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起章:第二十幕:ショ・ウガクゥ・シェイワ

起章:第二十幕:ショ・ウガクゥ・シェイワ


 時間にして、五分くらいだろうか?ラスティルさんはミルフィさんを堪能しつくしたのか、


「ふぅ……」


 と袖で額をぬぐいながら立ち上がり、何故か顔がてかっていた。

 当の被害者ミルフィさんはピシっとしていた執事服は乱れ、土に汚れ、涙目となり、既に事後感が漂っていた。

 そして心なしか光を失った瞳は当然僕を捉え、ポロポロと涙を流しながら、睨んでくる。その目は当然「なんで助けてくれなかったんですか……」と言っていた。


 だ、だって怖かったです。兎が狼を襲うとか、窮鼠猫を噛むレベルじゃないですよ。


 そして、振り返ったところに僕が立っていたことに気づき、数度瞬きをするラスティルさん。そして、


「あ、ミコトさんお久しぶりです。お元気そうでなによりです」


 最早ついでと化していた。つちのことの再開よりも、ミルフィさんの方が遥か上位の位置するらしい。ミルフィさんとは別の意味で泣きたくなってきた。


「お、お久しぶりです……、それでその……これは一体どういう状況なのですか……?」

「いやー、ミルフィちゃん可愛いよねぇ。ホント、可愛いよ。ホント……グヘヘ」


 今、この痴女兎「グヘヘ」って言った。そんな風に笑う人初めて見た。気のせいでなければ、口の端からよだれの様な物も垂れている。

 若干トリップしてる痴女兎さんは放置して、説明を求めるため、店内にいた兄兎、フィリッツさんを見つめると、苦笑しながら、


「ティルはその……、「小さい」「女の子」「可愛い」「ドゥーギー種」に弱いんですよ……」


 否!断じて否!これは弱いのではなく、ただの犬耳幼女キラーではないか!?

 当のレイプ魔を見ると、満足しきったようで、満面の笑みで店内に戻っていく。そして、振り返りヨロヨロと立ち上がるミルフィさんを見つめ口を開く。


「まったく、"ショ・ウガクゥ・シェイワ"最高ですね……」


 空耳だと信じたい。例え文字通りの意味だったとしても、それはきっと「吸収力の高さや健気に頑張る姿に感銘を受けたこと」による発言だと信じたい。

 というか最近、アリュテミランの涙の効果が完全に薄れ、時々こうして学んでいないワードが出ると、その部分だけ理解できなくなってきていた。

 

「悲鳴が聞こえましたけど、何かありましたか?」


 と、そこに店内から聞きなれた女性の声が聞こえる。

 調理場に居たのだろう、音を拾いきれず、今顔を出したばかりのキーナさんだった。元気そうで良かった。

 

「って、え?!」


 そこで僕を視界に捉えたためか、目を丸くして驚き、若干潤ませ口元を両手で隠していた。

 そして、店内から入口に向け、駆け出してくる。そうそう、こういう再開を望んでいたんですよ。僕は。

 両手を少し広げて、キーナさんを抱き留められ体制をとる。


「お久しぶりです、キーナs「ミルフィさん!なんでこんなドロだらけなんですか!」


 あ、そっち。そっちの方が心配なんですね。あ、いえ、大丈夫です。この両手は、キーナさんを抱き留めるための物じゃないんです。


 完全に横を通り過ぎて、後ろで生まれたての小鹿のように足をプルプルと震えさせて、なんとか立ち上がっているミルフィさんを支え、店内へと歩きだし、そこで僕と目が合う。


「あ。ミコトさん。お元気そうで良かったです」


 と、一言だけ伝え、何事も無かったかのようにミルフィさんを支えたまま、バックヤードへと入っていくキーナさん。

 そして、しばらくしてから、やや大きめの声で、


『フィルー。シャワー借りるねー』


 というバックヤードから聞こえるキーナさんの発言に、カウンター席に腰かけていた痴女兎が真顔で立ち上がり、さも当然と言わんオーラを纏い無言でバックヤードへと入っていく。

 その様子を僕だけでなく、フィリッツさんもビルクァスさんも真顔で見送り、沈黙をやぶったのは、


「お!小僧じゃねーか!ビルクァスの野郎から聞いてたが無事だったんだな!良かった良かった!ガハハハハハハ」


 そう大声で笑いながら、入口に立っていた僕の背中を二度三度叩き、親方ドワーフが入店し、僕だけじゃなく二人の様子を見て、


「ん?なんだ?お前ら。何かあったのか?」


 と、一人状況がわかっていない親方が首を傾げていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 かぶを包丁を使って八等分にした後、人参の皮をむき五ミリくらいの厚さにいちょう切り。じゃがいもは一口大に。玉ねぎは少し大きめに。

 鶏もも肉の代わりに、兎の肉(共食いとかの観念は無いのか問うと、「何でですか?」と逆にフィリッツさんに聞き返された)を少し小さめではあるが、一口大に切る。

 鍋を火にかけ、熱した所に植物油を入れ塩と胡椒で軽くした味を付けた兎肉を炒める。兎肉の色がきつね色になってくると、かぶと人参、ジャガイモ、玉ねぎを投入して再度炒める。

 食材各々に熱が入ったのを確認すると、牛乳とバター、小麦粉適量を投入。

 食材が柔らかくなったかを確認し、味を見つつあとは塩・胡椒で微調整して完成。


 なんで料理をしているか、というとガルムさんの「いつもの」を食べたのが発端だった。

 ガルムさんが好んで食べていたのは「兎肉の赤ワイン煮」(どうみても牛肉の代わりに兎肉を用いたビーフシチュー)という料理で、確かに美味しいとは思ったのだが、兎肉を初めて食べた感想としては「鶏肉に似てる」という物だった。

 しかも、看板メニューなのに、ワインの値段が高くどうしても値段が高くなってしまうとかで、常連の中ではガルムさんしか注文しないとのこと。

 

 そこで僕が兎肉を用いた煮込み料理として、「兎肉の牛乳煮」(兎肉のクリームシチュー)を提案。

 ワインに比べ、乳製品はかなり低価格で入手できるため、原価を抑えられると考えた結果だ。

 料理番であるラスティルさんが覗きに行っている以上、鍋を振るう人間が居ないとの事で、立候補して厨房に立っていた。

 とりあえず、僕を含めた七人分を作るつもりだったが、少し多めに準備し、皿に入れ店内で待っていた、ビルクァスさん、フィリッツさん、ガルムさんと四人で先に食べる。


「うめえ!」

「これは……、美味いな」

「ッ!ミコトさん、うちの料理番になりませんか!?」


 カウンター内から、席に腰かけた三人の反応を見届ける。 

 料理はあくまでも僕が育った施設で、一人暮らしをしても良いようにという考えの元学んできた技術の一つだったが、こうも褒められると少しうれしい。

 

「料理番云々はともかく、褒められるとやっぱり嬉しいですね。おかわり、まだありますから」

「おい、坊主!大盛で肉多めでおかわりだ!」

「はいはい」


 ガルムさんから器を受け取り、厨房に入りシチューを器にいれ、カウンターに戻りガルムさんに皿を差し出すと、キーナさんとラスティルさんが帰ってきていた。


「美味しそうな匂いですね。フィルの新作料理ですか?」


 やっぱり湯上りの女性というのは最高だと思います。微かに頬を紅く染め、うなじのラインを、水滴がすーっと流れたりとか。キーナさん、まじで眼福です。

 髪を乾かしてはいても、ドライヤーの無いこの世界、ほんの微かに湿っているのが、新しい給仕服に着替えたのだろう。清潔さが伝わってくる。

 話しかけられたフィリッツさんは、シチューにがっついていたが、匙を持ったまま振り返り、


「ミコトさんの料理だよ!最高なんだ!キーナからもうちの料理番になるよう説得してくれ!」


 いや、無理です。通勤だけで片道二時間近くかかるんですよ?


「へぇ。楽しみですね」(めっちゃ鼻声)


 何か、鼻に柔らかいティッシュみたいなのを突っ込んで登場した、顔がさっきの倍てかってるラスティルさんは真顔で厨房に入ってくる。

 どう突っ込んだらいいのか言葉がみつからない。


「あれ、ミルフィさんは?」


 そこでやっと、入浴をするための最もな理由を思い出し、尋ねる。

 

「いや、それが……、一緒にお風呂入ってた間にさっきまで着てた服が無くなって……」


 苦笑しながら説明するキーナさん。その説明を受け、僕の目は犯人としか思えない人を捉えるが、シチューの鍋の前で味見したり、何かメモを取ったりしていた。

 その表情はさっきまでの真面目な表情とは違い、一人の料理人として新しい知識をものにしようとさえしているように見えた。鼻に血の付いたティッシュが詰まってなければ。


「それで、まぁ……。ティルちゃんが持ってた服を着せたんだけど……、サイズが全く違和感無い点とか、ティルちゃん着れないサイズなのに種類が豊富すぎる所とか……、未来の義姉として少し将来が心配になりました……」


 苦笑しながら説明するが、僕もそんな事実知りたくなかったです、キーナさん。


「ま、まぁ、ミルフィさんがうちに来た時の恒例行事みたいな物でして……。ニナ様もどこか楽しんでいる節があって……、時々ティルにミルフィさん用のドレスを送ったりしてるんですよ……」


 そう説明してくれるフィリッツさん。


「あの人は黒幕なんですね……。それで、ミルフィさんは服を着たけど、店に出たくない、と言っているという事で?」

「えぇ、まぁ……」

「そういえば自警団の間で、この店から飛び出してニナ様の邸宅に走って逃げるドレスを纏った少女がいるとかいないとか噂になっていたな……」

 

 あ、ミルフィさんもUMA的な何かだったんですね……。


「そういえば、うちの弟子共が、「時々隣の料理屋から女の子の悲鳴が聞こえる」とか言ってたな……」


 ガルムさん、虐待と思わしき現場や状況に遭遇したら、即通報すると良いですよ?この場合はビルクァスさんでしょうか……?

 各々思うところがあるのだろう、未だ出てこないミルフィさんを思い、バックヤードへの扉を見つめていると、少しずつゆっくりと開いて行き、見覚えのある灰色の髪と橙色の瞳、ピンと立った三角耳が姿を現す。


「……ミ、ミルフィさん……?」


 表情は半分以上隠れていたため、わからないが、顔色は変わらず青く、橙色の瞳もどこか光を失っており、どこか疲れているようにも見えた……。


「……ラスティルさんは……、居ます……か?」

「大丈夫ですよ、ミルフィさん。ティルは今、ミコトさんの料理に夢中ですから。今……「だけは」大丈夫です……」


 そう説明するフィリッツさん。

 その説明を受け、小さく息を吐くとゆっくりと姿を現すミルフィさん。

 

 その姿は今までの執事服のようなピシっとした正装などではなく、一言で言うなら「フリフリのヒラヒラ」。あまり詳しくは無いが、黒のゴシックドレスという物なのだろうか。

 スカート前面は太ももの半ばまでの長けしかないが、側面、背面側はくるぶし付近まであり、靴下はニーソの黄金比。恥ずかしいのだろう、頬を紅く染め、目は潤み、横を向いていた。

 

 これは言わざるを得ないだろう。ラスティルさん。あんた、とんでもない者を生み出しましたね……。 最 高 で す 。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 雪原都市アプリール。中央に聳え立つ決して溶ける事の無い氷によって支えられる城、アリアーゼ城に保管されている白宝<アリア>の魔力の影響を受け続け、止む事のない雪が降り続ける街。

 その城から六角形に広がる広大な街は、まるで地上に咲く雪の花を思わせる。


 その城内、玉座の前に拝跪している古ぼけたローブを纏う銀髪の少年、アルフィーナが居る。

 ひざまずき、床を見つめてはいるが、表情は穏やかではない。


「それが、なんだと言うのだ、銀騎士アルフィーナ殿!そんな物、我らは見ておらん。中央から見えて、我らに見えないのだ。そんな物ありはせん!」


 そのアルフィーナに対し、玉座に腰かけ声を荒げる初老の男性が一人。雪原都市アプリールの長、クィンス・リーベリア、その人。

 

「そんな事よりも、我らの領地をわが物顔で飛び回る、あの飛龍となんとかせぬか!あっちのほうが大事であろうが!アレをなんとかせぬか!」


 玉座の横に添えられていた、卓から銀杯を持ち上げ、アルフィーナに向け投げ、中身である葡萄酒が当たりに散らばり、アルフィーナのローブにもかかる。


「クィンス様。我ら、銀旋騎士団の本業は「魔族狩り」です。竜種は「神族の眷属」であり、我らの討伐対象ではありません。その事は――」

「そんなことはわかっている!我を誰だと思っておるのだ!」


 玉座に座っていたクィンスは立ち上がり、表情をあらわにして、拝跪しているアルフィーナへ怒声を浴びせる。


「で、あれば、王家に仕える我ら銀旋騎士団に「竜を狩れ」と言うのは、「王に剣を向けろ」という意味である事も理解しておいででしょうか?」

「だが、アレの領地の荒らし用は目に余る!まだ人の手でも狩れる魔族の方がましだ!」


 「魔族の方がまし」という言葉に、アルフィーナの表情が消え、瞳からも光が失せ、ゆっくりと立ち上がり、ローブフードをずらし、顔をあらわにする。


「クィンス様。私は王令を受けています。それは「ある魔族の討伐」です。昨今、イリンナだけでなくブリフォーゲル各地で魔族による事件が多発しています。それらの情報を集め、王が下した命令です。私は銀旋の長として、命を受け各地で命令を共にこなしてくれる仲間を探していました」


 アルフィーナは言いながら出口へと歩きだし、扉へと手をかけ、肩越しに未だ怒りが収まらぬクィンスを見つめる。


「雪原都市アプリールの雪狼騎士団の力も借りたかったですが、最早不要。あれほどの「大事」を「小事」と言い放つ貴殿の部下だ、何の役にもたちはしない事を貴方自身が私に教えてくれた」


 扉を開き、閉じ行く間も肩越しに城の主を睨み、アルフィーナは続ける。


「それと、貴殿がたった今言った、「魔族の方がまし」……。その言葉、努々後悔されない事を祈っておきます」


 一人玉座の間に残された、クィンスは一筋の汗を流し、ため息と同時に玉座に座りなおす。年端もいかぬ少年に、何も言い返す事も出来ず、ただあの光の無い瞳を見てから、「恐怖」しか感じる事が出来なかった己自身に驚いていた。

ブクマ、コメント、評価、全て励みになります(∩´∀`)∩

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