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起章:第十五幕:魔導弓ヴィルヘルム

起章:第十五幕:魔導弓ヴィルヘルム


 キーナさんの存在は大きい物になりつつあった。

 最初はただ「バンディットウルフの踏み込みの音を逃さない」という目的で聴力を借りていたが、「なにか小さい物が地面に落ちた音がする」、「大きい物体が風を切って進んでいる音がする」という情報も提供してくれていた。

 移動前と、移動後の魔力反応だけを感じ取っていたが、キーナさんの耳は移動中の音だけでなく、天然のデコイと化していたクフィアーナの木の実も魔力の発生源として感知していたのに、キーナさんは「地面に落ちた音がする」という決定的な情報を提供してくれているおかげで、デコイだと気づけている。

 結果、移動速度は落ちたものの、確実に安全に村へと近づけていた。


 が――、一つ問題がある。


 恐らく集中のし過ぎなのだろう、時折背中のキーナさんの腕力が衰え、振り落とされそうになっている。今はまだ辛うじて掴んでくれていて普通に移動している分には問題ないが、バンディットウルフの攻撃を避けようとすると、小さい悲鳴と共にずり落ちそうになってしまっている。

 バンディットウルフの攻撃は片目を失ってなお、精度が衰えておらず、紙一重で避けるのに必死で、キーナさんを気遣っている余裕がない。かといって、このまま進んでいては確実にキーナさんを振り落とす気がする……。

 このまま、逃げきってキーナさんを振り落とすか、ここで迎え撃ってバンディットウルフを倒すべきか。走りながら、どっちが被害が最小限ですむのかを繰り返し考えた。

 

「……左前です!」


 放たれた言葉に地面を強く蹴り、右へと避けると同時に立っていた位置の左前方からバンディットウルフの鋭い爪が現れ地面を蹴った位置めがけて振り下ろされる。

 バンディットウルフの爪は、地面をえぐり、目標である僕らに当たらなかった事が苛立つらしく、何度か避けていくうちに牙の隙間から噴出す火の粉は徐々に多くなっていっている。

 そして、残った左眼で鋭く睨み付けられ、再び木々の間へと姿を隠し、闇と同化する。

 その様子を見届け、再び歩を村へと向けようとして、歩みを止めた。


 キーナさんが首に回していた腕が完全に力をなくして、遊んでいたからだ。


「キーナさん」

「だ、大丈夫です!」


 置いていかれるとでも思われているのか、肩越しに見える表情は少し怯えているように見え、首に回されている腕に再度力が入るがかなり弱い。


「ココでアイツを迎え撃つので、一つお願いがあります……。二人が無事に村へ帰るために、必須の条件です」

「……なんですか?」

「今からキーナさんを地面に降ろしますが、「「良い」と言うまで絶対に目を開けず、動かないでください」。約束できますか?」

「そ、それだけですか?」

「えぇ。それが一番重要なんです。約束できますか?」

「わかりました。今から目を瞑るので、おろしてください……」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 突然のミコトさんからの提案に、私はフィルからの手紙を思い出していた。

 そこには、フィルが私をどう想っているのか綴ってあり、最後にミコトさんの事が記されていた。


『ミコトさんは今日知り合ったばかりの人間だけど、信用できる、そんな気がする。だから、ミコトさんの指示には従って欲しい』

 

 人間は信用できない。そんなのは亜種族だったら誰でも知っている。でもそれ以上に、同族は信用できる。手紙を最後まで読んだとき、私もフィル同様にこの人を信じてみようと思った。

 今まで背におぶってくれて、一人なら確実に安全に帰れるであろう長い道を私という重しを背負ったまま、進んでくれた。ミコトさんの何倍もある大きな黒い獣を前にしてもなお、私という重しを捨てずに進んでくれた。

 ここまで行動で示してくれた人を、私は「信用できない」とは思いたくなかった。いや、思えなかった。

 

 そして今、ミコトさんから、「目を瞑ってほしい」と言われた際も、「置いていかれる」という恐怖よりも、本心から「信じよう」と思えた。

 目を瞑り、ミコトさんの背から降り、久々に自分の両足を使って立つと、腹部や胸部に付いたミコトさんの汗で濡れていたのだろう、少し冷えた。

 

「イェア・ミュスキ・エゥフィヴァル?」


 ミコトさんがどこか不安がっているのだろう、「ちゃんと目を閉じてますか?」と聞いてくる。その言葉に強く頷くと、少しため息をしたのだろう。息を吐く音が聞こえた。

 そして、どこか懐かしい友達の名前でも呼ぶかのように優しい言葉が聞こえる。


「イコウカ……。……ヴィルヘルム」


 刹那、背中から下ろされて、目の前に居たのに完全にミコトさんの気配が消え、一瞬恐怖し目を開けてミコトさんを探そうとしたが、ミコトさんの言葉を思い出し、我に帰る。


『「良い」と言うまで絶対に目を開けず、動かないでください』


 その約束を果たすため、ただミコトさんから「良い」という声がかかるのを待ち続けた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 魔導弓ヴィルヘルム。

 クフィアーナの大樹の枝を切り落とし、削りだした自前の弓。弓とは言うが、弦は無く、ただの湾曲した木材にしか見えない。弦は己の魔力を糸状にして張り、矢は番えない。

 というのも、このヴィルヘルムは魔力弾<タスク>と呼ばれる、事象改変魔法を矢弾としている。

 事象改変魔法は、イダさんの得意分野で、「己の魔力を材料に、様々な事象を生じさせる」という物だ。ファンタジー世界でいう「火を出す」、「雷を落とす」、「風の刃を作る」などがこれに該当する。

 己の魔力を材料にしている分、底を尽きれば何も出来なくなる。当然、魔法の中でも上位の物を行使すれば、それ相応の魔力を失う。

 その中でも、魔力弾<タスク>は事象改変魔法の初歩的な物で、不可視の魔力できた塊を対象に射出するという物だった。精霊魔法の魔力針<ファントムダート>とは違い、「きちんと物理的なダメージも生じさせる」。

 イダさん曰く、「魔力弾<タスク>は特に複雑な魔法じゃない。その分、精度は使い手の練度による」。イダさんや、フェリアさんは何の前触れもなく魔力弾<タスク>を飛ばす事ができるほどなのだが、何故か僕は「飛ばすイメージ」が無い物からは魔力弾<タスク>を飛ばす事が出来なかった。

 人差し指を伸ばし、親指を立て「拳銃」のような形を取った手から。振るった腕から、弾いた人差しデコピンから、そして弓から。

 この中で最も精度が高かったのは言うまでも無く、弓からだった。結果、魔力弾<タスク>専用の弓ヴィルヘルムを作り、今に至る。

 しかしこの魔力弾<タスク>の良いところは、追尾性があり、相手へ当てたい部位をより正確にイメージすればするほど、寸分たがわぬ位置へ目掛けて飛翔する点にある。

 

「行こうか……。……ヴィルヘルム」


 そう口に出し、右手で左の二の腕に備え付けていた長さ八十センチのヴィルヘルムを外し、近場の大樹の枝の上へと飛び上がり、バンディットウルフの気配を探るが当然わかるわけもなく、目を閉じ、聴力だけの世界を築き上げるが当然気配はわからない。

 眼下にはキーナさんが無防備にも立っていたが、約束どおり、目も開けず、じっとしていてくれた。本来ならパニック状態になっていてもおかしくないのに、気の強い人だ。同時にとても助かる。

 少しでも得られる情報はバンディットウルフに絞りたい。


 小さく深呼吸をし、目を閉じて左手でヴィルヘルムを構え、右手を番える。

 弦は一本。弦の数を増やせば、飛翔速度、距離共に伸びるが、精度が落ちるため、今回は一本。

 魔力弾<タスク>は風の抵抗を受け螺旋を描きながら飛翔するよう、細かい溝を入れ、六十センチの物を生成する。

 狙いは唯一点。バンディットウルフの残った左眼を正確にイメージする。あの金色に輝く、まるで宝石のような、どこか吸い込まれるイメージを持つあの瞳。


 左手の震えを殺し、聞こえないはずの小さな風の音さえも拾おうと、聴覚を研ぎ澄ませる。無論、風の影響でどうこうなる物ではない。これはもう癖なんだと思う。

 風の音が止んだのを確認し、ゆっくりと弦を指から離す。番えられた魔力弾<タスク>は放たれ、目標に向け飛翔する。

 その軌道は「放物線」や、「曲線」などという生易しいものではない。バンディットウルフも気配からなにか攻撃をしかけられたとわかったのだろう、禍々しい気配を僕でも拾えるようになり、すごい速度で森内を駆け回る。

 それに釣られ、ヴィルヘルムから放たれた魔力弾<タスク>もまた、追尾するため残った左眼を穿つために何度も直角に曲がり、バンディットウルフの無理な移動でなぎ倒される木々の葉を貫き、時として硬く太いクフィアーナの大樹を貫通して、着実にその瞳へと迫る。


 刹那。逃げ惑うバンディットウルフの左眼に「当たる」と解った瞬間、金色の瞳をイメージするのをやめ、目を開き微かに口を開き言う。


「……的心」

『グガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』


 同時に二度目の獣の咆哮が森内を響き渡り、視界を完全に絶たれたのが原因だろう、木々さえもなぎ倒しているのがわかる。

 その咆哮に怯えたのか、眼下のキーナさんは大きく肩を揺らし、耳は恐怖心からだろうか小さく折り曲げている。


「た、倒したのですか!?」

「いえ、残念ながら視界を絶っただけです」


 枝から飛び降り、ヴィルヘルムを左の二の腕へと戻し、キーナさんの前で屈みなおす。


「まだ目を閉じていてください。今、キーナさんの前で屈んでいますので、もう一度おぶさってください」

「安全になったのなら、私歩けますよ!?」

「……いえ、安全になったとは言いにくいです。視界を奪った、というだけで「生きて」います。むしろ、アレに死なれると別のディアブロに襲われる可能性があります」

「で、でも、もうミコトさんお疲れですよね?」

「こうやって、話している間に、なんらかの行動に出ないとも限りません。ですから、早くおぶさって下さい」


 不本意、といった表情だろうか。この世界の人は思っている事や考えている事が表情に出る人が多い気がする……。


「無理だけは……しないでくださいね」


 そういい、背中に再びオパ……、重さを感じ立ち上がってから自分の都合の良い場所に重心をずらす。

 

「もう目を開けても良いですよ。すみません、怖かったですよね?」


 肩越しに見えるまぶたが開き、ルビーのような赤い目が開かれる。それは微かに潤んでおり、


「いえ……。こんなに疲れているのに、私だけ楽してるみたいで申し訳ないです……」


 そう申し訳なさそうに言うキーナさん。

 そこで、ようやくバンディットウルフの絶叫も途絶え、転げまわっているのだろう。木々をなぎ倒している音が――――。


 ――着実に近づいていた。


「手負いの獣は一番怖いって事かな……」


 なんとなく、わかってた。バンディットウルフは右目を失ってなお、攻撃の精度は衰えておらず、死角に回っても確実に見据えていた。

 おそらくバンディットウルフにとっての目は「視る」ための物であり、「感じる」物では無いんだと思う。狩りや、食べ物を探す時などは対象の魔力を感知して動いているんだとおもう。

 それゆえに見えていなくても、僕の魔力を感じ取り方角と距離がわかっている。


「え?」


 肩越しに聞こえた、どこか間の抜けた返事に、背中の彼女をおぶさる力を強める。


「キーナさん。もうアレがどこに居るのか、僕でもわかります。だからは今は残った力全部でしっかりつかまっていて下さい。あと一息です。絶対に連れて帰りますから」

「はい!」

「それと……、その腰に吊っている木の実の入ってるポーチ。良かったら頂けませんか?お代は何れ払います」

「いえ、必要な物があるのなら、使ってください!」


 そう言われ、右肩から差し出されたキーナさんの右手には、小さめのポーチに大小さまざまな木の実が入っていた。

 目当ての物は微かに青白く光り、暗闇の中に居る人間からすると、微かな明かりにもなり重宝するのだろう。「安全な場所」であるのであればの話だが。今、この場においてはただの「餌」にしかならない分、危険要素以外の何物でもない。

 クフィアーナの木の実。ディアブロの好物。双満月の時に魔力を得て、枝から落ち種となる。

 そのまま噛めば、微かに魔力を補充できるが、今はもっと別の使い道がある。魔力は、森を出れば補充できる。森を出るまでなのであれば、ぎりぎり持つ。たぶん……。

 正直、体力も魔力も限界だ。魔力はさっき魔力弾<タスク>を使ったせいで残り一割も無い。この森に精霊がおらず、補てん出来ない以上、魔力が切れたら死ぬだけなのだろう。

 

 それでもキーナさんを背負うと「まだいける、大丈夫」と自分に言い聞かせ、四肢に力を入れる。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「今、二度目の咆哮が聞こえた!」


 一回目よりも、遥かに近くで聞こえた獣の悲鳴に兄さんが声を張り上げる。

 その表情からは、未だミコトさんが生きている事を意味しているためだろう、どこか嬉しそうであり、少し不安そうな表情。願わくばその近くに、私にとっては姉ともいえる存在のキーナさんが居る事を願っているように見える。


「俺にも聞こえた。小僧いったい何と戦っているんだ……?」

「わかりかねます……。ですが、ミコト君は戦ってるんでしょうね……逃げるためか、守るためか」


 自警団の面々もどこか、不安そうに森を見つめる中、私は全く別の理由で不安になり、森から少し離れ村の城壁に寄っていた。

 私は生まれた時からなぜか自分の属性、水属性の精霊が見えており、度々視界に入っては揺蕩うそれを見つめて、過ごしていた事もある。

 精霊個々の光量は各々違い、大小も様々で、一度に視界に納める精霊は清らかな泉の傍に立っていても、せいぜい十から二十といった数だった。


 それが今、私達と森の間に、「光の壁が出来る程の水属性の精霊が集まっていた」。森とは一定の距離を保ち、揺蕩うそれらは森全体でも覆っているのかと思う程広がり、今もなお街から、別の森から集まっていく。

 兄さん達にはこの異様な光景が見えていないのだろう。双満月とはいえ、「少し明るい」といった程度の夜で夜道を歩こうと思えばランタンが必要だろう。

 だが私の眼前には、文字通りの光の壁ができ、まるで森全体を照らしているかの如く明るくなっていた。


 それは誰かの夜道を照らそうとするために。

 それは誰かの帰りを待つかのように。


 静かに、ただ静かに一つ、また一つと光源たる精霊が近寄り、壁を厚く広く成長させ、暖かい光を騎士の居る森へと注いでいた。



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