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起章:第十二幕:黒い獣

起章:第十二幕:黒い獣


「……、ビルクァスさん……。キーナさんが持っていた信号弾の銃は、砲身が黒鉄で、柄に青字で「三」と記された物ですか?」

「そ、その通りだがなんでわかる……?」


 見えるからです、とは言わず北門の前に立ち目をつむり精霊の視点を借りて手がかりを探していた。そしてついいましたが、キーナさんが落としたであろう、信号銃を見つけ、確認を取った。

 しかし、思った以上に厄介だ……。この森、何故か精霊が極端に少ない。微精霊は居るだろうし、その辺の心配をしているわけではないが、遠くに居る精霊を「浄化」することは出来ないため、視点の確保が出来ない。

 やっと見つけた精霊の視点で眼下に広がり森を見つめた時、小さく輝く銃を見つけたのだ。近くに獣の足跡と思われる物と、人の足跡が見える。

 視点を自身に戻し、見送りに来ていたフィリッツさんへと向き、


「今のところは、怪我などもしていないと思います……」

「本当ですか!?」


 フィリッツさんはやはり心配なのだろう、北門まで見送りに来てくれた。あの「兎のしっぽ亭」に居たメンバーでこの場に居ないのは、フェリアさんに伝言を頼んだラスティルさんだけで、ガルムさんも来てくれていた。


「おい、貴様は俺の隣に座った「連れ」なんだ、勝手におっちぬんじゃねえぞ。帰ってこい」

「えぇ、そのつもりです。まだ親方の「いつもの」を食べていませんし」

「それで良い」


 そう言われ、笑顔で頷かれる。


「進むべき方角はわかりましたから、探してみます。みなさんはその……」

「「騎士」殿……いや、ミコト君にお願いした身で、君が帰ってくるまで街の中で安穏と過ごせるような不義理な男に見えるかい?」


 ビルクァスさんの言葉に、フィリッツさんだけでなく、ガルムさんも頷きあう。

 

「わかりました。なるべく早く戻ってきます。では、行ってきます――」


 魔力を両足にため、瞬時に力へと発展させ、脚から地面へと流し、駆け抜けるように前へと飛ぶ。陽が沈みかけ、うっすらと空へ姿を現す双月が照らす不気味な森へ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ごめん!遅れた!……ハァ、ミコトさんは?!」

「ラスティルか。小僧なら、さっき森に入って行った。そっちは伝言伝えられたのか?」


 間に合わなかった……。きちんと伝言は伝えたという事だけでも彼に知らせたかったが、一足遅かった事をガルムさんに告げられる。

 兄さんを見つめると、もう背中は見えなくなっているはずなのに、森へと視線を向け、心ここにあらずといった感じだった。

 そして、ゆっくりと口をひらくと、


「なんでかな……、彼を見ていると「人間」を信じたくなる……」

「兄さん!」


 目の前にビルクァスさんが居るのに、そう言った。

 兄さんは自らの発言に気づき、ビルクァスさんへ向き、頭を下げる。


「すみません!決して……、その」

「いや良い。君たちだけじゃないさ。この村に住むみんなが人間をよく思っていないだろう。その最もたる理由を作ったのは私たちだ」


 ビルクァスさんはそう言い苦笑しながら、右頬の火傷の痕を撫ぜていた。ココに住んでいる人で、ビルクァスさんの頬の火傷の理由を知っている者は少なくない。

 それゆえに、彼は「人」でありながら、自警団の長を任されている。誰からも信頼され、誰からも支持される。

 

「ふん!人間は嫌いだが、ビルクァスやあの小僧は別だ。……ビルクァスはともかく、何者なんだあの小僧は……」


 ガルムさんは少し不機嫌そうではあったが、それはミコトやビルクァスさんに対しての物ではない。それにココに居る私を含めた四人の誰しもが思っていた事だろう。「なぜ、エルフに仕える騎士が「人間」なのか」。

 なぜその「人間であり、騎士が、卑しい亜種族を助けるのか」。報酬を約束されたわけでもない。多くの名誉が貰えるわけでもない。

 それなのに彼は「助ける」道を選んでくれた。気になる存在としては十分な理由だった。

 そして彼は付け加えと、恐らく精霊がなんらかの形で見えている。「兎のしっぽ亭」で彼が見せた行動がそう裏付けている。

 時折、ふらついたのかと心配になる変な歩き方をしていたからだ。まっすぐ歩くのではなく、急に道幅が狭くなったのかと思わせるかのように身体を横にして歩いたりして、何かを避けるかのような動作をする。

 その時、彼の近くには決まって精霊がいた。私は常に見えている訳ではない。私は自分の属性と同じ精霊種しか見る事が出来ないが、彼の歩き方や仕草を見ているとすべての属性の精霊が見えるのかと疑いたくなる程だった。また、これは完全な思い違いかもしれないが、彼はおそらく精霊に好かれている。そんな気さえする。

 精霊は物理的な衝撃を得ても、一瞬だけ霧散するだけで、すぐに集まりまた漂い始めるが、彼はそれさえも良しとせず、己が避けるという選択肢を取っていた。そんな彼を見て思う事なんてたった一つしかなかった。 


「……優しいんだと思います」

「ふん!好かん言葉だ!ましてや「人間が優しい」など、ついぞ聞いた事が無い」


 私もです。そう答えるつもりだったが、ビルクァスさんの手前、そう答える気にもなれず、兄さん同様にすでに見えない背中へと視線を向けた。

 そして、見えない彼に、いや「精霊に好かれる優しい騎士」が無事に帰ってこれるよう祈りを捧げた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 森に入ってから、走りながら一つ後悔している事があった。

 精霊だけじゃなく、微精霊の気配すらほぼ感じないのだ。完全に僕にとって不利なフィールドだった。初めての土地に居る時点で完全に不利な状況なのは言うまでもないが。

 

 森と聞いていたが、森に入ってからは密林という例えが相応しい場所だ、と思った。森に入ってすぐは疑問におもわなかったが、ほぼ平地なのに、奥に行く連れて木々の高さがどんどん高くなっていっている。

 村から見た森は、徐々に山のような地形、奥に行くにつれて緩やかな上り坂になっているのだろう、と踏んでいたがそうではなかった。

 また一度だけ、白の森で見たクフィアーナの大樹はそこらかしこに生えており、そのいずれも白の森で見た木々とは同じ種とも思えない程幹が太く、枝が広がり、葉は空を覆っていた。

 森に入ってからしばらくすると、完全に空が見えなくなり、幾重にも重なる葉のおかげでまだ夕刻前だったはずなのに、陽の光がない完全な暗闇と大差が無くなり、所々に点在する湿地帯に気づけず足を取られる事もあった。


(ディアブロに気づかれないまま、森を行きたかったけど……ここまで視界が不明瞭だと無理だ……)


 ため息をつき、脚への魔力を送っていたのをやめ、立ち止まる。

 周囲を確認すると、ディアブロらしき姿は無い、それどころか草木以外の生命体が何も見えない。

 

(静かすぎる……)


 過去何度も、フェリアさんと手合わせした時でさえ、何かしらの息遣いや気配を感じ取れたが、今わかるのは木々の揺れる音。葉のこすれる音。風の音。

 どんなに遠くに逃げても気配を「殺した」フェリアさんはわかった。「偽った」フェリアさんもわかった。だが、ここまで文字通り「何もいない」森は不気味すぎる。

 何が居るのか、どこに潜んでいるのか、何体居るのか、そのすべてがまるで分らない。

 

 怖い――。


 それでも何とか歩を進める。


 だけど、怖い――。


 歩と同時に出た左手が、腰に吊っていた布包みに当たる。

 フィリッツさんとラスティルさんが作ってくれた、キーナさん用の食料と、傷薬などのセットだった。

 傷薬のセットは僕の分は要らないと言ったのに、用意してくれた。 


 そこでようやく微かに口の端が上がったことに気づく。


 今日出会ったばかりなのに、親切にしてくれた人を思い浮かべる。


 フィリッツさん――。店のルールを悪用したに近い僕を客として迎え入れてくれた。

 ガルムさん――。アルトドルフ用にかなり品質の良い矢を用意してくれた。

 ラスティルさん――。店にトラブルを持ち込むまいと、立ち上がった僕を止め、フェリアさんに伝言を伝えてくれた。

 ビルクァスさん――。自分の力で解決できないと知り、それを他者に頼らざるえないとわかって、表情をゆがめていた。


 そして、このグレインガルツに来てから知り合った二人の事を思い出す。

 フェリアさん――。すぐに暴力に訴える危険な人という認識は外せないが、それでも戦い方を教えてくれた師であり、頼りになる「姉」。

 イダさん――。心配性で、すぐに感情が顔に出て、アイスクリームが好きで、魔法が得意で、料理が上手。魔法薬師で、ハンモックが好きで、いつもローブを纏っている。そしてなにより、僕を「家族」として迎えてくれた。笑顔が似合う優しい「姉」。なぜか僕にだけ効果のある魔法の人と重ねてしまう人。

 

 だから、口にした――。


「……大丈夫、大丈夫……」


 そして、大きく一歩を踏み出し、脚へ魔力を集め、キーナさんを探すために、森の中を獣のように低く飛ぶ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 たった一つの木の実を拾ってから、全てが変わった。

 ミューロと、ルゥとの三人で木の実採取に来ていた。なかなか数が集まらず、ミューロから「赤の森の入口に行ってみない?」という提案に乗ったのがきっかけだった。

 ミューロの想像通り、北門を超えた先に広がる「赤の森」の前は誰も採取に来ないのだろう、大量に木のみが落ちていた。

 そんな中で、青白く淡く輝く木の実を拾った瞬間、気づいたら森の中に居た。街への方角も解らなければ、来た道さえわからない。

 そして、木々の間から現れた「黒い獣」の金色に光る眼をみて、逃げなくちゃいけない、そう感じ取り無我夢中で走り抜けた。村への方角なんて関係ない。ただ少しでもあの生き物から離れなければいけない。

 でも「黒い獣」は距離を詰めるでもなく、ただひたすらに後を付けるだけで、どんどん森の奥へ奥へと追い込まれているのか、それとも村の方へ押し返そうとしているのか。考えるだけ無駄だ。どうせ前者だ。

 考えるだけで、涙が出てくる。胸が痛い。吐き気もする。何で今日に限って木の実採取に出かけたのか、ミューロの提案に乗ったのか、変な木の実を拾ったのか、なんで「黒い獣」に追われなければならないのか。

 

 諦めよう――。


 肺が酸素を求め、喉の渇きをもたらしながら強く空気を吸うだけで、さらに胸を締め付ける。脚もそろそろ限界だった。

 何度も泥濘に足を取られ転び、その都度起き上がり逃げ続ける。


 諦めよう――。


 足を止め、あの獣に殺されれば、少しは楽になれる気がする。この嫌気さえ覚える胸の痛みからも開放される。

 そう思い、足を止め獣に振り返ると木の影からゆっくりとおぞましい獣が姿を現す。

 形だけは狼のソレだが、額には二本の角を有し、体毛は黒一色。目だけは金色に輝き、見つめるだけで脱力感を伴わせる不思議な色だった。

 頬まで避けた口には牙が並び立ち、時折火の粉の様な物が歯の間から漏れ出て、ジリジリと歩を進め、近寄ってくる。


 諦めよう――。


 逃げられない。痛いのはどうせ最初だけだ。いずれなにも感じなくなる。そうすればこの胸に突き刺さるような、痛みが無くなる。

 呼吸をして、喉や肺が痛いわけじゃない。たった一人、大切な人を思い出すと、胸が痛くなる。

 兄妹でお店を切り盛りし、時折木の実を買いに来てくれる垂れ耳のラヴィテイル。笑顔が素敵で、優しくて、それでいて妹想いで。

 時折買ってくれた木の実でお菓子を作って持ってきてくれたりと、新作レシピの相談をしたりと、本当に楽しい時間をくれた、愛しい人。


「フィル……」


 そう、相手の名前を呟いた。この想いはきっと届いていない。でも、最後くらいは名前を出してみたかった。

 仰ぎ見た空は木々の枝と葉で覆われ、光など差し込んでいなかったけど、どれくらい時間が経ったのだろうか……。今自分がドコに居るんだろうか。せめて亡骸だけはあの幸せの詰まった村に帰れるんだろうか。

 最後は愛しい人の腕の中が良かったけど、最早叶わぬ夢。 


 刹那、眼前の「黒い獣」が飛びかかってきた。口を開き、牙は鋭く、両前足で身体を拘束するつもりなのだろう、挟むように前に突き出して。

 全ての時間がゆっくりと流れるような錯覚を覚え、最後に見つめたいのは愛しい人の笑顔が良かったと思いつつも、見えるはずのない空を見つめ終わろうとした。

 そして、空……いや、枝を押し分け、葉を散らせ双満月の光に照らされた、二本の腕と、脚を有し右腕に盾を備え、軽めの金属鎧を纏った、もう一体の「黒い獣」が降ってきた所で、私は意識を手放した。

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