起章:第十七幕:日常への回帰
起章:第十七幕:日常への回帰
視界がぼやけ、集点が定まらない状態で目に飛び込んできたのは見知らぬ天井――。ではなく、グレインガルツに飛ばされ、気を失い目覚めて最初に見た景色と一緒だった。
朝のようで、窓から入る光は部屋は明るく照らし、耳には小鳥の囀りが聞こえる。
四肢の先にに力を入れると、左手の異変を感じる。
頭を少し起こし、左手の先を確認すると、そこには床に座り、僕が寝ていたベットに突っ伏したまま寝息を立て、両手で僕の左手を握っているイダさんが居た。
この様子を見て僕は、帰って来れた、と僕の日常に戻って来れた、と。安堵して、再び微睡の世界へと踵を返した。
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光城イリンナ。嘘か真か、王族の人間は神族の血が流れており、このグレインガルツに置いて、最も尊い存在である、とも噂されている。
円燐大陸ブリフォーゲルに置いて、唯一他国とは陸地が繋がっておらず、中央に位置する内海に存在する島。オルフェスカ島。その島の中央にして最も古い建造物として知られる、光り輝く城。そのいで立ちから、円燐大陸ブリフォーゲルに点在する各国の長が集まる会議が開かれる会場でもある。
オルフェスカ島は昔、天界の一部のだったと言われ、その証拠として最も有力視されているのは大地に無数に生え、中には人家よりも高く空へと伸びる巨大な水晶の結晶である。
その光景は異様と、捉える者も居れば、神々しいと捉え、「神族が住まう街」としての噂に拍車をかけている。
そして、イリンナには金華騎士団と、銀旋騎士団の二つの騎士団が存在し、金華は主にイリンナをはじめとする、オルフェスカ島に点在する村々の治安維持を担う。治安維持と言っても、「魔族」が関わる事案には出てこない。
銀旋騎士団は、「騎士団」という括りで呼ばれはしているが、その実態はただの「魔族狩り」の集まりだった。主にイリンナの王令に従い、オルフェスカ島だけでなく円燐大陸ブリフォーゲルまでに足を伸ばし、任務をこなす。
その銀旋騎士団の詰所に二人の騎士が居た。一人は、長い銀髪を一房に結い、後ろに垂らしている少年とも見える子供が旅路支度を整えているのか、大きめの鞄に飲食物、ランタンなどの日用品を詰め込んでいた。もう一人は食事の途中で寝たのか、テーブルの前のベンチに横になって、兜で顔を隠しいびきをかいていた、無精ひげの生えた青髪の青年。
青年は少年が支度している音に気づいたのか、顔だけを向け、兜をずらし、相手が誰なのかを確認し、声をあげる。
「行くのか、アル」
「あぁ……。前々から王に言われていた。今回は長くなる」
アルと名前を呼ばれたまだ幼さを残す顔の少年がベンチで寝ていた青年へと振り返る。
騎士甲冑を身にまとい、胸には青く輝く竜晶石をペンダントのように吊っている。差し込む光の変化で微かに輝きを増すが、宝石としての価値は低い。
「団長様が居なくなるのであれば、銀旋騎士団は終わりだな。俺、どこに転職しようかな……」
言うなり、めんどくさそうに再び後頭部をベンチへと付け、兜で覆われてはいたが、天井を仰ぐ。
「副官が真っ先に辞めるな、ザキマ。後はお前に任せる」
アルよりも数年、年を重ねているのだろう。無精ひげを生やしている青年を、ザキマと呼び捨てにし、アルは近くに合った兜を手に取り、歩を進め兜かけに手に持っていた兜をかける。
その表情はどこか影っていて、少年の表情にしては似つかわしくない。そして、ゆっくりを口を開き、
「……ザキマ……。一つ答えてほしい」
「――なんだ?」
アルは先ほどまでとは違う、少し声のトーンを落とし、話しかけた事に気づいたザキマは真面目な話なのだろう、とくみ取ったのか、ベンチで横になっていたのを起き上がり、腰かける。
そしてアルはザキマへと振り向き、口を開く。
「三日前、北西の空を染めた光と、イリンナに居ながらにして耳に聞こえたあの爆音……。アレらをどう考える」
「……俺個人の見解か?――それとも、騎士団としての見解か?」
アルは目をつむり、数秒沈黙してから、やがてゆっくりと眼を開き、青年の眼を見据える。
「ザキマの見解だ」
「…………。神話の時代に聞く、神々の棺<クテュリオン>に放たれた、精霊の槍<エピルフィア>だろうな。"夜空を一瞬にして、明けの黄昏へと塗り替え、神々の鐘を鳴らす"、まさに神話の通りさ」
「……ザキマの口から、絵物語が飛び出すなんてな……。明日は矢が降るかな」
「ハッ。てめぇが聞いたんだろうが」
ふてくされたようにザキマは立ち上がり、兜かけに近寄りはアル同様に兜かけに己が持っていた兜をかけ、アルは反対に歩を進め、荷造りしていた鞄を片一方の肩で担ぎ、石で囲まれた部屋から出ていこうとする。
その様子を眼では視ず、微かに顔をあげ、小さく、だが確かに声にする。
「――、死ぬなよ。アルフィーナ――」
そうザキマが声をかけるが、その部屋にはもう誰もおらず、ただ声だけが静かに響いた。
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「死ぬなよ、か……。久々聞いた言葉な気がする……」
石材で出来た階段を上がりながら、さっきまで長年仕えてくれた副官の言葉を思い出す。今度ばかりは「死ぬわけがない」と軽く返せる気分じゃなかった。
だが、いつも軽口ばかり言うアイツが本気で心配してくれている、というのだけは伝わってくる。それがわかると、どこか口の端が上がるのがわかる。
石畳の階段を上がりきると、そこには何度も触れ外に飛び出した木で出来た古い扉の前に立つ。
「まずは……、アプリールだ。あの光の原因を探る」
そう言葉に出して、己にも言い聞かせる。そして扉へと手をかけ、光り輝くイリンナに姿を現す。
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「ミコト、怪我の調子はどうですか?」
台所で昼食で使った食器を洗っていると、唐突に後ろからイダさんに声をかけられる。
「少し、背中の皮がつっぱった感じがするけど、もう痛みとかないよ。助かったよ、ありがと」
背中のひっかき傷は、完治した、というよりも傷口はもう無く、ケロイド状になってはいたが、きちんと塞がっていた。たったの「三日で」。
「いえ、本当は傷も消したかったのですが……、剣で出来た鋭利な切り傷なのであればまだしも、獣の爪で裂かれたとなると、私でも無傷で済ます事ができなくて……」
そう言い、少し自信を無くしたのか、暗い顔になるイダさん。その表情を肩越しにみて、食器を洗う手を止め、振り返る。
「何度も言うけど、僕の世界じゃ死んでいてもおかしくなかった。出血量とかもやばかったし……。この命はもう二度もイダさんに救われてるんだ。それを自分の実力不足みたいな風に言わないでください。実力不足を呪うのであれば、それは僕が分不相応にディアブロに挑んだ事です」
「はい――。それと、今後はどのような事が起きても、まず私たちに相談してから判断してください……。今回だって、精霊の大移動に気づけていなかったら、確実に間に合っていませんでした……」
そういうイダさんは少し泣きそうになっていた。
イダさんの言う「精霊の大移動」とは、あの日、赤の森の中で精霊はおろか、微精霊も居ない事に、何度も「ここに居てくれれば」という思いが、アスール村だけでなく、近くの森まで広がり、精霊をかたっぱしから集めてしまっていた。
その精霊の移動を見たイダさんは不安になり、アスール村の近くまで迎えに来てくれたらしい。結果、死にかけの僕を拾ってくれた。
しかも、あとから聞いたことなのだが、クフィアーナの大樹は双満月になると、実に魔力を送ると同時に近くの精霊を捕食するらしく、赤の森の精霊が居なかった事、森に精霊が近づけなかった事を説明してくれた。
タイミングが最悪な状態で、森へと入った僕は言うまでもなく怒られた。
「そこは反省しています。二度としません」
「なら良いです。……それでは、食器洗いが終わったら、勉強の時間にしましょうか。手伝います」
そう言い左隣に並び、一緒に水につけてあった、食器を取り、洗い始めてくれる。嬉しそうに、笑顔で。
時折、お互いの腕がぶつかる、というか触れる事があり、お互いに嫌という思いは無いのだろう、イダさんも離そうとされず、僕も離れるつもりはなかった。
なんか、こういう雰囲気良いよね。なんかこう、「夫婦」っていう感じがするんです。生きてて良かった、って思います。えぇ、ホントに。
「そういえば、話は変わるんですが、私一人で湯浴みしないんですよ」
唐突にイダさんは笑顔のまま話をする。
「私の肌に黒子がない事を知ってるっていう事は、リアの肌も見ていた、という事で良いんですか?」
あ、詰んだ。




