円形の揚げ物を確認しようとすると、隣のフェリアさんに動きがある。一向に食事を始めようとしない僕に対してのあてつけか、大きいため息をしてからエクスカリバーを鞘から引き抜き、近くにあった布で刀身を拭き始めた。
その行動を見て、自分が今何をやっていたのかを気づかされる。どういう状況でここに居るのかわからなかったが、少なくとも二人は……、いやイダさんは僕の看病をしてくれた人だ。
その人の作った料理に対して、「また何か変な物が入っているのでは……」と疑ったわけだ。自身に嫌気が生じ、この痛みが生じる身体でなければ、今すぐにでもイダさんの元へ行って謝罪したい。
匙を膳に降ろし、エクスカリバーを拭いていたフェリアに頭を下げる。
それをくみ取ってか、手を止め、微笑み返すフェリアさん。そして布を有った位置に戻し、エクスカリバーを鞘に納めるのを確認してから、匙を取り、汁椀を持ち一口すす――。
るのを止めて、膳の上に戻した。
食事する手を止めた事に対して、疑問に思ったのだろう、フェリアさんが首を傾げる。
うん、特に意識した訳じゃないんだよ?ただ、なんとなく、そう、なんとなく。なんとなくフェリアさんが元に戻した布が視界に入った。
ついさっきまで、フェリアさんがエクスカリバーをぬぐっていた布。その布にあるものが付いていたのが見えたからだ。
黄色く細長い何か。
こっちの世界での調理器具がどんなか知らないけど、少なくとも腰に携えてる剣で料理するわけではないでしょう?Y○u t○beで刀で食材を切る動画とか見たことあるけど、こっちの世界では日常的に行われている事だとでも?
完全に疑いモードに入ってしまっては、全てを確認しないと不安になる。確認を途中で止めた、コロッケのようなものを見るが、揚げ衣には『黄色く細長い何か』は入っていない。
裏面を確認するために、ひっくり返す。
「チッ」
あれ?なんか穏やかだった、フェリアさんから舌打ちの音が聞こえましたよ?確認の手を止めず、そんな事を思っていると、コロッケの裏面に鋭利な何かで切り開いたかのような切れ目が入っていた。
中を見ようと指で広げ――、コンマ2秒ですぐ閉じた。
うん、なにかこー……。噛まれるとかなり痛くて、夏から秋にかけて活発的に行動する黒くて細長くて、「黄色い足が何十本も生えてる」アレですよ。
え、なに、フェリアさんはアレなの?この脚料理を食わせて、「大量に脚がある生き物の気持ちがわかったかい?」とでも伝えたいの?
なんだろ……。僕をゲ○ュタルト崩壊にでも誘いたいのかな、フェリアさん。
観念したのか、コロッケを指さし、「しょうがないな……」といった表情で、
「セクァ・イジュノ・スィズ・ク」
「んな訳あるか!」
コンマ2秒で、すぐ返事をした。そんな『竜の討伐依頼』のようなゲームに出てくるアイテム名みたいなの告げられても、毒にしか見えない。キ○リー必要な食材は食べ物じゃないでしょ。
メンタルのすり減り具合を言うなら、さっきの比じゃないですよ、コレ。
あのね、結構お腹減ってるんですよ。そこに出てくる料理は見た目だけはおいしそうなのに、なにか混ざってる訳ですよ。
泣きたくなってきた……。
そんな様子を見て、これはもう食べないと悟ったのか、膳を持ち上げ、コロッケをつまみ、窓から投げ捨て、部屋から出ていくフェリアさん。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
もう一時間くらい、天使イダさんのご尊顔を拝見していない。イダミン欠乏症かなんかにかかりそうです、心細いです、はい。
ベットに横になり、涙で枕を濡らし、過ごしていると聞きなれない音に眼を開く。
ザッ――。ザッ――。
窓から、地面でも掘っているかのような音が立て続けに聞こえる。イダミン欠乏症が幻聴に陥れる病でなければ、これはまさかイダさんが食材でも掘り起こしているのだろうか。
腹が減っても、1時間も痛みに耐えれば、ある程度慣れてくる。ベットから降り、足取りを確認しつつゆっくり歩いてみる。
痛みはあるが、我慢できないほどではない。力が完全に入らない訳ではないけど、走るには少し不安な感じ。
ゆっくりと歩き、一歩ずつ進み、窓にたどり着く。窓の外に広がる、イダさんの満面の笑みを期待し、顔をあげた先には――。
菜園と窓との間に、フェリアさんが居た。
足元には、スコップの様な道具と、その道具を使って掘ったような穴、「一口分の粥(エリク○ー入り。食べ散らかした後がある)」と、「コロッケ(世○樹の雫入り。啄んだ後がある)」と、「十数羽の小鳥(死に絶えている)」。
確かに毒だとは思ったよ?でもね、ポイ○ナや、キア○ーで助かるレベルだと思ってたの。
まさか、○イズや、○オリクが必要だとは思ってなかったの。目の前の光景が幻であってほしいという願い+空腹+痛み+諦め(生きる事への)が合わさり、本日?二度目の意識を手放した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ミクォト。……ウェリア・ミクォト」
身体を小さく揺すられて、ゆっくりと眼を開ける。肉でも焼いたのだろうか、美味しそうな香りと、堅い木の床に頬を付け、そして肩に添えられた手の感触。
その手の主は探すまでもない。耳に響く優しい声の主なんて一人しかいない。顔をあげ見上げた先には求めに求めたイダさんの笑顔があった。
「イダさん……」
名前を呼ばれたためか、ピクリと眉を動かし、一瞬素の表情になるもすぐに笑顔に戻る。
手を差し出され、握り返すとイダさんの手のぬくもりを確認でき、イダミン欠乏症による幻影でない事を確認する。
そのまま立ち上がり、窓の外を確認するとフェリアさんの姿は無く、料理と小鳥たちの姿も無くなっていた。
あれからどれくらい時間が経ったのかわからないが、そこまで日が落ちていない所をみるとそんな長期横たわっていたようでは無いようだった。
部屋の中を確認すると、イダさんは僕が立ち上がったのを確認し、最初に座っていた椅子に座り、オーバーテーブルに新しい料理を乗せてくれていた。
なんかもう食器からして高級品だ、というのが目に見えてわかる。さっきまで木材の食器だったのに対し、食器からしてもう全然違う。何かの動物の肉なんだろう、焼かれたものが皿に乗せられ、数種の野菜と一緒に紫色の果実の煮た物の様なソースがかけられている。
おそらく二度に渡る食事の返品で、イダさんは料理のクオリティを徐々に上げ、これに至ったんだと思う。
なんかもう……。
「……ごめん」
自分が悪くないとはわかっていても、謝らずにはいられない。表情をくみ取ったのか、優しく微笑んでくれるが、たぶん伝わってない。泣きたい。
しかし、テーブルにセットした料理や、空いていたコップに淡い桃色の液体を注いでいる姿を見ると、
(まるで給仕するメイドさんだ。眼福だぁ)
と、思えてきてローブ姿ではなく、メイド服を着てほしいと思いつつも、感謝の気持ち(首を垂れる)伝え、痛む身体にむちをうちベットに腰かける。
前まで運ばれるテーブルに乗っている料理はどれもおいしそうで、腹の虫が鳴ってしまう。その音を拾ってか、イダさんはクスクスと可愛く微笑んでくれる。
照れながらも、食欲には勝らず、ナイフとフォークを持ち(皿類はともかく、ナイフとフォークがあった事には少々驚いた)、ステーキの様な肉と対峙する、が――。
(待てよ――)
ナイフとフォークを持ったまま固まる。コレはチャンスな気がする――。
イダさんは優しい。思いやりがある。例えば、そう例えばだ。ココで「偶然」にも右手が痛み、食事が食べられないなどの事態に陥れば、「あーん♪」をしてもらえるのではないか?
暗殺者フェリアさんでもしてくれたくらいだ(確実に殺るためにだが)、イダさんがしてくれないというのは想像できない。
ここはやるしかない。「漢」として。
(疼け、僕の右腕!アヴァロンへと、至るために、その力を開放せよ!)
「うッ……」
痛みが発生したんです。えぇ。決して仮病(仮傷?)などではありません。えぇ。痛いんです。
小さく痛みを訴えてから、膳にナイフを落とすと、イダさんは心配したのか少し不安そうな表情になる。
苦笑し、膳に落ちたナイフを拾おうとすると、手が伸びナイフを拾ってくれるイダさん。そして反対の手で、「それも貸せて下さい」と言わんばかりにフォークを渡すように催促される。
(――計画通り!)
必至に表情に出るのを殺し、すまなそうにフォークを渡すと、肉をフォークで抑え、ナイフで細かく切ってくれる。小さい果実のような物と、一緒に一切れをフォークで刺し、右手で手皿を添えて、口の前まで運んでくれる。
手つきに見とれ、全く気にしていなかったが、口の前まで運んでくれた料理を見た際に、イダさんの表情を確認する。
「…………ッ」
小さく息を止め、視線は合わせてもらえず、どことなく瞳はうるみ、特徴的な長い耳の付け根まで真っ赤になっている。何が言いたいか。
めっちゃ恥ずかしそうにしてた。
さすがにコレは、こっちも恥ずかしい。という事に気づき、差し出された物をすぐに口に含み、噛まずに飲み込む。うん、味わう余裕すらない。でも、まずくは無い。少し酸味の効いた果汁ソースに、臭みの無い肉。普通にイダさん料理上手です。
あとはこっちで食べる、と伝えたかったが当然言葉にできず、照れながらも「あーん♪」をしてくれるイダさんがとても可愛らしい。先ほどと同じ手つきで、二口目を準備している間に、口の中の物を流そうと飲み物を手に取り、口に含み飲み込む。
その様子を見た途端、イダさんは手を止め、数度瞬きをしてこっちを見つめてきた。
(え、何?)
と、思った瞬間、身体が傾いていくのに気づいた。急な事で考えがまとまらない。ベットに腰かけていたのが、横たわった、と気づいたときには視界も徐々に暗くなり、吐き気さえ催しはじめた。
イダさんに助けを求めようと、手を伸ばそうとしても、ピクリとも動かせない。それどころか、イダさんは無表情で、横たわった僕を見下ろし、どことなくゴミを見るような目つきだった。
完全に視界が真っ暗になる前に、徐々に狭まる視界が捉えたのは、卑しく微笑むイダさんだった。
というか、たぶんフェリアさんだった。