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起章:第十三幕:最低限の戦闘技術

起章:第十三幕:最低限の戦闘技術


 最悪だった。何がって、目の前に広がる光景がだ。

 恐らくキーナという女性はと思わしき茶髪のショートヘアのラヴィテイルは見つけた。が、完全に意識を失い、地に頬を付けていた。

 そのキーナさんに飛びかかる「バンディットウルフ」の攻撃をアルトドルフで弾く。幸い、キーナさんには目立った傷は無いが、衣類はかなり汚れ、かなりの時間バンディットウルフに追われたのだろう、完全に衰弱しきり、唇が渇き、呼吸をするのもつらそうにしていた。

 初撃を弾かれた事で、というよりも新しい餌の登場にバンディットウルフはジリジリと後退し、森の中へ姿を消す。周囲の気配を探るが、つい今しがたまで確認できていたバンディットウルフの気配は完全になく、どこに居るのかが全くわからなかった。

 ここである種の余裕が生じ、大きく息を吐いてから、情報の整理と行う。


 バンディットウルフ。下級上位に位置するディアブロ。その名の通り、金色の目で見た相手の体力、魔力などを吸い取っていき、徐々に衰弱させてから最終的に命を「奪う」狼。

 群れは成さず、単体での狩りを好み、他のディアブロを追い払いつつ、楽しみながら獲物を弱らせて、弱り切ったところを仕留める。性格は非常に獰猛。

  

 こうしている間にも、バンディットウルフの狩りは始まっていて、その証拠にちょっとした倦怠感が生じている。 

 しかし、これは運が良い。バンディットウルフはその特殊な狩りの方法からある程度襲ってくるまでの余裕がある。その間に対策を練る時間がある。

 念のため、もう一度周囲を警戒するが、見事に気配がない。そこでようやく、地に頬をつけているキーナさんの肩に触れ揺する。


「起きてください。キーナさん」

 

 開いた瞼からはフィリッツさんやラスティルさん同様に深紅の瞳が現れ、数度瞬きをしてから、力強く瞳が開く。

 そして体を起こし、地に腰を下ろしたまま器用に後ずさる。その表情、瞳からは警戒心が剥き出しとなり、心なしか睨まれてさえいる。


「だ、誰ですか……」


 そう微かに動いた唇から声が漏れ震えていた。


「そう警戒しないでください。フィリッツさんと、ビルクァスさんに頼まれてキーナさんを探していただけです」

 

 フィリッツさんの名前が出た瞬間微かに瞳が揺れ、潤んだのを見逃さなかった。


「……フィルの知り合いなのですか……?」

「今日、知り合ったばかりですけど、一応知り合いです」

「で、ですがいくら三百人ちょっと村でも、貴方のような人を見たことがないです……」


 三百?!……フェリアさんさばをよんだのか、それともいい加減なのか……。まぁたぶん後者だろうな……。


「アスール村の住人では無いですよ。し……」

 

 ろの森(白の森)に住んでる、と言いかけたところで言葉を飲み込む。


「し……?」


 ばっちり聞こえていたらしく、聞き返される。


「しー……シチューを求めて旅をしています……」


 なんだこの言い訳のセンスの無さ。もう少し、なんかなかったのか……。


「しちゅー?」


 あ、伝わってない。当然ですね。こっちの世界の料理じゃないもん。


「料理の名前です。僕の住んでたところの郷土料理……かな?もう帰れないので」

「……ふふ、料理を求めて旅だなんて、変わってますね」


 口許に手をあて微笑むキーナさんを見て、落ち着きを取り戻せたのを確認し、微笑み返し、道中から気になっていたことをたずねる。


「ひとつ質問がしたいのですが、よろしいですか?」

「はい。なんでしょうか?」

「なんでこんな奥地へ?」


 本来なら、森には入らず採取をする、という名目で門を出ていたため、純粋に気になった。

 

「……、変な木の実を拾ってから気が付いたら、森の中に居て方角がわからなくて……。さっきの黒い獣に追われ……」


 そこで自分がどういう状況におかれていたのか思い出したのだろう、目を見開き周囲を見渡し、その姿がない事を確認すると、期待するような目でゆっくりと唇が開く。

 

「た、倒してくれたのですか……?」

「いえ、今は遠くに居ますが、いずれ戻ってくると思います」

 

 嘘だった。確実に近くから、獲物を見張っている。どこにいるかは全くわからないが、倦怠感は生じ続けている。この倦怠感をキーナさんが感じていないのは、確実に的を僕だけに絞っているからだろう。

 そしておそらく、キーナさんが拾った「変な気の実」というのは、クフィアーナの木の実で間違いないだろう。キーナさんが腰に吊っているポーチから、かなり強い魔力を感じる。


「に、逃げないといけないじゃないですか!」

 

 そう言いキーナさんは立ち上がるが、既に脚力が限界に来ているのだろう。すぐにふらつき地面に膝をつけてしまう。本人が一番驚いているようで、表情からもわかる。


「落ち着いてください。今の今まで一人で逃げていたんですから、限界が来ているだけです。……なので」


 腰に吊っていたポーチを外し、キーナさんへ差し出す。中身は、軽食と飲み物。薬品類が少々。


「いろいろが入っていますので、今のうちに食べて少しでも休んでください」

「あ、ありがとうございます……」


 受け取った手は微かに震え、今もなお安心できていないのだろう。

 その震える手でポーチを開け、中から青透明の薬品(回復薬)と、薄く切ったパンに数種類の果物を挟んだ食べどうみてもサンドイッチ、牛乳を取り出す。

 そのままポーチを返そうと、こっちに差し出してきたが途中で、中から二つ折りされた一枚の紙が地に落ちる。不思議に思ったキーナさんがそれを拾い上げ、中を確認しているのだろう。

 特徴的な赤い目がが右へ左へと動いていくうちに、潤んでいき最終的には大粒の涙となって頬を伝って、地に落ちていた。

 そして、その紙を大事そうに両手で胸へ抱き、僕に向き直る。


「ミコトさん?ですよね。私、絶対に村に帰りたいです。帰って、フィルに思い切りこの想いをぶつけたいです」


 その表情からは、先ほどまでの怯えた物は感じ取れず、それどころか心なしか頼もしい物も感じれた。


「もちろんです。絶対に村に帰りましょう。僕もまだガルムさんの「いつもの」食べてないので気になります。シチューかもしれません」


 そう冗談を言うと、キーナさんは目じりに涙を浮かばせたまま微笑んでくれた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「あ、あの……、お、重くない、ですか……?」

「えぇ。特に重いとは感じません。(むしろ、もっと抱き着いてもらった方がいろいろ都合が良いデス)」

「な、なにかおっしゃいましたか?」


 結論を言ってしまうと、キーナさんは心身共に尽きかけていた。十数分だったが、休めてもなお立ち上がると足が震え、とても走れるような状況ではなかった。

 疲労度ももちろんあるだろうが、理由は確実に恐怖心からくるものだろう。その表情からも、「足手まといになれば置いていかれるかもしれない」という思いでもあるのか、どこか焦っているようにも見えた。

 これ以上、移動もせずこの場でただ魔力を奪われていくのはわりに合わず、精霊の浄化を行ってから自らの魔力を補おうとしても、精霊が周囲に居ない以上意味が無い。

 結果、少しでも距離を村へと向けたくて、「おんぶ」する作戦に出た。

 最初はお姫様だっこも捨てがたいと思ったが、やはり最初はフィリッツさんに譲るべきだし、なにより非常時になればしっかりつかまってもらえば、両手を離せるおんぶの方が良い。

 何より、キーナさんのたわわに実ったオパーイが目の前にあると、集中できません。いろいろと。よって、今はぜっさん背中に全神経を集中させて、感触を楽しみながら、森の中を駆けていた。


「いえ。少し飛ばしますので、舌をかまないように気を付けてください」

「は、――はヴぃ」


 こうして村への距離を縮めつつ、わかってきた事がある。

 すべてのディアブロがこうなのかはわからないが、少なくともバンディットウルフは「移動する時に限れば、気配がわずかにわかる」という物だった。

 微かに、移動を開始する地点で中程度と、着地する地点で微かに魔力反応がある。コレはたぶん、フェリアさんの魔力操作と似ている物があった。踏み込む際と、着地する際に身体強化を行っているのだろう。

 もう一つ、こっちが移動する距離を徐々に伸ばした結果、個体差はあるだろうが、このバンディットウルフの跳躍距離は五十メートル前後だ。何度か、村へ向かう方向に先回りされた事もあったが、こっちが五十メートル以上の距離を稼ぐようにしてからは、気配は全て後方から感じ取れるようになった。

 当然このまま、村へ返すわけにもいかないため、何かしらの行動に出るのはそろそろだろう。


「向こうにしちゃ、かも(キーナさん)が、ネギ(クフィアーナの木の実)しょって、ついでに鍋(僕)が降ってきたわけだから、逃がしたくないでしょうしね……」

「な、なにかおっひゃいましたか?」

「いえ。……そうだ、キーナさん。今から少し激しくなると思うので、絶対に振り落とされないように、しっかりつかまっていてください」

「わ、わたひは構いませんが……、そのミコトさんさっきから背中に汗が凄いのですが……お疲れなのでは……?」

「……大丈夫。大丈夫……です」


 そう返した瞬間、右前方から黒い影が飛び出してくるのを確認する。瞬時に、左前方へと飛び、その影をいなし、姿を見るため立ち止まると、さっきまでは綺麗な金色の瞳だったのが微かに血走り、心なしか、呼吸も早くなっているように見える。

 

「ヒッ!」


 恐らくバンディットウルフの瞳を見たのだろう。怯えたキーナさんが、僕の肩の近くで短い悲鳴が聞こえる。


「……身体をくっつけて、可能ならその綺麗な耳も折りたためますか?」

「こ、こんな時に冗談はやめてください!」 

 

 冗談ではないのだが……。言いつつも、その綺麗な耳を折りたたんでくれて、どことなくフィリッツさんみたいになっていた。


 しばらくバンディットウルフを見つめていると、後方の木々の間へと姿を隠し、気配がまた移動して現在位置と村の間に遮るようにして、消える。

 背負っているキーナさんの表情を見ると、怯えてはいるが、疲労度はかなり回復したのだろう、余裕は持てているようだった。


「キーナさん。先ほども申し上げた通り、これから少し荒っぽくなります。絶対に振り落とされないでください」

「は、はい……ッ」


 肩から、顎下へと回る腕の力が強まり、これくらいなら大丈夫と安心できる。


「目も閉じていてください。開けていると見たくない物を見るかもしれない」

「は、はいッ」


 しかし、わからない事があった。

 なんで早々に決着を付けようとしないのか。狩り方にそこまで執着する理由がないからこそ、先ほどのように直接的に攻撃をしかけてきたのに、何故すぐまた消えたのか。

 

「考えても仕方ない……か。今は行こう」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 それからという物、右から現れ、左に避け、左から現れ、右に避け。と何度か繰り返すうちに本当に何が目的なのかわからなくなった。

 攻撃が当たるでもなく、かすりもせず、全て避けれている。このままであれば、確実に村までたどり着ける自信があったが、なにかひっかかる。

 なにかひっかかっているのに、それがなにかわからず、足も止めず前に進み続け考えを巡らせていた。

 

 そして、また右前方に気配を感じいつでも左前方へ避けれる態勢をとる。

 音と同時に左前方へ避ける――。


 と、そこにはバンディットウルフの前足があり、僕の胸部に爪が刺さり――はせず、プレートアーマーに防がれ、弾かれるが、衝撃は消せず、短く空気を吐き出す。

 なんとか連撃は防ごうと、勢いを殺さずバンディットウルフの額に手を付き、飛び越えると同時に、アルトドルフを展開しバンディットウルフの右目に矢を放つ。

 

「……少し…、開いたッ……」

『グガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』


 バンディットウルフは雄たけびをあげ右目から鮮血を出しながら、後方の森へと姿を消すが消した直後に、再び気配が消える。

 背中のキーナさんは雄たけびを聞き取ってかかすかに硬直するが、すぐに耳をあげ、音を拾おうとして、


「……どうかなさいましたか?」


 と、問われる。正直、一切の余裕がない……。


「……ごめん……、耳は下げてて。目もつむって。あとできれば口も……」


 肩甲骨の近くに何度か頷くような衝撃を感じ、少し言葉が悪かったか、と感じるが、それよりさっきの右前方に感じた魔力反応を探りに歩を進めると、そこにはクフィアーナの木の実が落ちていた。

 

「そういう事か……」


 双満月の日に、大樹から得た魔力を蓄え、地上に落ちるクフィアーナの木の実は、それ単体で魔力の発生源であり、この状況において天然の「デコイ」と化していた。

 いつ木の実がおちるのかわからないが、ここに来るまで無数の大樹が生えていて、今日がその双満月の日となると、無事に村に帰れるかわからなくなった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……兄さん、今」

「うん。何か獣の声が聞こえた……」


 ミコトさんが北門を離れてから、四時間が経過し、辺りは完全に暗くなったが、ビルクァスさんの指示で、森まで松明かりを設置して自警団の団員五名とビルクァスさん、ガルムさん、兄さんと私でミコトさんの帰りを待っていた。

 そして今、なにかとても嫌な雄たけびの様な物が聞こえた。

 兄さんはいつも耳が垂れ下がっているが、今だけはピンと立ち、しきりに動いて些細な音でも拾おうと必死になり表情も険しくなっていた。


「……、大丈夫かな……」


 自信なく、私がつぶやくと、意外なところからフォローが入った。


「大丈夫じゃろ。あの小僧、見た目ほど軟じゃなさそうだったぞ。それに、エルフから騎士の位まで授かっておるのだ。そこらにいる自警団よりも遥かに強いじゃろ」

「この年で、子供に死地へ赴かせるなど、あってはならない事だとはわかっていても、「騎士様なら……」と思ってしまうのは逃げなのかもしれないな……」


 そう言い苦笑するビルクァスさんは、自分の取った行動を少し悔いているようにも見えた。


「あの状況だったら、俺もああする。ビルクァス、お前の立場だったらな。むしろ誇れ、お前のそのクソ真面目な性格を。あの小僧はそこまで気にしていないように見えたぞ」

「ガルムさんに言われても、あまり説得力無いですよ。人の感情に疎そうですし」


 そう苦笑しながら兄さんが言うと、ガルムさんは短く鼻を鳴らしてからどこから持ってきたのか、地面に腰を下ろし果実酒を飲み始めた。

 その様子は表面上は心配していない風を装ってはいても、確実に気にしており時折森の方へ眼を配っているのがわかる。

 私もそれに釣られ、森へと視線を向けるがそこには暗闇が広がるだけで、二人の姿は影も形も無かった。

 そしてなぜか、唐突にミコトさんが笑った顔が頭をよぎり、ふと口に出てしまった。


「……また、あの人の笑顔が見たいな……」


『え?』


 と、他三人だけならともかく、自警団の人も同時に聞き返し、私がなにを口に出したのかわかり、慌てて、否定する。


「キ、キーナの事ですよ!?」


 するが、完全に遅く、みな表情がニヤニヤと卑しい笑顔を浮かべていた。

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