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起章:第二十二幕:魔封じの刃<スペルベイン>

起章:第二十二幕:魔封じの刃<スペルベイン>


 ミーミクリー。上級の下位に位置するディアブロ。「名も無き模倣者」と言われ、変身能力を有している。実体は霧状のディアブロ。襲う前に相手の事を入念に調べ上げ、その人間にとって最も近しい心を許した相手に化け、襲う事が多い。霧状になっている時は、物理攻撃が効かない。


 痛みを感じたと同時に後ろに飛び退くが、純粋な「身体能力」だけの後退にたいした距離も稼げず、足運びに力が入らず結局数歩分さがった所で、地に膝を着けてしまう。

 自らの右脇腹を見つめると、そこには柄だけがローブの上から見えており、刀身が見えず、柄に触れようとすると、小さい稲妻が走り、手を阻害され、柄を握ることが出来ない。

 魔封じの刃<スペルベイン>、厄介なものが刺さったものだ。平静を装ってはいるが、痛みのせいで、うまく呼吸が整えられない……。

 いち早く抜きさり、穴を塞ぎたい所だが、刺した本人にしかで抜く事が出来ない上に、刺さってしまった以上、「魔法の行使」が出来ない……。


「フフ、フハ――ハッハッハッハッハッハ!やったぞ!討ち取ったぞ!」

「とりあえず……、その「顔」で卑しく笑うのやめてくれませんか……?不愉快です」


 私に魔封じの刃<スペルベイン>を突き刺した、「ミコト」を睨み付ける。頬まで口が裂け、瞳は赤く微かに光り、ミーミクリー特有の霧状の魔素が「ミコト」の周りを漂い始める。


「フハッ!さすがはイニェーダ様です!魔封じの刃<スペルベイン>刺されて、なお喋れますか!」


 喋るのでやっとだ。普段から身体機能を魔法で補っている分、魔封じの刃<スペルベイン>でそれらが封じられている今、まるで自分の身体じゃないくらい、重く、動かしにくい。

 自分の身体を確認するために、あちこち動かしていると、目の前に「ミコト」の足が迫っている事に気づけず、障壁も身体強化もしてない身体で受け、数メルテ吹き飛ばされる。


 痛みよりも、十分に肺に酸素を送り込めていないのか、「苦しい」というのは真っ先に思い浮かべてしまう。

 

「いけませんよ?イニェーダ様。あまり無視しないでください。寂しくてつい……殺しそうになってしまいます。貴女様への手加減など、私には出来ませんよ?」


 そう言い、「ミコト」は目に涙をためていた。


 少しでも呼吸を楽にしようと、四肢に力を入れ寝返り、仰向けになる。うつ伏せになっていた時より遥かに呼吸が楽にはなるが、未だに浅く短い呼吸しかできない。

 空は朱に染まり、日は隠れ始めようとしていた。その空の色がまるで、自分から流れている血にも見えて、なんだか気持ち悪くなった。

 でも、ほんの少しだけ、落ち着けてある事に気づけた。 最初は違和感を感じたが、それが何かを理解できると、不思議と頬が緩んだ。

 

「なにか可笑しいですか?」


 「ミコト」は泣きそうになっていた顔をあらため、すぐに苛立ちめいたものを秘める顔となる。


「いえ、何も……。ただ、私は……」


 とは口にしても、これから何が起きるのかがわかると、笑顔にならざる得ない。


「――ただ、私は……お前たち「魔族」が大嫌いです。驕るばかりで、それを改めず、他種族を見下すばかりで常に下を向いて生きている様だった」


 癇に障ったのだろう、「ミコト」の脚が左わき腹に刺さり、また数メルテ蹴り飛ばされる。

 砂塵が舞い、ローブが汚れ、魔封じの刃<スペルベイン>が刺さっている箇所からは鮮血が噴き出す。

 それでも、笑顔を止めず、それどころか声が出る程になった。


「フフ……」

「いったいなにが可笑しいというんですか?壊れたのですか?」

「……、お前も見下すばかりで、さぞ気分が良いのでしょう?――私みたいに見上げる事を覚えれば、別の世界が見えていたかもしれないのに……」

「ハァ。よくわかりませんが、とりあえず壊れたのですね。ならもう、玩具にもなりえません。今ココで――」


 左頬を地面につけうずくまる私に近寄り、「ミコト」は右手に目に見える程の悍ましい魔力を貯め、目が鋭く私を捉え「見下す」。

 だからこそ、見えないんだろう。私と同じ世界が。瞼を開けている余裕も無くなり、徐々に重くなる。

 最後に右目の端で捉えた紅い空には、およそ空には似つかわしくない大きな槍が浮かび上がり、その柄を投げるために構える怒りに満ちた表情で、精霊の光を纏った騎士の姿があった。

 そして、完全に闇を捉えた世界で、私の耳にはどちらの声かはわからなかったが、


「……「イダ」を傷つけたお前は、万死に値する」


 その一言は私が安心して意識を手放すのに十分な物だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ベットの上で本を読んでいると、控えめなノックの音が聞こえる。

 そのノックに応じると、「失礼します」と声をかけられてから、ミルフィが部屋に入ってくる。

 その表情は青く、どこか疲労度を漂わせるものだった。

 いつだったか、アプリール、ティルノ・クルン、フェリアーニを周る旅行に出かけた時もこれほど疲労度が感じ取れる表情はしていなかったように思いますが。

 どうやら、兎のしっぽ亭はそれ以上である、と物語りたいわけですね。


 それにしても、そのドレス。最高です。ラスティルさん?この想いあなたに届いていますでしょうか?


「頼まれていた品、持ち帰りました。夕食後にお召し上がりになられますか?」

「そうですね。二人で一緒に食べましょう?ありがとう、ミルフィ。それと……とても可愛らしいですよ?」


 そう褒めると、いつもは顔を真っ赤にして衣類の裾を握りしめたりして、キュン死寸前になるのですが。何故か今日は表情に影が差すだけだった。


「何かありましたか?」

「あの、ニナ様。ミコトさんはどういったお知り合いなのですか?」


 珍しい。この子が「人間」について尋ねるだなんて……。それほど、彼が特別な存在という意味なのでしょうか?


「そうですね、彼の者は私が昔仕えていた主の騎士です。実力は……、村で噂になっている通りですよ。彼の事が気になるのですか?」

「ち、違います!」


 ふふ、尻尾は正直ですね?ミルフィ。左右に振れてますよ?


「……ただ……彼の事が、というよりも、そのミコトさんが険しい表情で兎のしっぽ亭を飛び出していかれたので、それが気になっています……」

「……詳しい話を聞かせてくれますか?」

「はい……。兎のしっぽ亭でみなさんとお話しして居た時、急にミコトさんの表情が変わって、ビルクァスさんに村の防備を固めるようにと助言されたのち、すぐに飛び出していかれました」


 察するに、彼に精霊の声でも聞こえ、何かに巻き込まれたのだろう。

 

「それで、彼はどこに?」

「わかりません……。ただ、ビルクァスさんが言うには、屋根伝いに走り、壁を飛び越え、南に向かった、と」


 南。それが意味するのは一つしかない。白の森。「あの方」が住まう家のある平穏な森。

 

「ミルフィ。帰ってきた所、大変申し訳ないのですが、いくつか集めてほしい物があります。……もしもの備えとして、ですが……ミルフィ?」


 ミルフィの顔が窓を見つめ、目を大きく見開いている事に気づき、ベットから降り、窓の外を確認して、確信する。


 "死か致命傷"と。

  

 何故なら南の森の上空に、一振りの夕日で朱色に染まる槍が光り輝いていた。 


「ミルフィ。彼なら大丈夫です。それよりも、今から買ってきてほしい物のメモを書きますので、急いで薬品素材店に赴いてください。それと、私の権限で"ミコト・オオシバが誰かを連れて村を訪ねるような事があれば、優先的にこの屋敷に通せ"と自警団に伝えてもらってください」


 あとは、何をすべきだろうか、と考えをまとめているうちに、森の上の槍が森へと放たれ、光が森を包む。

 確信があったわけではないが、"仕留め損ねている。致命傷の方だ"そう感じた。だが、白の森にあった悪しき気配の塊は大きくを削がれたのだけはわかる。

 ミルフィの表情は驚き三割、恐怖七割といった感じで青ざめてはいた。


「最後に。ビルクァス自警団長に"守るためにであれば、使用を許可する"とだけ伝えて下さい」


 伝えるが、ミルフィの顔は未だ青ざめ光が収まりつつある白の森を見つめていた。

 とりあえずミルフィに買ってきてほしい素材のメモを作り、静かにミルフィの後ろに回り込み、たらんと垂れている尻尾を思い切り握る。


「にぎゃああああああああああ!」

「ふふ、キャスト(猫人族)みたいな悲鳴を上げますよね、ミルフィ。その辺も好きですよ?」

「ニ、ニ、ニナ様!!尻尾は握らないでくださいといつも言ってるじゃないですか!」

「わかりました、わかりました。それでミルフィ、さっきの話聞いてましたか?」


 今は怒りや羞恥心の方が勝っているのだろう、顔色も良い。


「は、はい!行きます!」

「お願いしましたよ、ミルフィ。ミコト様も貴女のが協力してくれたと知れば喜ぶでしょう」


 そういうと、ぱーっと笑顔が咲き乱れ、勢いよくお辞儀をして部屋を飛び出していく。

 恐らく気づいていないのだろう。むしろ気づいてもらっては困る。それほどまでに彼の事が気になっているのだろう。尾を左右に強く振っていたのを私は見逃さなかった。

 

 それ以上に、気づいてもらっては困る事。いつもの執事服ではなく、ラスティルさんから頂いたドレスを纏ったまま、街へ飛び出すミルフィを見送る私の笑顔。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 仕留め損ねた――。

 外そうと思った訳ではない。外すどころか、正確に射貫こうとギリギリまで距離を近づけようとして、気取られた。

 精霊の槍<エピルフィア>を放つ瞬間、僕の存在に気づいた「僕」は、大きく飛び退き、いくつもの障壁を展開し、障壁を貫くたびに槍が徐々に横に逸れて体幹を捉えていた軌道だったが、右胸部に命中し「僕」の半身を消し飛ばすだけの結果に終わった。

 地上に降り立ち、「僕」とイダさんの間に立つ。


 イダさんを確認すると、短剣に右腹部を刺されて出血はしているがそこまで酷いようには見えない。それなのに、微かに微笑んだまま意識を失っていた。

 当の加害者であろう「僕」をにらみつけると、痛みは無いらしく、右半身の削がれた部分を確認し、笑顔を作り出す。


「なるほど、貴方でしたか。件の精霊の槍<エピルフィア>を放ったのは。てっきり、イニェーダ様の物だと思っていたのですが……」


 残った左手にイダの腹部に刺さっているものと同じ装飾の短剣を構え、にらまれる。

 刀身は濃い紫色をしており、見た目からして「刺されたら、なんかある」といった代物だった。


「貴方、何者ですか……?「人」ではない……」

「そう言うお前は、ミーミクリー。「名も無き模倣者」だろ?隠し芸大会で重宝しそうな能力で羨ましい限りだ」

「おや、ご存じでしたか。意外と知名度が低くて泣いていた時期もあるんですよ?」


 余裕ぶった表情を取り、会話するが、イダさんやフェリアさんからは「上位に該当するディアブロには手を出さず、逃げる事」と言われていた。

 

 しかし、気を失ったイダさんを見つめると、その表情は「逃げてほしい」というものでは無いようにおもう。現にイダさんは僕が空から降ってくる時に確実に気づいていた。

 それなのに「逃げて」とは言わなかった。であればイダさんは「ミコトなら勝てる」という思いがどこかにあったのだろう。


「改めまして自己紹介を。ディアブロ。ミーミクリーでございます。そしてそこで横たわっている、「ゴミ」を殺そうとしているものです。以後おみ――」

「しりおかないから、発言を取り消せ」


 右腕のアルトドルフを展開し、通常の鉄のボルトを放つ。

 ミーミクリーは左手に構えていた短剣でボルトを弾き落とし、笑みを濃くする。


「最後まで話は聞いてくださいよ、「ミコト」さん?……貴方の力は「人」が持って良い力量を大きく凌駕している。正直、貴方の相手は骨が折れそうだ。半身が捥がれた以上、十中八九死ぬのは私でしょう。――ですが」


 左手の短剣で後ろのイダさんを指す。


「そこに横たわっているのは、貴方と私が戦闘をしている間に確実に死にますよ?それをお望みというのであれば、お相手いたしますよ?「騎士」殿?」


 言っている事が真実である、とは限らない。

 だが、少しでも早くイダさんにしかるべき処置を施したいのは事実だ。


「そこで提案です。私を見逃してはくださいませんか?もちろん、これ以上貴方たちを襲わないと誓いましょう。どうですか?」

「――さっさと失せろ」

「英断、感謝いたします。それでは私はこれにて失礼します」


 左手に短剣を握ったまま、胸に添え、お辞儀をする「自分自身」を確認すると、瞬時に黒い霧へと変わり、森の中へ消える。

 気配ははっきりとしたもので、時折精霊の目を借りて、様子も見たが、一直線にティルノ・クルンの方角へ、南東へと進んでいった。

 ある程度離れたのを確認したところで、イダさんへと駆け寄り、抱き起す。


「イダさん!起きてください!」


 微かに瞼が動くが、開くまでは至らず、イダさんは優しく微笑んでくれる。


「ミコト、ごめんなさい……瞼が重いんです……。ハハ、やられちゃいました……、倒したんですか?」

「いえ、取り逃がしました。それよりも――」

「……いけません!……追って、くださいッ!アレはッ……ミコトの存在を知ってしまった!逃がしてしまったら……」

「今は、イダさんの事が最優先です。どうすれば良いですか?」


 そこでようやく目が開き、いつもの澄んだ青い瞳が弱々しく見えたのは気のせいじゃない気がする。力が入りきっていない右手で僕の頬を撫ぜてくれるが、体温も下がっているように思える。


「……魔封じの刃<スペルベイン>。コレが突き立てられた以上、抜けるのは刺した術者だけです……。だから――」


 目を閉じ、頭を僕の胸へとつけ、少しずつ力を抜いているのがわかる。

 

「……お別れです。ミコト」 


 小さくそう呟いた瞬間、イダの身体が重くなり、頬を触れてくれていた右手もだらりと垂れさがったきり、上がらなくなった。


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