起章:第二十八幕:竜との契約
起章:第二十八幕:竜との契約
ニナ様の傍で仮眠を取っていると、ニナ様が何者かの気配に飛び起きた音で私も目が覚めた。
少し睡魔が残っているのだろう、どこか眠そうだったが、それもやがて引き締まった物へと変わり、どこか凛々しく見えた。
そのまま歩を進め、窓に行くと両手開け広げた瞬間、一つの雷が部屋に飛び込んできた。
もちろん本物の落雷ではなく、両目を覆いたくなる程の光量を放ち、落雷にも似た音をたて部屋に入ってくれば「雷」だと思っても不思議ではない。
その雷はやがて、光を収め、ベットに横なっているイニェーダさんの傍に駆け寄り、どこか安堵したような表情をしていた。
表情から、名前を思い出し、過去何度もニナ様の家に、この邸宅にニナ様のお薬を届けてくれていた、フェリア様だった。
「リア……。お願いですから、迅雷<エンディ>で村を駆けるのをやめてください……。貴女が何度言っても聞いてくれないから、私の家に近づくと「不敬で雷に打たれる」と村人に噂されるのです……」
「すみません、ニナ様。私も急いでいたのです。その気持ちお察しいただきたい」
「えぇ、わかっています。それで、何からお話しすればいいですか?」
「現状から、理由を」
そこまで会話をすると、ニナ様はベットに腰かけ、イニェーダさんの顔を見つめた。
「正直、危険な状態です。体内の魔力の九割以上が体外へと流れだしています。いつ死んでもおかしくない状況、リアも見たことあるでしょう?私たちの隊に居た魔術師が最後どうなるか……」
「……はい。……何か対処は……?」
「何もできないのが現状です。一応、私の加護<リウィア>で周囲を覆ってはいますが、知っての通り力は弱いので、あまり意味をなさないでしょう……」
ニナ様はフェリア様へと視線を移し、フェリア様は目じりに涙を貯めていたが、流れ出す前に袖で拭い取り、話の続きを促した。
「それで、なんでこんなことに?」
「私も見聞きした訳ではなく、ミコト様から伺いました。ミーミクリーがミコト様に扮し、イニェーダ様へと近づき、腹部に魔封じの刃<スペルベイン>を突き立てたそうです……」
「……それで、ティルノ・クルンの帰りにミーミクリーと遭遇したわけですか……。イダの匂いがして、気が急いて何も聞きださず殺してしまったので……」
「そうでしたか。……イニェーダ様を見逃す代わりに、ミコト様の情報を持ち帰ろうとしたようですね。リアが屠ってくれたのであれば、まだミコト様の存在は隠匿できるでしょう」
ここでフェリア様は大きいため息をつくと同時に、膝を床につけイニェーダ様の手を両手で握り、額に近づけ祈っていた。
その様子を見ていた私は、あの方の、ミコトさんの事は聞かないのかな、と少し寂しくなり、口を開いてしまった。
「あの……――」
「――まだ聞いていない事がありました……。ニナ様……どうでもいいのですが……、あのバカは……。イダの「騎士」はどこですか……?」
私が正に口にしようとした事を、イニェーダさんの手を握りしめながらフェリア様が口にした。
その言葉にニナ様は表情に暗くし、消え入りそうな声で口にした。
「彼の騎士は、竜を狩りに……。大罪を背負いに、消えました……」
いつのまにかフェリア様の目には再び涙がたまり、頬を伝いベットへと流れ落ちていた。
その涙が、イニェーダさんが消え入りそうな事が原因なのか、ミコトさんを心配しての事なのか、それとも主のためとはいえ大罪を背負わんとしている騎士を思っての事なのか、私にはわからなかったが少なくとも「どうでもいいバカ」のためではなく、「大切な誰か」の為に流しているように見えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
竜のブレスを避けつつ、ただひたすら同じことを繰り返していた。
避けては口腔内に向け、矢を放つ。避けては口腔内に向け、矢を放つ。木材部は瞬時に炭化し、金属部は溶け竜の口の中に落ちる。
あとはただひたすらに「効果」が出るのを待つだけだった。
竜種の多くは胃液から生じるガスを口から吐き出す際に、人間で言う喉頭蓋に当たる部分に存在する火打石の様な構造器官で種火を起こし、ガスに引火させブレスと化している。
その火打石器官(勝手に命名)を維持するのに、竜は唾液を飲み込み、濡らす事で一度使った後の洗浄を行い、次のブレスの準備を始める。
その際に口腔内に含んでいた物も「胃に流れ込む事」がある。
やがてブレスを吐き続けていた竜は、「胃に流れ込んだ何か」による症状で、口を開いたままかたまり、四肢でバランスを取り立っていたのに横転し、息を粗くしていた。
とどのつまり、僕がさっきから放っているボルトには少し細工がしてある。この世界に来てすぐ、毒殺者フェリアさんに盛られた一品。
それと同時に、今までの僕の生活を支えてくれていた、淡い桃色の液体。
口にした言葉の意思の疎通を可能とさせる、劇薬であり、胃に入ると激痛をもたらす。アリュテミランの涙だった。
『…ハッ、ハァハァ……。コレは、海妖の……涙か……?』
四肢に力が入らないのだろう、横転したまま、口が微かに動き、聞き取れないはずの声がよくわかる。
横転した竜に近づきつつ、アルトドルフを折りたたみ、竜の眼前に立つと、竜は爬虫類特有の横に閉じる瞼で一度瞳を濡らし、僕を見据えた。
『貴様、いったい何者だ……?』
「ダメ元だったんだけど、会話できるようになって嬉しいです。いくつか質問に答えてくれると助かります」
『この状況で、断れると思っているのか……?人間もどきめ』
「もどき……ね。フェリアさんにも同じ事言われたな……。まずソレから教えてください……。僕は僕を人間だと思っているのですが?」
『……ハァハァ…。違うな、貴様は『人』では断じてない……ハァ…』
激痛なのだろう、胃に流れ込んだアリュテミランの涙の効果で、息がまだ整っていない。
前々から気になっていたが、フェリアさんからはただ嫌われていたから「人間もどき」と呼ばれてると思っていた。
だけど、ここに来て久々に「もどき」と呼ばれると、なにか悲しい物があった。
「じゃあ……、君は竜でいいのかな?まさかその成りで、『羽の生えたでかいトカゲ』っていう落ちでは無いでしょう?」
『人種が何をもって、『でかいトカゲ種』と『竜種』を分けているのか解らんが、『竜』で相違ない……』
皮肉も通じないのか、それとも皮肉さえ捉えてもらえていないのか、掴みどころがない人……竜だった。
「そう。それじゃ次の質問。今から貴方の瞳が欲しい。生きたまま単眼になるか、死ぬかどっちが良いですか?」
『……我にも、一つ質問させろ。……瞳が欲しいと言ったが、竜晶石が必要な者がいるのか?……少なくとも、人には毒にしか成り得ぬ代物だと把握しているが……』
「人……、というよりもエルフです」
『…………待て。貴様の気配……』
竜は少し頭をあげ、鼻先を僕に近づけ、目を細めどこか昔を懐かしむかのような表情をしていた。
『……まさか貴様が言う、『エルフ』というのは、南東にある集落よりもさらに南にある森に住まう者の事か?』
白の森に住まうエルフ、というか人はイダさん以外に居ない。それはこの世界に来てわりとすぐに聞かされた。
イダさんは何故か「人から離れた生活」を好んでいるように思う。
「えぇ、僕の命の恩人です」
『…………。……彼の者の命を脅かす程の魔力消耗となると、単眼では足りぬ。両の眼を用いても足りぬだろう……、シンも持っていけ』
「シン?シンってなに?」
『心臓の事だ。竜種が体内に生成できる竜晶石は三ヶ所存在するのは知っているのだろう?両目に一ヶ所ずつと、心臓の計三ヶ所。全て持っていけ』
「ゴメン、この世界の事をよく知らないのですが、心臓を抉られても生きていけるものなのですか?」
『死霊族であれば可能だろうが、神族に連なる我らが、それを出来ると思っているのか?』
どこか、バカにしているように聞こえたのだろうか、目が鋭くなり、睨まれる。
『無論、ただでくれてやるつもりは無い。条件がある。それでも良いのであれば、だ……』
「言ってみてください。聞くだけ聞いてダメなら、別の方法を考えます」
『別の方法など無い。この近くに我以外の竜は存在しない。その上、竜晶石を得るには、竜の同意が必要だ』
知っている。だから、こんな手段を用いた。
ただ殺して奪えばいいのであれば、もっと簡単だった……。
でも、あの卵を抱え、寝息をたてる姿はどうみても、母のそれを連想してしまう……。
卵から孵るであろう子供から見れば、それを成した僕は親殺しに該当する。それと同時に、施設で育った時の事を、僕自身の隣には親と呼べる、家族が居なかった事を思い出した。
あの時の想いを、卵から孵るであろう子にも同じ思いをさせるのか、と。
そのうえで、イダさんの笑顔が消えるのを、家族をまた失うのを恐れた。
結果、僕はゆっくりと口を開いた……。
「……条件ってのは何ですか?」
疲れ切ったのだろうか、それとも痛みに耐えかねたのか、竜は顔を地面に降ろし、荒い息の中、弱々しい声ではあったが、言葉を口にした。
『……貴様の残りの人生をもらう』




