起章:第二十七幕:話し合い
起章:第二十七幕:話し合い
「一体、どうなっているんだ!なんで無力化できない!拘束<バインド>じゃないというのか?!」
アプリールとアスール村を繋ぐ街道をそれた、森の中。アルフィーナは一人剣を振り抜いた姿勢のまま、身動きせず悪態をついていた。
彼女は銀旋騎士の筆頭であると同時に類い希なる天恵を得たもので、「アルフィーナにとって害となる魔法を強制的に解除」できる能力を有していた。
それゆえに彼女は銀旋の長になれ今回の任につけた。
それが今、彼女はあろうことか「なんらかの力」によって、拘束され身動きができなくなり、焦っていた。
「これは……魔法の類いでは無いとでもいうのか……。それに……」
アルフィーナは目を閉じ目の前にミコトが顔を近づけた時を思い出した。
銀旋の問いかけに対し、曖昧な返事をしたこと、神速の一刀を薄皮一枚で避けたこと、避けただけでなくこっちの動きを封じたこと。
最後に破けたフードから覗く、左耳に吊っていた魔霊銀<ハイ・ミスリル>のピアス。
噂には尾ひれがつくものだ、とアルフィーナは考えているが、今回ばかりは騎士として十分すぎる技量を持ち合わせ、同時に自身さえ知らない技術を行使した。
「女だとは、な……」
アルフィーナはゆっくりと目を開けると、微かに頬をあげ、微笑んだ。
彼女なら私の願いを聞き入れてくれるだろうか、仲よく出来るだろうか、共に旅をしてくれるだろうか、と次々に尋ねたい事が沸き立つ。
いつのまにかアルフィーナの表情はフードの下では年相応に「少女」らしい笑みへと変わり、当の本人はその表情に気づかぬかまま、竜の咆哮が響き渡るまで続いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
竜が寝ていた広間に立ち入った瞬間、竜は目を覚まし、戦場にして卵を割りたくないのだろう、ゆっくりと起き上がると、洞窟の入口へと歩いて行き、その後ろに続いた。
その様子は想像していた「竜」とは違い、しっかりと知性を有しているようにも見え、広間を出るときに卵に何か話しかけるように口が微かに動いたのを見逃さず、その行動はまるで自らの命がココで終わる事を理解し、子供である卵に謝罪しているようにも見えた。
やがて洞窟を出て、月夜の森の中を歩く竜をただ後ろからついていく事しか出来ず、その先導に従った。
しばらく歩くと、森が開け、周囲に木が生えていない広場に出る。月光が差し、より輝く竜は、僕に振り返ると、首を持ち上げ、大きく口を開き、叫んだ。
『――――――――――――――ッ!!』
耳を抉るかのような大音量の咆哮を間近で聞いてしまい、激しく鼓膜が震え、甲高い音で満たされる。そして青白い竜の咢の前には青く光る魔法陣が展開され、微かに何度か口が開くが、竜の息遣い以外の音は聞き取れない。
竜の言葉は魔法そのもので、聞き取れない、理解できないというのは、単にその魔法を人やエルフには理解できないからであり、竜と完璧に意思疎通を行える存在など神族しかいないと言われている。
言葉が通じない以上「竜の同意を得る」という条件は、ただ単に「武力をもって、説き伏せる」方法しかない。
対抗手段を講じていると、話が通じないと理解したのか、竜は小さく首を振り、口の前の魔法陣を解き、双眸でにらまれる。
その眼は黄色く光り、どこかバンディットウルフの瞳を思い出し、少し恐怖を覚えた。
やがて、竜の胸が膨らみ、口を開くと同時に、炎が吐き出され、「話し合い」が始まった。
一度目は真正面から吐かれ、右に飛び避けると同時に魔力針<ファントムダート>を放ち、竜の額にあてるが魔法耐性の高い結晶竜にどの程度の効果があるのか、まるで解らなかった。
かといって、精霊の槍<エピルフィア>を放ち、万が一にも殺害してしまっては意味がない。完全な不利な戦いだったが、もう一つ試したい事もあって、本気の殺し合いに踏み込めないでいた。
竜にとって左側に飛んだ僕を睨み、ブレスを吐き続けたまま、向きを変え、僕捉えようとするが、遅い。
さらに避けつつ、アルトドルフを展開し竜の口腔内を狙いボルトを放つ。が、口に入る前にブレスにあたり木材部分は瞬時に灰となり、矢じりは空中で解けた鉄へと姿を変え、口腔内に落ちるがさして熱くはないのだろう、苦痛の表情すらない。
次弾を装填しつつ、森の中へ木の裏へ姿を隠すが、竜は追ってこず、それどころかブレスを吐くのをやめ様子を伺っていた。
その様子を見て、手加減をされているとも思ったが、一歩も動かない所を見ると、「正々堂々と戦う」とさえ見える。現に森に入ってからは一切攻撃せず、僕の出方を見守るだけだった。
追い返せればそれでよし、とでも言いたいのだろう。そしてそれを気取らせるように振る舞っている。
だからこそ、心の中で謝罪した。
騎士でありながら、正面戦闘のスキルの低さを補うために、卑怯な手段に出る事を、事前に心の中で謝罪した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
イダとバカが家に居なかった。
イダの匂いをたどると、採取業にでも出ていたのだろう、森の中へと続き、辿った先には大量の血痕と、散乱した肉片、何かが燃えた後の灰。
そこからは、バカの影も感じ取れるようになり、二人の匂いがアスール村の方角へと続いていた。
地面に落ち、大地へと吸われた血痕に触れると、それは間違いなくイダの物で、怒りがこみ上げたがそれ以上に胸騒ぎがした。
ただの出血だけなのであれば、問題ない。問題ないが、何か、イラつくし、焦燥感があり気を抜くと、なぜか吐きそうになる。
アスール村へと自然に脚が進むが、その歩はやがて「歩く」速度ではなく、ただ一秒でも早く移動しようとしてか、前へ前へと飛翔するように駆け抜けた。
時折、なんらかの気配を感じ振り返るが、視線を感じるのみで、襲っては来なかった。その様子から下位のディアブロが威圧でもかけたのだろうと踏むが、ココまで回数が多いと若干いらつく。
やがてアスール村へとたどり着くと、自警団の長、ビルクァスが門の前に立ち魔剣ベルク・アインを地面に突き立て、両手を柄尻に添えていた。
その様子はかつてのアルディニアの剣闘士、ビルクァス・アルフィーのそれだった。ビルクァスは森からディアブロでも攻めてくるとでも踏んでいたのか、私を視認すると背中の鞘へとベルク・アインを収める。
「フェリアさんでしたか。ミコト君ならニナ様の元に居ます。その腕には黒髪のエルフを抱いていました……。急いだ方が良いかもしれません」
「……感謝する。森からの警戒は怠らない方が良い」
「えぇ。一応、ニナ様から「守るためであれば、使用を許可する」と言葉を頂いています。いざとなれば、引き抜きますよ」
そう苦笑しながらいう剣闘士は自信はないんですよ、と表面上つくろっているようにみえ、顔の火傷の痕を指で掻いていた。
その様子に一度頷き、
「ニナ様の邸宅に居る。もしビルクァスだけで防ぎきれないと解ったら、すぐに使いを走らせろ。可能なら手伝う」
「ほう……。ではまた、雷光を拝める時が来るかもしれません。であれば、私は座して待つかもしれません」
「その時は、お前が最初の標的だ。ビルクァス」
「ハハ、冗談ですよ。……さ、どうぞ」
そう言い門を開けようとしてくれるが、私はそれに対し首を振って応じる。
「その前にビルクァス。お前何か見たか?……その、ミコトが抱いていた黒髪のエルフについて」
返事は無く、ただビルクァスの動きが止まるだけで、その顔は門へと向き、表情がうかがえない。
しかしそれだけで、答えがわかってしまい、ため息が出る。
やがて、ビルクァスは小さい声ではあったが、
「私は何も見ていません。ただ……そうですね、「触れたら爆ぜてしまいそうなお方」だったとだけ言っておきましょう。無論誰にも言いません」
「触れたら爆ぜる」その意味は私を含め、ニナ様も、本人さえも自覚している事だった。
イダの両頬にある紋、鳳仙花の種の模様に似ているから、本人も気に入り冗談交じりに「私に触れないでくださいね」と言っていた事もあった。
「助かる……」
言いつつ、門を開けてくれるビルクァスに軽く礼をしてから、門をくぐると、閉じ行く中で、ビルクァスの声がした。
「――、一つ聞きたい事があります。彼は……ミコト君は何故、あの方を恐れないのですか?それどころか、あの方の騎士なのですよね?」
答えはわかりきっていた。異世界人故に、知らないから。知らせていないから。教えていないから。教えたくないから。
アイツに「だけ」は知られたくないから。だからこそ、外界との接点を絶たせていた。
街に行けば否応なしに、その現実を直視してしまうであろうから。だから、街への同道を拒否し続けた。
それでもあのバカは行きたいという思いにかられ、イダが折れどんな事があってもイダを裏切らないと誓いをたたせた。
いずれはそうなっていた事なのだろうと思うが、イダもイダで「人が怖い」という思いを抱きながら、何故彼に対してだけはあそこまで親身になれるのだろうか、と思う時があった。
だからこそ、ビルクァスに言う言葉は慎重に選び抜いた結果。たった一つの言葉が浮かび上がった。
「――バカだから、だろうな。目の前に竜の尾があっても、鼻歌交じりにそれがなんなのか確認せず踏むような神経の持ち主さ。だから双満月の日に赤の森に入れる。違うか?ビルクァス」
返事は無かったが、閉じ行く門に消えていったビルクァスの表情は確かに、笑っていた。




