起章:第十八幕:UMA、再び村へ
起章:第十八幕:UMA、再び村へ
頬にフィーの葉(どう見ても紅葉。イダさんのビンタ)を作ったあの日から三か月が経過し、僕がグレインガルツへ来てから、半年が経過しようとしていた。
この円燐大陸ブリフォーゲルには四季という物が存在せず、各都市に安置されている宝玉の魔力を受け、その属性の恩恵を受けやすくなっている。
今僕たちが生活している、白の森は雪原都市アプリールに近く、比較的涼しい気候が一年中続く。四季を感じられる日本で生きていた以上、この気候がなんとも過ごしやすいと思う反面、四季折々の顔を見せる草木を眺める事も無い事を思うと、どこか寂しくもあった。
しかし、そんな代わり映えのしない時間でも、変わった事がいくつかあった。
まず最初に家族が一人減った。
――、「今は」という但し書きが付くが。
元々、フェリアさんはあまりイダさんの家に長居をしないそうで、基本は各都市、村々を回ってイダさんの患者となりうる存在の情報を聞いて回っているらしい。
雪原都市アプリールや、アスール村への買い出しで二、三日居なくなった事はあったが、かれこれ一か月も鬼教官を見ていない。
これはなんとも過ごしやすい環境になったものだ、と感涙したのだが、それもあっという間に間違いだった事に気づかされる。
フェリアさんの停止を促す発言がないと、イダさんはどこまでも突っ走ってしまうのだ。具体的にはどういう事か。
「ミコト。ご飯、食べさせてあげましょうか?」
とか。
「ミコト。一緒に寝ませんか?」
とか……。
「ミコト。その……良ければ湯浴みを一緒に……」
とか…………。
これらの誘惑を、鋼の精神で乗り切っている僕には何故かフェリアさんの存在が、神にさえ思え、同時に早く帰ってきてと願うようになっていた。
三か月前の森での一件以来、イダさんは人が変わったように甘えてくるようになっていた。その代わりぶりはフェリアさんも悩まされる程で、どうしても深海都市ティルノ・クルンに用事ができたとなった時、散々延期を求め、つい先月旅立った。
旅立つ前に、以前のフェリアさんとは違い、「正しい保健体育」を身に着けたフェリアさんは、
「イダを傷ものにしたら、切り落とす」
と、笑顔で耳打ちをしてからしぶしぶ新調した馬車に乗り込んだ。
苦笑しながら手を振り、馬車を見送る間、イダさんは満面の笑みでフェリアさんに手をブンブンと音がなるほど大きく振っていた。
正直、フェリアさんが僕を連れて旅に出るという選択肢を提示したとき、素直に応じておけば良かった……。
二つ目の大きな変化として……。
『疲れた?眠い?休む?』
目を閉じ、暗闇の世界に居ると、無邪気な子供が耳元で囁いたように感じる。
ゆっくり眼を開けると、いつもフェリアさんと組み手をしていた森の中の広場で、中央に切り株が一つあるだけで、人は居ない。
しかし、少し視線を動かすと、右肩の上に精霊が居り、じっと動かずこっちを「見ていた」。
その様子を見て、あの日の、キーナさんを助けた日の事を思い出した。
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ビルクァスさん同様に、バンディットウルフも精霊の形を変え、拘束する事に成功したが、もう限界だった……。
バンディットウルフを拘束するのに必死で攻めきる事が出来ず、腰を曲げ、膝に手をつき深く何度も呼吸をして必死に息を整えようとした。
そんな時だった――。
『我らを用いろ。彼の悪しきものを打ち滅ぼす力がある』
耳に音を拾った、というよりも頭に直接声が流れてきた。
『共に唱えろ。――デュウェス・フェル……』
「……デュウェス・フェル」
深く考えず、というよりももう思考回路も麻痺していたのか、ただ言われた通り口が動いたに等しい。
『我らは今、貴殿の後ろにて「槍」の形を成した。その右手で柄を握ってみろ』
言われ、膝から離した手を握ると、なにか見えない筒状の物を持っているかのように、少し握るとそれ以上握れなくなる。
途端に、完全に空となっていた魔力が右手から前進へと駆け巡り、一瞬にして補てんでき、強い魔力にあてられた時に発生する船酔いの様な状況に陥るが、すぐに収まる。
『今、貴殿が握ったのが精霊の槍<エピルフィア>だ。貴殿の新しい武器であり、主の元へ戻るための力だ』
精霊の槍<エピルフィア>という言葉には当然聞き覚えがなく、「主」と言われて真っ先に顔が浮かんだのはイダさんだった。
『唱えて放て、我らを。――アディ・レイア』
「アディッ・レイアッ!」
声と共に、夜空に浮かんだ三つ目の月とも見て取れる球体に右手の中にあった透明な筒を投げると、後方から暴風と共に槍が飛翔し、月へと刺ささり、無数の粒子になったと思った瞬間、爆音と夜明けが訪れたのかと思う程の光が発生した。
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何の声なのか、というのは言うまでもなく、精霊の声なのだろう。
意識していないと、聞こえないのだが、何か伝えたい事があるときなど、肩の上に留まったり、頭の周りのグルグル回ったりと、わかりやすいアピールをしてくれる。
精霊の槍<エピルフィア>を放って、帰る途中で意識を失い、気が付いたときには家に居たが、傷は癒え、イダさんをはじめフェリアさんにも何をしたのか問われ、全てを伝えた。
イダさんいわく、「精霊に干渉できる人間は、世界に愛されている証」と嬉しそうに話してくれたが、何故「異世界人の僕が」という疑問が生じたのは言うまでもない。
頭を振り、今は目の前の訓練に集中するべきと想い思考を切り替える。それをくみ取ってくれたのか右肩の精霊は遠くに離れ、森の中に木々の間に姿を隠す。
その様子を見送ってから、左肩に吊っているヴィルヘルムを外し、左手に握り構え、魔力によって弦をはり、針のように、細く短い魔力弾<タスク>を生成する。
一連の動作に慣れが生じた物の、実戦で、あるいは移動している時など、別の行動と一緒にできるのだろうか、と不安になるが、今は少しでもタイムラグを無くすために、反復練習を重ねるほかない。
そして眼前、五十メートル先の直径三センチくらい小石に狙いを定め、静かに目を閉じる。
閉じた視界には暗闇しか存在しないが、石があった場所、色、形、大きさを正確に覚え、弓に番えた魔力弾<タスク>を放つ。
まずは小石が設置している部分から、当てるため、イメージするのは小石の底面。すると、その意思に応じ、魔力弾<タスク>は地面へと潜り、浮かび上がると同時、小石の底面にぶつかり、小石が宙を舞う、「と思う」。
弦一本で放った分速度は大したこと無いし、地面に潜った時点である程度速度が落ちている。その事を考えると、跳ね上がった小石は十メートル三十二センチ「だろう」。
回転しながら真上にはねた小石を性格にイメージし、跳ね上げた魔力弾<タスク>を反転させ、今度は上空から真下へと打ち付ける。
魔力弾<タスク>が跳ね上げた小石を正確に捉えたのだろう、音を耳で拾い、地面にぶつかる前に今度は小石の右側面をイメージし、魔力弾<タスク>を移動させ、左へと打ち付ける。
左へとはじき飛ばされた小石を今度は左から打ち付け、右へ。今度は下から打ち上げ、上へ。上から打ち付け、下へ。右から打ち付け、左へ……。
数えて十回程、魔力弾<タスク>ではじくとイメージと誤差が生じたのだろう。下から打ち上げる際に、小石を弾いた音が聞こえず、地面に落下した音が聞こえ、眼を開く。
そこには案の定、地面に落ちた小石が転がっており、魔力弾<タスク>に当たった事で徐々に形を削がれ、直径一センチ近くまで小さくなっていた。
連続で当てる事をイメージしすぎて、対象の形状が変化している事まで考えを及ばせていなかった。
そこで控えめに手をたたく音が聞こえ、音源へと振り向くと、イダさんが籠を腕にかけ、手をたたきながら歩いて寄ってきた。
「お見事です、ミコト。まさかココまで早く魔力弾<タスク>を習得するとは思いませんでした。師として鼻が高いです」
「まだ、「先生」には適いませんよ」
「フフ、そうですねもし私に同じ魔法で勝ちたいのなら……」
そう言い、近寄りつつ右手をさっきまで狙い続けていた小石へと伸ばすイダさん。
すると小石は浮き上がりイダさんの手のひらの上で止まり、微かに震え続ける。
「では、ミコトに問題です。今私が出している魔力弾<タスク>は何個ですか?」
問われ、近くに居た精霊の視界を借り、イダさんの手のひらを見つめる。
「二五六本……ですか?」
イダさんの手のひらの上では、無数の髪の毛くらいの細さの魔力弾<タスク>が小石を囲むように回り続け、小石に当たっては跳ね返り、反対側からほぼ同時に別の魔力弾<タスク>がぶつかり移動を距離を無くし、ただひたすらにイダさんの手のひらの上で踊っていた。
「素晴らしいです。さすが目が良いですね」
小石は徐々に欠け、あっという間に欠片から粉へと至るが、その粉さえも、イダさんの手のひらには落ちず、宙を舞い続けている。
「まぁ、私に同じ魔法で勝ちたいのなら、あと二百年は生きて特訓してくださいね」
そう言い微笑むが、そこまで絶対長生きできませんし、おすし。
表情からくみ取ったのか、笑みを濃くし手をどけてから魔力弾<タスク>を消して、砂と化した小石が地面へと降り注ぐ。
「それよりも、お昼にしましょう?持ってきましたので、ココで食べましょう」
「ありがとうございます。ですが、あの……」
気になる事が、というか今日は確かフェリアさんの代わりにアスール村の村長さんに何か渡すよう言われていたはずなのだが、と朝言われた事を思い出す。
何を渡せばいいのか聞いていないし、あの一件以来、アスール村には行っていないため、姿だけでも出しておきたく少しでも早く行きたい、という思いがあった。
その表情をくみ取ってか、イダさんは真面目な顔になる。
「……ミコト、私を誰だと思っているんですか……?大丈夫です!ちゃんと持ってきてます!ほら!」
そう、イダさんは自分で言った事を忘れるような人じゃない。この冷たいカップに入った、甘く芳醇な香りのアイスクリームを、って――。
「ちゃんと持ってきてますよ!ほら!溶け出さないように、カゴごと凍結魔法をかけてきました!移動中に溶けては元も子もありませんからね。あ、大丈夫ですよ?ほかのメニューは温めなおしますので……って、ミコト?」
空を仰ぐと、真上に太陽があり、僕の頬を伝う涙をキラリと輝かせてくれた。そして、ある結論を導き出す。前々から薄々感じていた事。
こ の 人 、 ア イ ス ク リ ー ム が 絡 む と 残 念 に な る 人 だ、……と。
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この村の城壁を見つめるのは二度目だ。
記憶の中にある現実世界の「村」との違いに驚いたが、あんな事件があると、これくらいの城壁が必要になる理由がわかる。
「ココはアスール村だ。何か用か?」
「フェリア・ムーアの代わりに、ニナ・ルナディア氏に薬を届けに来ました。ミコト・オオシバと言います」
前回村に来たときは、門兵さんにボコボコにされた顔を見られたのを思い出し、今回どこぞのパンヒーローみたく新しい顔での入村?する気分となる。
「ミコト……、ミコト・オオシバ……どこかで聞いた事があるんだが……」
門兵さんは何かを思い出すような仕草をすると、何かを思い出したのか、目を見開き驚いた表情をする。
「も、もしかして、精霊騎士ミクォトですか?!」
せいれいきし?なんか知らない称号がついていたが、少なくとも「ミクォト」はたぶん僕の事だろう。よく発音を間違えられるし。
「そ、そのように呼ばれたことはないですが……。もし自警団の方なのであれば、ビルクァスさんを呼んでいただけますか?」
「しょ、少々お待ちください!」
腰に吊っていた短銃を取り出し、真上に掲げ引き金を引くと、何らかの意味を成すのだろう、青白い信号弾が打ちあがる。
しばらくそれを見つめていると、
「い、今、団長きますのでその……もしよろしければ……」
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「何事だ!非常時の照明弾などあげおって!伝令も走らせぬとは!何のための二人ひとくみ…………」
怒声と共に、門の隣にあった詰所に入ってきたのは、顔に火傷痕を残すビルクァスさんで、「兎のしっぽ亭」で見せた表情よりも明らかに怒気をはらんでいた。
そして、僕と目線が合うと、その瞳は微かに潤み、口を開け、固まってしまっていた。
「す、すみません、団長!その……噂では、光と共に消える騎士と聞いていたので……見張るにしても二人欲しくて、つい照明弾を使いました……」
そして、申し訳なさそうにこっちを見る門兵さん。
え、なにそのUMAみたいな評価!?ツチノコ扱いかなんかですか?!
「い、いや、悪かった。正しい判断だ……」
正しいの!?僕ツチノコなの!?
「お、お久しぶりです?ビルクァスさん……、そんな逃げたりしませんので……もっと普通にしていてほしかったのですが……」
「騎士殿……、あ、いやミコト君。元気そう良かった……」
「こちらこそ、勝手に居なくなってすみませんでした。少しでも早く戻りたかったもので……」
「いや、良い。後で知らされたのだが、フェリア殿の連れだったそうだな。腕がたつのも頷ける」
そこで、初めて門の見守りをしていた団員に目を向け、首を傾げるビルクァスさん。
「お前たちは何をしているんだ……?」
「あ、いや……。噂の「精霊騎士」に会えたので、武具にサインを書いてもらってました……」
あぁ、ビルクァスさん怒ってる。今度は確実に怒ってる。額に筋がういてピクピクしてる……。
「お前ら、さっさと仕事にもどらんかあああああああああああ!」
怒声と共に、団員さんズが詰所から飛び出していった。
「まったく……」
「はは、ビルクァスさんも苦労してるんですね」
「そう最初から思って頂けていれば、逃げないでいてくれましたかね?ミコト君?」
あ、この人、ボクにも怒ってるわ。
「それで、噂の「精霊騎士」殿が、当村へ何の御用ですか?」
そう嫌味を言いながら微笑むビルクァスさんはどことなく嬉しそうだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アスール村の中央広場、噴水を横目に大通りのそのまま北へ進むと、やがて庭付き二階建ての屋敷につく。村長と聞いていただけの事はある、というのが素直な感想。
他の民家は形が不揃いの石を積んで作られたような形なのに、この村長宅だけはきちっと一つ一つ整った石、というかレンガ造りになっていた。
「ココが、ニナ様の家だ。悪いが、我々も家の中までは案内できない。中に入れば執事が何名か居るから、その人達に用向きを伝えてくれ」
そう言い、庭へはいるための門をビルクァスさんが開けてくれる。
「それと、用が済んだのであれば「兎のしっぽ亭」で待っているから来てくれないか。フィリッツも、ラスティルも君を心配していたからな」
「わかりました。ちゃんと行きますので、また後程」
「あぁ」
笑顔で見送り門を閉めてくれる、ビルクァスさん。
しばらく動かず、辺りを見渡すが、玄関まで舗装された道が続き、所々花壇があり綺麗に手入れをされていたが、人が全くいなかった。
こういう場合、門を入れば誰かが玄関から迎えにくるというのを想像していたのだが、どうやら違うらしい。
待てども誰も訪れる気配がないので、玄関に歩いていく事にする。
しかし、一つ気になるのは、誰も居ないし、見える限りの窓からは誰も僕を見ていないのに、すごく視線を感じる……。
門を入るまでは一切感じなかったのに、門を入った瞬間コレだ。
警戒されているのはわかるが、これでは逆にコッチも警戒してしまって、歩速はいつもの倍以上に時間をかけた。
何が来ても良いように、足に魔力を集めつつ、歩を進め、玄関までたどり着く。
礼儀として、インターホンみたいなのを探すが、当然あるわけもなく、戸に備え付けられた金細工の竜?が輪を咥えている所を見ると、コレを鳴らせばいいのだろう。なんか前映画とかで見たことがある気がする。
「すみません。ニナ・ルナディア様に薬を持ってまいりました。どなたか居られますか?」
やがてドアの向こう側から靴音が響き、ゆっくりと開いていく扉の隙間から清潔な身なり、というかどう見ても執事服に身を包んだ灰色の髪に、同色の三角にピンと立つ犬耳を宿した少女が現れる。
「どちら様ですか?」
少し睨みを効かせた目でにらまれ、主に近づく危険因子を少しでも減らそうとしているのが見て取れる。
「フェリア・ムーアの代理で参りました。ミコト・オオシバといいます。ニナ・ルナディア様の薬を預かっています」
言いながら、腰に吊っていたポーチからイダさんから預かっている薬の入っている紙袋を取り出し見せる。
執事服を纏った犬耳少女は差し出した紙袋に鼻を近づけ、二度三度香を嗅いでいた。そして納得したのか、鼻を離すと同時に素早く紙袋を僕の手から奪う。
「確かに。ではお預かりしますので、どうぞお帰り下さい」
なにこれ、なんかフェリアさんに近しい物を感じるんですけど……。
「一応、容体を聞いて帰るよう言われているのですが……」
「……人間風情が、ニナ様を拝謁する事がどれほどの意味を成すのか理解しているのか?」
あ、これダメだ。完全に犬耳フェリアさんです。
「……。では、元気にしていた、と伝えておきますので、僕はコレで――」
言いつつ、足早に去ろうと決め、適当に締めくくる。
「ミルフィ。その者を、私の部屋に連れてきて下さい。私のお客様です」
ミルフィ、と呼ばれた犬耳執事は奥の階段の方へと向きを正し、主の登場に驚いていた。
「ニナ様ッ、お部屋でお過ごしくださいとあれほど言ったではないですか!」
微かに開いていた玄関の隙間から、奥の階段の踊り場に右手を手すりに添え、階段に差し込む天窓の光から、陽の光を浴びる黒いドレスを纏った赤髪のエルフの女性が立っていた。
ていうか、それ以上に気になってるんですけど、このミルフィ?さん。名前を呼ばれただけでヘブン状態ですか?めっちゃ尻尾はちきれんばかりに振ってるんですけど……。




