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起章:第二十六幕:母

起章:第二十六幕:母


 竜種とは。このグレインガルツに置いて、最も尊いとされる神族の眷属にあたり、王家に連なる人間以外で、唯一の神族として地上を好きに暴れている。

 彼らを諫める者は居らず、ただの自然災害であり、抗う事を許されない。竜の気まぐれが終わるまで命がある事を祈って過ごすしかない、と言われるが、その性格は一度火が付くと一年は怒りが収まらないとさえ言われている。

 普段は穏やかで、あまり人が立ち寄らない、深い森の中や、洞窟の中で静かに暮らし、近くの動植物を糧としおり、雌雄同体の種が多く百年単位で卵を一つ産み育てる。巣に卵が有る時は比較的穏やかな個体が多く、巣を長期にして離れようとする個体も少ない。

 また、決まった寿命がなく、非常に長命である事が知られる。両目と心臓に竜晶石という結晶を生成し、莫大な魔力を秘める媒体として魔法の行使に使われるのは知っているがそれ以外の用途を知らない。

 そして、この竜晶石は取り除く竜その者の「同意」を要し、強引に命を奪い取り外す事に成功しても最早ただの石と同等の価値しかないらしい。


 しかし、これはあくまでも「竜種」という広いカテゴリーで見た時の話であり、広間の奥で身体を丸くし寝息を立てている竜は全長にして頭から尾の先まで含むと、二十メートルくらいだろうか……。

 青白い鱗一枚一枚が薄い真珠膜に覆われている様な虹色の光沢を放ち、背中には一対の翼を有し、手足の爪はその真珠膜のみで形成されているように見えるほど美しい物だった。

 青白い鱗、虹色に光る真珠層のような膜、同じく虹色の爪。これらが意味する竜は、結晶竜と呼ばれる。強い魔法耐性を持ち、物理攻撃には弱いものの、竜の鱗は並大抵の武器では歯が立たない。

   

 頭上を見上げるが、そこに星空は見えず、ただ洞窟の天井が見えるだけで、岩肌の間に時折苔を確認できる程度で、空気は若干湿気っていた。

 雪原都市アプリールに近いせいだろうか、吐く息は白くなり、少し肌寒くも感じ、洞窟に入ってからは肌寒いなんていうレベルの話ではなく、カチカチと歯が音をたてる程寒かった。

 光源の確保と体温を上昇させようと、簡単な火属性魔法で自らの周囲に火球を漂わせていたが、洞窟に入ってから奥に行くにつれて、気配を濃密に感じるようになり、やがてその火球を消し、目の強化を行い暗視出来るようにし少しずつ進んで、ようやくお目当てを発見したところだった。

 

 だが、発見はしたものの、すぐに思考を改めざる得ない事に気が付かされた。


 一メートルくらいの卵を抱えている。その卵を抱き込み温めるように青白い竜が丸く寝入っていた。

 

 その光景を目の当たりにして、竜の説得をできそうにないと感じたが、同時にイダさんを諦められるのか、と自問した。

 当然、イダさんを諦めるなんていう選択肢は選べないが、何か別の道をこの竜が知っているのでは、という半ばあるはずの無い「願い」を抱き、大きく一歩を踏み出し、竜の寝入っていた広間に立ち入った。


「……大丈夫、大丈夫」


 そう、自分に言い聞かせ、また大きく一歩を踏み出した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 夢を、夢を見ていた。

 それが夢だと解った理由は、もう何百年も前に離れた「城」を歩いていたからだった。

 右隣には、赤い髪を腰まで伸ばし、歩くたびに揺れ光り火のようにも見える、頬に太陽を宿す、炎神と呼ばれたエルフ。

 後ろには、金髪を乱雑に斬り、短くした両頬に二本線の紋を宿す、私の護衛であり、最初の家族が付き従うように付いて歩いていた。

 窓の外では大量の魔族でひしめき合い、空は焦げているかのような真っ黒い色をしているが、それは夜ではなく、これが普通の空だった。

 やがて、二人に案内されるかのように、一つの部屋にたどり着くと、申し訳なさそうに炎神が戸を開け、反対側の戸を後ろを歩いていた後の姉が開けてくれる。

 扉の向こう側はただ真っ暗で、この向こう側は別の世界だと思っていた。

 それゆえに怖く、息が詰まりそうになるが、やがて諦め大きく一歩を踏み出そうとして、足に力を入れるが、力が入らないどころか、震え床に根を下ろしたように動かなかった。

 それでも、と力を入れるが動かず、進むのを諦めようとした。

 

 その時、誰かが左隣から手を握ってきた。それが誰なのか顔を確認しようと、視線を上げた時には夢から覚めようとしており、そこに誰が立っているのかわからなかった。

 でもきっと、その人は黒い髪で、茶色い瞳の華奢な体格から女の子にも見える素敵な男の子で、優しくて、涙もろい。それでもどこか頼りになる、素敵な「騎士」である。

 

 なぜか、そう感じ取れた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ゆっくりと眼を開くと、そこには見知らぬ天井があった。

 しかし、それが天井ではなく天蓋であるとわかったのは、そのさらに向こう側に木造づくりの天井が確認できたからだ。

 四肢に力を入れるが満足に動かず、肌寒く感じるうえに、右の腹部には鈍痛を感じる。

 首を持ち上げ、部屋の中を確認すると、中央のテーブルに突っ伏したままかつての大英雄が寝ており、その肩には毛布が掛けられていた。

 やがて気だるさが勝り、枕に後頭部を付け、あらためて天井を見つめていると、一つの視線に気づき、目で視線の先を見つめると、そこには橙色の瞳が闇夜に輝き、目を丸くして数度瞬きしていた。


 たしか、ニィナフェルトが「家族」と言っていた、ドゥーギーの少女。その右耳にはミコトと同じ、魔霊銀<ハイ・ミスリル>のピアスがついており、重みのせいだろう、右耳だけかすかに垂れていた。

 視線が重なると、ドゥーギーの少女は少し怯えていたが、ゆっくりと口を開く。


「……ココが、どこかわかりますか?イニェーダさん」

「……、ニナの屋敷。……貴女は確か、ニナの……」

「はい。ミルフィール・トゥーヴェと申します。赤宝<ベルク>の暴走時、ニナ様に命を救われました。今はニナ様の傍仕えをしています」

「……フフ。真面目なのは良い事だけど、貴女はもう、こう言って良いはずです。……「ニナの家族であり、騎士である」と。自信を持って下さい……」


 赤宝<ベルク>の暴走は記憶に新しい。

 五年ほど前に、炎兵都市アルディニアの誇る大工房。その大工房に火を入れ続ける、魔宝石。赤宝<ベルク>。その赤宝<ベルク>が熱量を抑えられなくなり、リアから知らせを聞いた私がニナを派遣した。

 それでも間に合わず、赤宝<ベルク>が暴走に至った事件だ。


 そう伝えると、ミルフィールと名乗った少女は、うつむき、表情が陰り、小さく唇が動く。


「……私は、ニナ様に相応しくありません……。この耳飾りは近日中にお返ししようと考えています……。私は……煤と、灰と、糞尿に塗れていただけの卑しい獣人です……、だから――」

「……ニナは――、昔奴隷でした。……貴女と同じ、炎兵都市アルディニアの火守り女です。だからこそ赤宝<ベルク>の暴走時、貴女を助けられた……。不思議に思った事はありませんか……?」


 炎兵都市アルディニアの火守り女。それが意味する言葉は最も過酷で奴隷の墓場とさえ言われていた。炎兵都市アルディニアのうち都市内の半分を占める大工房に熱を送り続ける、赤宝<ベルク>の火守りを行う女性の事だ。

 アルディニアでは火は穢れを知らない物とされ、古くから女性が番をするのが当たり前となっていた。そして長い歴史の中で、幾度となく事故が起き「死んでも問題ない女性」を送る場所となっていた。

 それゆえに、アルディニアの女性奴隷は大工房に送られるのを日々恐怖しながら過ごすという。


 ニナが昔奴隷であったことを、ミルフィールと同じ、火守り女であった事を伝えるとミルフィールは顔を上げ、目を丸くし驚いていた。


「大工房の火室に安置されている赤宝<ベルク>に一番近い火守り女を救うには、火室に至るまでの多くの罠や仕掛けを解かなくてはいけない……。一種の大迷宮を、ニナ単身で貴女を救えたのは……そういう理由があるんですよ……」

「……う、嘘です!……イニェーダさんはさっき、ニナ様の事を「ニィナフェルト」と仰いました!ニィナフェルト様と言えば、魔大戦での大英雄じゃないですか!」

「……そうですね。ニィナフェルト・ウィル・グレイシス。それがニナの本名です。生まれた頃は、氷精霊の加護を受け育ったのに、赤宝<ベルク>の傍に居続けた影響で、加護の力が極端に低い。だから――」

「身体が弱い……」


 話の流れから、また日々ニナの世話をしていたから解っていたのだろう。ニナはその加護の力が低すぎるがゆえに、身体が弱い。そのために簡単に身体の不調が表に出てしまう。


「ですが、私はミコトさんみたいに強くないです……。一人でディアブロを狩るなど絶対にできません……だから「騎士」には成れません……」

「……貴女の魔霊銀<ハイ・ミスリル>のピアスは右耳についています。……これはミコトの物とは違って、「慈愛と優しさの象徴」であり、強さを求めての物ではありません。……私からのお願いです。その象徴に誓い、いつまでもニナの傍に居てあげてください。家族として。同じ傷のなめ合いをしてほしいわけでないんです。お互いがお互いの埋め合えるように傍に居てあげてください……」


 言い終えると、ミルフィールは目じりに涙をため、大きく一度頷いてくれた。

 その様子を見届けると、意識していたわけではないのだが、急に気だるさと眠気に襲われ、長い息を吐き、自力で瞼を開けている事もままならなくなり、ゆっくりと視界が細くなる。

 そこで、ふと夢の終わりを思い出し、閉じ行く視界の中で自らの騎士の姿を探したが、居らず、ボソリと声に出たが、返事を聞く前に完全に意識を手放してしまった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……ミ、コト……は?」


 ベットで横なり、弱々しく話してくれたイニェーダさんは、そう口に出した。

 意味はわかる、がニナ様から「聞かれたら、買い出しに出た、と言うように」と言われていたため、ぐっと息を飲み、伝えようとしたが、返事を待たずにリズムよく寝息をたてるようになり、少し安心した。

 

 私は少し後悔していた。ニナ様の騎士に成れた事ではない。ニナ様に家族として受け入れられた事でもない。ニナ様が英雄とも言われる人だと知ったからでもない。

 イニェーダさんから聞かされた話が全て真実だったとしたら、私はなんと浅はかだったのだろうか、と自らを責める想いで一杯だった。

 ニナ様は高貴な人であり、下々の人間が気安く接していい人ではない、と思っていた。その想いを実行し、ニナ様には私の理想を押し付けていたように思う。

 

 ベットの傍を離れ、主が寝ているテーブルに近づくと、主もイニェーダさん同様にリズムよく寝息をたて、腕を枕に口の端から少し涎を垂らしながら、よく寝ておられた。

 その姿は私が押し付けていた、理想の「高貴なニナ様」では全然なかった。

 それでも私は失望などせず、むしろありのままを受け入れられ、イニェーダさんに心の中で感謝を伝え、隣の椅子を主の傍まで運び、ニナ様にかけていた毛布の余った部分で私を包みこんだ。

 そして、ニナ様の顔がほんの数センメルテ先にあるほど近づいた。


 私は自慢ではないが、かなり鼻が良い方で、同じ毛布にくるまって、主に近づいた時から、ある想いがあった。


 この匂いは、もうずっと前に、「母」と呼べる存在からした匂いと同じな気がした。


 だから、聞こえていないのだから、良いだろうと思い、静かに声に出した。


「おやすみなさい、お母さん……」


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