起章:第十四幕:代償→長年使ってきた馬車
起章:第十四幕:代償→長年使ってきた馬車
「少し、休憩します……。ですが、その……、キーナさんはこのまま背負わせてください……」
足を止め、背負っていたキーナさんに話しかける。
「いえ、あの休憩するのであれば、私降りますよ?」
「咄嗟の回避をする時、背負っていた方が行動がとりやすいんです……。お願いします……」
もちろん嘘だった。もっと別の理由があるが、キーナさんがどういう人なのかわからない以上、うかつに口に出せない。
オパーイが原因じゃないですよ?全体の二割くらいの理由ではありますが。
「あの、さっきあの獣の爪を胸部で受けたように見えたのですが……、怪我はないのですか?」
そう背中からおずおずと問われる内容に、見ていたんだ、と驚く。否、「見えていたのか」と驚く。
回避した速度もあるが、何よりバンディットウルフの前足の速さは僕でも「速い」と感じる程の速度だった。それが、どこに当たったのかとしっかり「目で見えていた」事に、だ。
「よく見えましたね。動体視力が良かったりします?」
「えっと、私たちラヴィテイルは元は狩猟民族だったので、五感は鋭いと言われています。最も、私やフィル達は生まれも育ちも村の中なのであまり期待できないかもしれませんが……」
言われ、「兎のしっぽ亭」での出来事を思い出す。
ラスティルさんに言われるまで店の外に居た人に気づけなかったが、微かな音を拾い「人がいる」という情報だけでなく、僕は精霊の視点を借りて、文字通り見ていたため表情からくみ取れたが、ラスティルさんは「人がいる」という情報だけでなく、「敵意はない」という情報まで正確に拾えていた。
何をもって「敵意」という情報をくみ取っていたのかはわからないが、正確に理解していたラスティルさんは何かを感じ取っていたのだろう。
「……、キーナさんはさっきのディアブロが飛び出してくるとき何かを感じ取ったりしました?」
肩越しにキーナさん表情を伺うと、そこには耳をペタンと折り曲げ自信がなさそうなキーナさんが居る。
「確実に、とは言えませんが……その……」
そう言い、おずおずと耳を立たせ、真っすぐ立たせると微かに左右に震わせるキーナさん。
「音を拾った気がします……。ミコトさんが左に飛んで瞬間、何かが力強く地面を踏むしめる音が……」
以前、フェリアさんと戦闘訓練をしている時に言われた、「種族の差」という物なのだろうか。この森に入る前から、常に身体強化として、視力、聴力を高めている。
しかし、その聴力を強化していた僕でさえ拾えていなかった情報を、キーナさんは拾えていた事になる。これは人間である僕が普通の聴力を有していてそれを強化しても、キーナさんやフィリッツさん達ラヴィテイルの聴力には劣っている事を表している。
「その耳、僕にもほしいよ」
「ふふ、あげられません」
肩越しに微笑む表情は初めて見た時とは大違いで、少し照れているようにも見えた。そして、目に力を入れ、どこか真面目な表情へと変わり、
「……私が、ミコトさんの耳になります。ミコトさんはすでに私の脚として十二分に働いてくれましたから。……自信は……ありませんが……少しでもお役に立ちたいです……」
「……わかりました。では、今までのような速度では進まないので、音に問わずなにか違和感を感じたら、すぐに教えてください」
「はいッ!」
自分の意見が認められた事がよほど嬉しかったのか、笑顔を濃くし、耳が嬉しそうに左右に揺れていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「えっと……」
「リア……?ミコトは……どこに?」
アスール村を離れ、イダの家に向かう途中まだ道半ばだったはずだが、何故かイダが道端に立っていた。
いつもの地味なローブにフードをめぶかくかぶり、フードの端を両手で握り下に引っ張って風でめくれないようにしているのだろう。おそらくあのゴミとの出会いでの失敗を繰り返すまいとしての行動だろう。
顔を上げるイダは、その頬に紋が無かった事からさらに予防策として幻術を使用していたのだろう。念入りに「人」に化けていた。
しかし、その表情は悲しみとも驚きとも取れる今にも泣きそうな表情をしていた。
「えと……、村人から家に帰ったって聞いたから、家に向かってたんだけど……」
そう、「嘘」であろう情報を聞いたと、伝えるとなぜか動揺したのか、イダの幻術が解けてしまい口をポカンと開いていた。
「……イダ?」
「ミ、ミコトは……、「家」に帰ったの?」
そこで、イダが何をどう解釈したのかわかり、笑い出してしまう。
「イダ。アイツにとっての「家」ってのは、「イダの家」でしょ。家主が何心配してるんだか。たぶん何らかのトラブルに巻き込まれたんじゃないかな?」
そう言い、馬車から降りてイダの肩に手を添え、膝裏にも手を添え、力を入れ抱きかかえる。とても軽い。
「人を怖がっているイダが、ここまでやってきただけでも凄い事だとおもうけど、もう脚が進まないんでしょ」
だから、立ち止まっていたのだと思う。
「帰る」という選択肢もありながら、必死に歩を進めアイツの事を思ったのだろう。イダ自身がアイツに騎士の証を渡したとき言い聞かせたことを、自身にも言い聞かせ、必至に恐怖に勝とうとしたのだろう。
それはなんとも微笑ましい光景ではないだろうか?……と、でも思ったか?
はらわたが煮えくり返る。ちょっと痛い目見てこい、ゴミ虫。な?
でも、まぁ……。あの引っ込み思案のイダをここまで行動に至らしめたのは、あのゴミ虫のおかげなのだろうな。
「リア!わ、私は……!」
「はいはい。解ってるよ。でも、イダの目的地は残念ながらお家です」
「わかってないじゃないですか!」
腕の中で暴れるイダを強引に馬車に乗せる。
「私はさっき村長に荷を渡してきて疲れてるので、今ここで拾った「荷」はあるべき場所へ、家に返品に帰ります」
そう言うと、怒っていたイダは大人しくなり、うつむき静かになる。
「……私なら一人で帰れますから、リアはミコトを迎えに行ってください……」
事実だろう。村へ向かう程の恐怖心を考えれば、家に帰る事など下り坂にも等しい道のりだろう。
「ミコトはイダを裏切るような「人」じゃない。アイツは、絶対にイダを悲しませない。だからイダは自分の家族が帰ってくるのを、家で待ってればいい。少なくとも私はイダに家族として迎え入れられた時、最初は奔走したけど、あとあと「待っていた側」だと思うよ?」
「……リアは、ミコトが何かに巻き込まれているとわかっていても、何もするな、というのですか?……」
「違う。何もしないんじゃないよ。家で夕飯作って、風呂でも沸かしてやって、部屋を暖かくしていてやればいい。あとはただ、「信じていればいい」。アイツが笑いながら帰ってくるのは「いつもの事」。アイツが何かの狩りで成功した獣を持って帰るのも「いつもの事」。何らかの依頼をこなして、金品を持ち帰るのも「いつもの事」。何らかの問題に巻き込まれるのも「いつもの事」」
だから、
「アイツがちゃんと家に帰ってくるのだって、「いつもの事」だって。信じてやればいい。不安なら口に出して伝えてやればいい。そうするだけで、アイツは絶対にそれを裏切らない」
伝え、イダの隣に腰かけ馬車を出す。
横目でイダの様子を確認するが、うつむき眼深くかぶっているフードで表情が見えない。
「……なんで、リアはミコトをそこまで信じられるのですか……?」
そう消え入りそうな声で問われ、そういえば何故だろう、と思い、答えがすぐに見つかる。
「あのバカを見ていると、鏡を見ている気分になる、から?」
「ミコトはリアほど捻くれてないです。……なんで私はリアみたいにミコトを信頼できないのでしょうか……?」
そうふてくされた様に言うイダの肩を抱き寄せ、長い特徴的な耳に口を添え小声で伝える。
「イダさ、実はミコトの事好きでしょ?家族として、じゃなくて異性として」
荷馬車が破裂して、馬がビックリして森へと逃げ去った。




