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起章:第十九幕:連邦ではないが、白い悪魔

起章:第十九幕:連邦ではないが、白い悪魔


 ブォンブォンと音が聞こえるほど、特徴的な太い尻尾を左右に振っているドゥーギー(犬人間)のミルフィ?さんは、目まで輝かせて主であるニナさんを見つめていた。


「ミルフィ。お願いしますね?」

「はい、今お連れします!」


 言うなり、踵を返し階段を昇って行くニナさん。

 その後姿が徐々に消えていくと同時に振り子の尻尾も徐々に落ち着きを取り戻し、完全に姿が見えなくなると、尻尾も微動だにしなくなっていた。

 そして僕に向き直り、まるでゴミでも見るかのような目で、ペッと玄関先に唾を吐き捨てる。


「お帰りになりませんか?ドングリでも拾い食いした事にして、腹痛でも起こしたって事で」


 帰りてー。超帰りてー。でも、容体を聞いて帰ってほしいって言われてるし……。


「少しでも、話が出来ればと思いますが、ダメですか?」

「ダメですね。全くもってダメです」

「そうですか、残念ですが仕方ありません。これにて失礼します」


 言っておいて説得できるとは思っていなかったのだろう、僕があっさり引き下がるとミルフィさんは驚いたように目を丸くしていた。

 一礼してから、扉を閉め来た道を引き返――、

 

 しは、せず。玄関の左にずれ、十数メートル歩くと二階を見上げる。そこには窓ガラスが開け放たれている部屋があり、カーテンレースが風になびいて舞っていた。


 念のため部屋の中の精霊に視点を移し、確認すると、先ほどまで階段に立っていたニナさんが椅子に座り何やら書物を読んでいた。


 部屋へ入るのに、窓から侵入ってのはいささか気が引けたが、そう指示をしてきたのは他ならない「ニナさん」だった。


 というのも、ミルフィさんが唾を吐いたとき、彼女には見えていなかったのだろう、ミルフィさんと僕の間には精霊が形状変化した糸で空中に文字が生成され「窓から入ってきてください」と記されていた。


 足へと魔力を集め、軽く飛び上がると、簡単に窓へ足をかける事に成功する。

 まどに僕が着地した事による音の気づいてか、ニナさんはゆっくり振り返り、笑顔を見せる。


「ふふ、こんにちは。ドロボウさん。残念ながら、当家には値が張る物は一切ございませんよ?」

「そうですか?ニナ様の笑顔はそこらの宝石より価値がある物と思いましたが……。僕も目が曇ったかもしれません」


 一瞬目を丸くし、再び笑みを見せ、赤髪を特徴的な長い耳にかける動作をするニナさん。


「ふふ、お上手ですね。――、それに世界に愛されし目を持っている貴方様が、目が曇るなどありえない事です」

「で、あればニナ様の笑顔は盗む価値がありますね」


 そう言い、無駄に良い歯並びを見せつけ、白い歯をキラリと輝かせ、ニナさんへ微笑む。


 ふっ。完ッ璧。いつかこういうシチュエーションのために、何パターンか脳内に準備できていて良かった。噛まずにすっと言えた。


「今の言葉、音響魔法で録音しておきました。今度、イニェーダ様と会うのが楽しみです」


 音もなく、膝を床に着け、おでこも床にこすりつけて、懇願した。


「消してください。ちょっと調子乗ってみたかったんです、もうしません。ホント許してクダサイ。お願いします」


 もちろん、こんなパターンは準備していなかったが、何の違和感もなく、すっと言えた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「私も女である以上、容姿を褒められればうれしい物ですが……。そういった言葉はあの純粋無垢なイニェーダ様に使ってあげてください。……たぶん、真っ赤になって逃げだしますが……」


 テーブルを挟んで向かい側に腰かけるよう促され、腰かけると近くのティーポットから花茶を注いで差し出してくれてた。

 礼を言い受け取り、一口含むと、甘い味の中に少し薄荷の様な味がする。嫌いじゃない。 


「美味しい……」

「気に入ってもらえたようで何よりです。これ、ミルフィが作ってくれるんですよ。あの子、香の調合や、料理なんかも上手で、本当に助かります」

「「あの性格さえなければ」、の補足は……?」


 ニナさんは苦笑し、頷くと向かい側の席に着き頬杖をついて見つめてくる。


「……ミコト様?私を見て何か感じる事はありますか?」


 ある――。が、言っても良い物なのか疑問に思ってしまい、口を開き、何も言わず閉ざしてしまう。


「ミコト様が偽っていないというのに、私だけというのも礼に失します。ですから、お気づきであれば仰ってください」

「……、正確に捉えている訳ではないけど、顔の作りに違和感を感じます……大変申し上げにくいですが、もし違っていたら謝罪します。――幻術魔法をお使いでは?」


 そう伝えると、姿勢を正し、目をつむるニナさん。

 すると、数秒経ってから、両頬に深紅の太陽に似たウィスパが浮かび上がる。

 そして、しばらくして目を開き、僕の目を見つめ、何も言わずただ無言の時間が続いた。

 その表情はどこか真剣さが伝わってくるが、何を伝えたいのかが理解できず、ただ見つめ返す事しか出来なかった。

 そのまま数十秒の時間が経つと、ゆっくりと頭をテーブルに近づけ、一礼して話し出すニナさん。


「試すような真似をしてすみませんでした。話はリアから聞き及んでいますが、本当にミコト様の様な方が居るとは思ってもみませんでした……。と、言う事はリアが言っていましたが「異世界から来た」というのも事実なのですか?」


 何をどこまで話していいのか、理解に苦しんでいた、というのが本音ではあった。

 まず第一に、フェリアさんを「リア」と呼んでいる時点で、フェリアさんとは近しい存在である事はわかった。それでも「イニェーダ様」とイダの事を呼んでいる時点で知っているというのはわかるが、どういった間柄なのかがわからない。

 それゆえに、あまり口外すべきではない、と判断したが、表情に出ていたのかもしれない。


「コレを使えば、お互いの真実がわかりますか?」


 そう言い、テーブルの中央に「うそ発見器 メイド・イン・精霊」を作りだすニナさん。


「使い方はご存じですよね?リアから聞いています」


 短く頷くと、胸に手を当て微笑むニナさん。


「ニナ・ルナディアです。このアスール村の長をしています。今日は体調が良いのですが、普段はベットから起き上がれない日もあります。ご推察の通り、リアとイニェーダ様は昔なじみです。リアは昔、私の部下でした」


 うそ発見器は濃い青を示し、真実である事を伝えていた。

 

 ていうか、え?部下?このどこかのほほんとした大らかな美人エルフさんが、あの脳筋ゴリラの上司……?どうやって手綱を握ってたんだ……。


「い、今のミコト様の表情から、何を考えたのか大体わかります……。昔はあんなじゃなかったんですよ……?…………いや……、あまり……変わってないかも……」


 そう言い、肘をテーブルにつけ、指を組んだ手を額にあて、どこか思い悩むように俯くニナさん。精霊は悲しい事に青を示していた。


 話題を変えるべきだ、フェリアさんの残念具合は、イダさんにとっても致命傷になる黒歴史だし……。


「ミコト・オオシバです。アスール村へ訪れたのは二度目です。イダさんの家で一緒に生活していまして、約半年前にグレインガルツへ飛ばされました。一応、フェリアさんの騎士という事になっています……」


 伝え、精霊を見るが、赤を示していた。特に嘘を言ったつもりはないのに、何故赤に輝いているのかがわからなかった。


「ふふ。ミコト様、先ほど私の幻術を見破ったお力は最近身に着けられたのですか?」

「そ、そうです……。三か月前に、この村のキーナさんを助けた時に、いろいろ死線を彷徨いまして。それ以降なんとなくわかるようになって……」

「そういえば、その件に関してもお礼を申し上げていませんでした。私の村の民を救っていただき本当に感謝しています」


 礼をして、顔を上げるニナさんは己の左耳を指さし、微笑みつつ、


「その魔霊銀<ハイ・ミスリル>のピアスを送った相手、つまり仕える相手が違うんじゃないですか?」


 フェリアさんじゃないとなると、たった一人しか居ない訳だが、あの時確かにフェリアさんから受け取ったはずで……、まさか…………。


「僕は、イダの騎士なんですか……?」


 疑問形になったが、視線の先の精霊は濃い青をしめしていた。


「まさか本当に気づいていなかっただなんて。リアの言う通り少し鈍い所もあるんですね」


 い、いったい、どんな話を聞かされているんだ……。


「ど、どんな話を聞いているんですか……?」

「大したことは何も?例えば……」


 と、上を見上げ左手で右手の肘を差さえ、右手の人差し指を頬にあて思案する仕草をするニナさん。


「「嫌がるイニェーダ様を抱き寄せた」とか、「イニェーダ様が身ごもりそうになった」とか、「無理やりイニェーダ様の裸を見た」とか……?」


 え。何この前科のオンパレード。


「その表情を見ると、外れてはいない、けど当たってはいない。といった感じでしょうか?」

 

 そう言い微笑んだまま首を傾げるニナさん。


「ワ、ワタシは関与しておりません。身に覚えがございません。潔白です」

「フフ。精霊さんは正直ですねーほら、ミコト様?真っ赤ですよ?フフ」


 この人、ドSだ……。


「え、えと、昔なじみと聞いていたのですが、どのような関係なのかもう少し詳しく聞いてもいいですか?」


 早々に話題を変えるべきと判断し、質問を投げかける。


「んー。そうですねぇ……。リアは先ほど申し上げた通り、私の部下でした。イニェーダ様は、そんな私の仕えるべき主であり、雲の上の存在……でしょうか?」

「え、えらく抽象的ですね……」

「というか、薄々お気づきなのでは?イニェーダ様の身分が高位な物であること。そのイニェーダ様に仕えるリアが戦闘技術に特化している護衛である事」


 微かに頷く。イダさんの事は早々に高位な人、いわゆる貴族なのだろうと勝手に理解し、フェリアさんはその側近の様な人なんだろう、という考えは持っていた。


「こういうのは、まぁ……イニェーダ様からお聞きするべきなのでしょうが……。そうですね……、イニェーダ様を筆頭……にはしていませんでしたが、私たちはいわゆる一つの集まり。「国」だったんです。リアや私はその「国」の兵であり、命令通りに動く手足でした。この屋敷にいる数名はその時からの部下の者達です」

「それは、――」


 イダさんは姫か何かの立場なのですか?と聞き返そうとしたとき、部屋をノックされる音が響く。


『ニナ様。……お薬をお持ちしました。それとその……、申し訳ございません……。私の……、私の態度のせいで、お客様を怒らせてしまい、お帰りになられました……』


 ドアの向こうからそう消え入りそうな声で、話すミルフィさんが居た。それは正直に言って、意外な内容ではあった。

 

「(あの子、正直なんですよ?そこがとても気に入っているんですけど)」


 そう小声で、放してくれるニナさん。同じく小声で、


「(帰ったほうが良いですか?)」

「(いえ、このまま座っていてください)」


 言うなりニナさんは己の頬を軽く指でなぞると、両頬からウィスパが消え、立ち上がりドアの前まで移動する。


「そうですか。では、ミルフィには罰を与えねばなりませんね」

『……はい……』


 怒気をはらんでいる訳ではないのだろうが、どこか凛とした声だった。その声に返事をするミルフィさんは泣いているのでは、と思う程の声だった。

 ドアノブにゆっくり手をかけるニナさん。そして、勢いよく開け放つ。


 そこには音に驚いたのか、怒られるのを待っているのか、目を力強く閉じ、整った三角耳を折りたたみ頭にペタンとつけ、尾を足の間から折りたたみ、小さい身体をさらに小さく萎縮しているミルフィさんが立っていた。


「ほら!ほら見てください!ミコト様!ミルフィったら可愛いでしょう?!」


 そう興奮気味に、喜々として話す赤髪エルフをみて思う事など一つしかない。

 

 エルフには残念な人が多い。ていうか、「残念」じゃないエルフを見たことが無い。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ハァ……」


 56回目……。

 目の前にはミルフィさんが肩を落とし、哀愁漂うオーラを纏った姿で牛歩戦術の如く遅い速度で街道を歩いていた。

 時折聞こえるため息の数はすでに五十を越え、まるで断頭台に進む死刑囚にすら見える……。


「あ、あの……ミルフィさん。そんなに行きたくないのだったら、僕が行って来ましょうか……?」

「……いえ、ミコト様のお手を煩わせるわけには参りません……。これは私めの罰ですから……」


 数十分前に玄関で見た自信に満ち溢れた表情はどこえやら、弱々しく微笑む顔には影が差し、心なしか顔が青い。

 

「……ハァ………」


 57回目……。

 

 ミルフィさんがこうなる前の事を思い出す。


 ドアを開け放ち、ドアの前に立っていたミルフィさんの姿を見て、ニナさんはクネクネと身体をくねらせ、ミルフィさんは部屋の中に僕が居たことに気づくと、顔を真っ赤にして目に涙をため、明らかに怒っていた。

 そんな中、横にあった茶器などが乗った台車を押して部屋の中に入ってくると、キッと効果音が聞こえるかのような目で僕をにらんでから、ニナさんに向き直り、薬を渡す。

 受け取り、薬をミルフィさんが運んできた台車に乗っていた水で飲みこむと、微笑んでミルフィさんに短く告げた。


『「兎のしっぽ亭」の木苺の生地詰め焼きが食べたいです』


 その一言で、何故か青い顔になり、震え出すミルフィさん。額には冷や汗を浮かべて、口は微かに開き、頭を「嫌、嫌……」とでも言いたそうにほんの少しだけ左右に振っていた。

 なにが原因かはわからなかったが、屋敷を出てからも表情は暗く、この牛歩とため息から何が待っているのか理解できなかった。


 そうこう考えているうちに、過去一度だけ訪れた事のある「※人間種お断り」の但し書きが描かれた、兎のシルエットと、ビールジョッキが描かれている看板の目の前に立つ。

 右隣を見つめると、青い顔とかそんなレベルじゃなく、真っ青になり、目に涙までため、耳を折りたたみ、尻尾を足の間へとしまい、僕の服を左手でつかんでいる可愛い執事服の女の子が居た。というか、ミルフィさんだった。

 微かに震えているそのミルフィさんに、


「帰りますか……?」


 と声をかけると、


「ヒッ!?」


 と短い悲鳴を上げ、目に溜めていた涙が一筋の雫となり頬を伝い落ちるが、声をかけたのが僕だと解ると少し落ち着く。

 僕には普通の「兎のしっぽ亭」に見えるのだが、ひょっとしたら見る人が見たら魔王城にでも見えてるのかもしれない……。


「い、いえ……。い、行きます……ニナ様のお使いを果たさないと……」

「じゃ、じゃあ……、扉開けますよ……?」

「ま、待ってください!」


 握られていた服を力強く握り、引っ張られ少しつんのめる。


「ミ、ミコト様が噂通りの精霊騎士なのであれば、お、お願いがあります!な、何が起きても私を守ってください!」


 そう上目遣いで必死に懇願され、NOとは言えず、


「何が待ち受けているのかわかりませんが……」


 ミルフィさんの前でひざを折り目線を同じくして、地面に肩膝を立て、彼女を見つめる。


「誓います。ミルフィさんが無事、ニナさんのお使いが果たせるまで近くに居ます」


 すると飴をもらった子供の用にぱーっと笑顔になり、耳もピン立ちになる。

 

 そして、立ち上がり服を握っていた手が一層強くなったのを確認してから、ドアノブに手をかけ開ける。

 すると、一つの突風が巻き起こり、何が起きたのか理解できず、とりあえず店内に入ろうとするとそこには苦笑し、こっちを見つめる垂れ耳のフィリッツさん。ビルクァスさんは何故か右手で両目を覆い、顔をそらしていた。

 その光景が理解できず、さっきまで右に立ち、服を握っていた女の子を見つめると、そこには誰も居ない。服をつかんでいた手も無ければ、ピンと立った耳も無い。

 そして、後方から、


「……ト様ぁ、……たす…けぇ……、あっ!……や、やめっ……」

「ハァハァ……」


 なんか、「白い兎」が「灰色の狼」を襲っていた。

 もちろん、見た目には女性(白い兎)が女の子(灰色狼)に頬ずりしたり、胸をもんだり、尻尾をすいたり、耳を甘噛みしたりと、実にうらやま……、けしからん事態となっていた。

 最終的に地面にミルフィさんを押し倒し、上に覆いかぶさった所で、静止の声をかける。


 もう少し見たかった、とかは思っていません。えぇ。

 

「あ、あの……ラスティルさん、その、ミルフィさんを離してあげてくれませんか……?」


 返事は当然、鋭い眼光で「あ、無理だ」と察し、その場から目を反らすという答えしか見いだせず、しばらくミルフィさんの「あっ」とか、「ミコト様ぁ」とか、悩ましい声に耳をふさぎ素数を数え始めた。 

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