起章:第二十一幕:熱と熱
起章:第二十一幕:熱と熱
ミルフィさんは最初は恥じていたようにも見えたが、皆から「かわいい」と言われたことがうれしかったのか、少しぎこちなくはあったが、灰色の尾を左右に揺らし嬉しいアピールをしていた。
そんなミルフィさんをキーナさんが嬉しそうに、背中を押し、僕の前まで誘導する。最初は少し嫌そうにしていたが、落ち着いたのか、見上げてくる橙色の瞳を見つめ返すと、
「な、何か言う事はないんですか?」
「可愛いですよ。きっとニナさんも同じ事を言うと思います」
ニナさんも喜んでくれると言った為だろう、先ほどよりもふり幅が大きく尾を振っている。解りやすい。
その様子を見て、ミルフィさんの後ろに立っていたキーナさんがニヤニヤと卑しい笑顔を浮かべていたが、気のせいだと信じたい。
「ミルフィさんも良かったら、「兎肉の牛乳煮」食べてみませんか?僕が作りました」
「よろしいんですか?」
「もちろんです。ニナさんに頼まれているお使いも、シェフがあの様子だと、すぐには出来ないでしょうし」
言いつつ、厨房にいるラスティルさんを指差す。
その表情は真剣そのもので、シチューの鍋に向かい合っていた。鼻に血の付いたティッシュさえ詰まってなければカッコイイと評価できる。
「それじゃあ、頂きます」
「お口に合えば、幸いです」
カウンター席によじ登るようにして、席に着くが当然足は床に届いておらず、宙ぶらりんになっていた。
その様子を見届けてから、厨房へ入り、鍋に近づくと、ラスティルさんの長い特徴的な耳が微かに動き、
「ミコトさん。これ、香草の類は入れないんですか?」
と、鍋を見つめつつ聞いてきた。
「すみません、初めて入った厨房なので、どこに何があるかわからなくて。最低限の素材で作らせて貰いました」
「この料理の名前は?」
料理の事になると、ココまで真剣になれるのに、ミルフィさんの前ではあそこまで乱れるのかと、思うと少し悲しくなった。
「「兎肉の牛乳煮」……でしょうか?本当は鶏肉を使うと良いんですけど……」
この世界での家畜は、「卵を産めなくなったら、即肉へ」という思考は無いらしく、あくまでも共存思考があり、牛や、鶏などはその生涯を寿命でまっとうする事がほとんどらしい。
つまり、肉類は森で取れるウサギ、いのしし、シカ、鳥、熊といった、およそ家畜になりえない動物からの供給が主となっていた。
「良かったら、一緒に作ってみますか?」
「良いんですか?!ありがとうございます!」
目を丸くし、驚いてから、すぐに腰を直角かとも思えるほど曲げ、お礼を言うラスティルさん。
なんか、ラスティルさんのプロ意識に火をつけてしまったような気がしないでもない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ミコト・オオシバとはどういう人物なのか。
最初はただ「厚かましい人間」だと思っていた。
人間は嫌いだし、ニナ様に近づく輩も嫌い。ニナ様が好意を抱いている相手はもっと嫌い。
厨房の中で、悪魔に料理の手ほどきをしていた人間は、その三つを完璧に揃えていた。
それで最初は冷たく当たったのにも関わらず、当の本人はなんとも思っていなかった。それどころか私を攻めようともせず、あまつさえ、私が「守って欲しい」とお願いしたときも二つ返事で了承してくれた。
変な人――。
それが私の答えだった。
「兎のしっぽ亭」で結局、悪魔に襲われはしたものの、助けようとはしてくれたし、私自身半ばあきらめていたというのもあってか、そこまでは怒っていなかった。
そして、キーナさんと一緒にシャワーを浴びている時に、聞かされたミコトさんの話はまさしく夢物語に出てくる「騎士」のそれだった。
己の傷を口には出さず、いつでも投げ出せば自分だけは安全に逃げ切れるという状況にありながらも、重しを背負い続け、最後には相手を葬りさる。
キーナさんの救出劇は、今ではアスール村全員が耳にした事があるであろう事件で、私も「精霊騎士」の噂は耳にしていた。
それでも、「どうせ多額の金品を要求したのだろう」と自分に言い聞かせ、そんな上手い話は、しかも人間が関わっている以上、絶対にありえないと思っていた。
しかし真実は私を大きく揺さぶった。騎士は見返りを求める所か、キーナさんを無事送り届けると、みなの前から忽然と姿を消したという。
多額の金品を要求したわけでも、地位や名誉が約束されたわけでもない。ただその場に居合わせただけで、自らの命を賭してまで助けてくれたという。
卑しい私たちを「人」として接してくれる、優しい騎士。
それが今、噂の張本人がこうして目の前で優しく微笑んでくれている。その表情を見つめるだけで、身体の中がぽっと熱を持つ。
まるで陽だまりの様な人だった。近くに居るだけで、不思議と癒され、ニナ様以外に触れられたくも無い頭を撫ぜて欲しいとさえ思えていた。
「可愛いですよ」とほめてくれた時も、確かに私は「嬉しい」と感じていた。この人にまたほめてもらえるのなら、こういった服を買うのも良いかもしれない、とさえ思えていた。
村一番の頑固者で、気難しいことで有名なガルムさんが嬉々として勧めるお酒を、苦笑しながら辞退したり、村で彼ほど信頼を集めている人間は居ないといえるような、ビルクァスさんもどこかミコトさんに尊敬の念を抱いている。
人間嫌い、臆病な性格で知られるフィリッツさんも彼には恋人を救ってもらったからというのもあるだろうが、嬉しそうに彼と話していた。助けられた当のキーナさんは「フィルが居なかったら確実に惚れてた」と言っていたのを思い出した。
そんな彼を目で追い始めるのは無理からぬ事なんだ、と自分に言い聞かせ、気付いたときには彼の茶色の瞳が合う度に胸が高鳴るのを感じた。
だからかもしれない。――ミコトさんの異変に、笑顔が一瞬凍りつき、真剣な表情に切り替わったのに気付けたのは。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「兎のしっぽ亭」で面々と話したり、呑んだりしていると、精霊が店内に飛び込んできたと同時に、僕の周囲を廻り始めた。
気になり、耳で精霊の声を聞こうとすると、
『助けて!戻って!主様を助けて!』
と子供ような悲痛な声で助けを求めていた。僕が声を聞いたからだろうか、周囲をまわるのをやめて店から飛び出していく。
そして、入口でこちらを振り返るように、留まり、まるで「付いて来い」と言っているようだった。
どうするか思案していると、ミルフィさんに見つめられている事に気付き、慌てて微笑み返す。
「すみません。少し用事を思い出しましたので、少し街を歩いてきます」
返事を待たずして、入口の戸に手を掛けると、ビルクァスさんに慌てて呼び止められる。
「ミコトくん、何かあったのかい?」
僕の表情からなんらかの事件性でも感じ取ったのだろうか。
「そんなところです。……ビルクァスさん、アスール村の各門の強化をお願いします。少し、胸騒ぎがします……」
返事を待たずして、「兎のしっぽ亭」を飛び出すと、精霊も動き始め、徐々に高度を取り家々の屋根の上まで行くと水平移動を始める。それにあわせ、足に魔力をため、家々の屋根伝いに精霊を追いかける。
最初はどこに向かっているのか検討も付かなかったが、やがて精霊の行き先が南門を示していた事。城壁を飛び越えてもなお、南へと進路を取る精霊は、まるで「君にとっての主は誰かわかるよね?」と言いたげだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
フェイルハウンド4匹、ヴィリズワスプ4匹、メイジガズラス2匹。
フェイルハウンドは下級の中位に位置するディアブロ。ミコトが相手にした、バンディットウルフほどでは無いが、野犬程度の大きさで、これといった特徴のあるディアブロではないが、同種族の団体行動を好む。
ヴィリズワスプは中級の下位に位置するディアブロ。大きな黒い蜂の様な姿をしている。黄色から赤い瞳を有し、その針から分泌される毒の濃度により、黄色から赤へと瞳の色が変化する。
メイジガズラスも中級の下位に位置するディアブロ。ガズラスと言われる子鬼族の事象改変魔法が使える種類。簡単な言葉ではあるが、話せる者達も居る。自分達より下位のディアブロを集め、集団をつくる事がある。
ため息しか出ない。
ミコトを村へ見送ってから、森に薬草に使える素材を集めに来たのに、めんどくさいのに絡まれた。
「オイ、小娘!数か月前、ココいらで巨大な精霊魔法を使った者を知らぬか?」
「あ!……フィクスィの花が種つけてる」
「……、小娘!聞いているのか!?」
「そこ、五月蠅いです。採取の邪魔なので、どこか行ってください」
手を伸ばし、花弁の中にある種を一粒採取して、小瓶に入れポーチにしまう。
フィクスィの花の五つの花弁を持つ、青白い小さい花。種は煎じて飲めば、酷い魔力酔いに効く。
また、有名な絵物語に存在する。亡国にならんとしている国の姫が戦場に出かけた恋人の騎士を想い、「無事に帰ってきてほしい」という願いを込め、種を小瓶に入れ騎士の懐に忍ばせていた。
騎士は無事に帰還し、姫が懐を確認すると、小瓶の中で花が咲き誇っていたため、「願いの適う種」として女性陣に人気な品。
ふと、自分の騎士に想いを馳せる。
このグレインガルツに来て、まだ半年というのに言葉だけでなく、知識や、魔法、戦闘技術など。様々な物を喜々として吸収していった。
私の仕事を手伝うために、素材の知識を学ぶ時などは本当に嬉しそうで、その様子を見ていると、「彼は前の世界でどんな生活をしていたんだろうか」と漠然な興味がわいた。きっと、「優秀」という言葉が似合う少年だったのだろう。そう思うと自然と頬が緩む。
グレインガルツの人間の寿命は七十~八十行けばいい方で、その寿命はエルフから言わせれば短すぎて、神族から言わせれば一瞬。
私たちエルフは平気で四、五百年生きるけど、よほど鮮明な記憶をしない限り、二百年も経つと古い記憶から欠けていき、徐々に性格が変化する。
だからエルフにとって「家族」という存在は自らの変化を見届けてくれる存在であり、何よりも大切な物だ。
それに私たちは――。
眼前に咲いていた青白い花が突如、赤い花、炎に包まれ一瞬で灰燼に帰す。
「そんな花ナド、どうでも良い!我らの質問に答えヨ!」
ゆっくりと立ち上がり、ディアブロ共に振り返り、優しく微笑む。
私が花に集中していた間に、完全に布陣を終えたのだろう、囲まれていた。
「少なくとも、貴方たちより意味のある命ですよ?」
私の言葉が気に障ったのか、メイジカズラスの一匹が鋭く舌打ちをすると、左右から二匹のフェイルハウンドが飛びかかってくる。
牙がもう少しで私のローブへと届かんとした時、床にトマトが落ちた時のような何かがつぶれる音と共に、フェイルハウンドの頭が「無くなる」。
私の両肩には返り血が滴る直径五十センメルテ(センチメートル)の真球状の魔力弾<タスク>が浮いている。
「なッ!?」
「ほら、貴方の命なんてこの程度で無くなるんですから……」
頭を無くし、地面に落ちた「ソレ」を目だけで見つめると、まだ微かに手足が痙攣し、やがて終える。
そのディアブロの最後を確認してから、先ほどからわめいているメイジガズラスをにらみつける。
「貴方たちを生かしていても、生き物を「救う」事など出来ない。でもさっき貴方が焼いた花はその短い生涯で何人もの命を救えます。その違いを知りなさい」
「ヤ、ヤってしまえ!」
「愚かしい、これほどの力量を見せられて、まだ襲いますか」
飛びかかってくる残り二匹となったフェイルハウンドの頭を先ほど同様に魔力弾<タスク>で叩き潰し、灰へと変える。返り血を浴びたくなくて、その場から飛び下がると、ヴィリズワスプが飛来する。
その最もたる攻撃は、腹部に有する毒針であり、刺されると耐性の無い者は死に至り、ある程度耐性のある者は死には至らないが血清を打たない限り死と同様の痛みが生じ、体内魔力が上手く操作できなくなる。
大顎も強力で脅威はあるが、それは「それは身動きが出来れば」の話だ――。
「<……風よ、刃と化して食いて走れ>」
着地と同時に、風属性の魔法で刃を生成し、ヴィリズワスプへと走らせ、「羽」だけを正確に斬り飛ばす。
ヴィリズワスプの毒は貴重ですからね。今日は植物採取が主のつもりでしたが、とんだお土産ができました。
などと、考えつつ残り三匹のヴィリズワスプも羽だけ斬り飛ばし、地面に落とし身動きできないようにする。
「さて、後は貴方たちだけですが?」
「役立たずどもめ!」
そういうと、杖を振りかざし、地に落ちていたヴィリズワスプに火を放ちギチギチと嫌な音をたてながら、灰に帰す。
「仲間を焼くだなんて、穏やかじゃないですね」
「貴様、一体何者ダ……」
「見ての通りの美少女ですが?」
問われつつ、視線が泳ぎ表情に焦りが読み取れる。
「逃がすと思っているんですか?」
私の言葉にハッと顔を上げる二匹のガズラスの一匹をさっきの魔力弾<タスク>で文字通り、「叩き潰す」。
もちろん、饒舌に喋り続けていた方は残して、恐怖を植え付けるために、念入りに、何度も叩き潰す。
見えない球体にさっきまで隣で息をしていた仲間が何度も潰され、時折聞こえる何かが折れた音や、破裂した音が響くたびに、顔が青ざめていく。
その顔はやがて、私を捉え微かに左右に振るわれていた。
「じゃあ、少しお話ししましょうか?まぁ何も無い所ですが、かけてください」
「ナ、ナニを――!?」
「良いから跪け。いくつか聞きたい事がある」
「威圧」をかけ、完全に屈したのか肩膝を立てその場に拝跪する子鬼は、その鬼たる象徴の牙を何度も打ち付けカチカチと音を奏でていた。
その様子を立ちつつ、見下すように見つめる。
「まず最初に、誰の命令でココに来たのですか?」
「よ、四魔将の一人、イアネス様……です」
怯えた表情のままではったが、嘘をついているようには見えなかった。
「なぜ今になって、精霊魔法を使える者を探しているのですか?」
「わ、わからない……。ナニも聞いていない……」
微かに頭が動き、隣のペースト状になった仲間を見つめたのを確認したため、魔力弾<タスク>を持ち上げ、再度ペースト状の元・仲間に打ち付け、跳ねた肉片が子鬼の頬に付き、顔がより一層青ざめる。
「イ、イリンナの!イリンナの銀旋の長が、その者を探し始めたカラダ!見つかる前に排除しろと、命を受けていタ!」
「そうですか……。わかりました」
まずい事になっている。避けたかった事が、確実に近づいている。こうもイラつかせられるのは久々だ。
「では、貴方の処遇ですが……。正直に話してくれたようなので――」
子鬼は肉片の付着した悍ましい顔を持ち上げ、光明がさしたとも取れる表情をとる。
「せめて、痛み無く、送って差し上げます」
表情が変わる前に、首と胴体を切り離すために、風の刃を走らせる。ゴトリと、重い物が地面に落ち、微かに口が動いたのを確認すると、やがて瞳孔が開く。
あたり一面を血の海に変え、思考をまとめていると、一陣の風が舞い、ミコトが駆け寄ってくるのが見えた。
その表情はどこか安堵したものがあるように見え、そのまま速度を落とさず私の目の前まで移動すると。
力強く抱き寄せられた。
「なななななななななンッ!?」
「イダ……良かった、無事で……」
ミコトの腕の中は安堵する。そ、それ以上に恥ずかしい……。
こ、これはどう返すべきなのでしょうか?
この前みたいに背中に手を回せばいいのでしょうか……?
そ、それとも、目を閉じて軽く口を紡ぎ、上を見上げるべきでしょうか!?
ああでもない、こうでもないとまとまらない思考を走らせていて、気づくのが遅れた。
ミコトの口が、頬まで裂け、卑しく笑っていたことに。
次の瞬間、私は回避できず、右の脇腹に強い熱、痛みを感じた。




