承章:第四十九幕:一雫IV
承章:第四十九幕:一雫IV
「失礼する」
ミコトと別れてから、私は金華騎士団の詰め所へと訪れていた。
金の華が添えられた、紅い盾の模様。グレインガルツにおける二大騎士団の一つだ。
所内には一人の男性騎士が居たが、私が視界に入ると何れも驚愕の表情を浮かべる。
「アルフィーナ様!?な、何故貴女様がここに!?」
「すまないが、極秘の依頼でな。ここの長は誰だ?」
自身の風貌が役立ったとみるべきか、元とは言え銀旋の者がココに居る事に驚愕された事に悲しむべきか、悩ましいな。
「事前にご連絡頂ければ、我々から市外へ赴きましたが……」
「いや、如何なる状況にあっても街の中へ入る必要があったからな。何れは私がここへ来ていた。遅いか早いかの違いだけだ」
「そうでしたか……」
「ここに来るまでの所で、人気のない道を選びはしたがそれでも少なからず見られている。悪いがしばらく「荒れる」かもしれん」
自分のしたことではないとはいえ、未だに根深い所を見ると、かつてのアスール村での「石」となんら変わらないようにさえ思える。
「解りました。巡回の者を増やします」
「すまないな」
「いえ、その……、アルフィーナ様がしでかしたことではないのに、街の者が失礼な事をしてすみません」
「いや、問題ない。それで、今のここの長は誰なのだ?」
「そ、それは……」
眼前の騎士の視線が彷徨い、逡巡している様だった。
それも数秒で終わりはしたものの、その口から出た名前に、驚きを隠せなかった。
「……騎士十選代<アルマティカ・ゴウン>、第三位アガレス・シルフィーゲル様です」
「……「あの」アガレスがこの街に派遣されているのか?」
騎士十選代<アルマティカ・ゴウン>、第三位アガレス・シルフィーゲル。
歳若くして優れた魔導士でありながら、騎士でもあり、軍団指揮者としても名を馳せているものだ。
また美丈夫としても有名であるが、最も有名な話として騎士として不名誉極まりない物がある。
ただこれに限っては、「噂の域をでない」との話だが、多くの仲間を自らの手で殺めた、とか……。
「はい……。アルフィーナ様がいつティルノ・クルンへ入られたのかわかりかねますが、青枝のクロムス・アズィエル様の情報は得ておられますか?」
「噂話を聞いた程度だ。亜人種に対する救済措置を検討していたとかなんとか。その程度だが」
「その通りです……。ただ……、付け加えさせて頂くなら、今現在のクロムス様の所在が解らないのです……」
「……いつからだ」
「詳細は解りかねます。ただ皆が口々に囁いているのが……」
「……"身内殺しのアガレスが現れてから"か?」
私の言葉に対する返事は得られなかったが、眼前の騎士が俯いた所を見ると間違ってはいないな。
「だいたいの事情は理解できた。……それで、アガレスは今どこにいるんだ?」
「これもクロムス様が関係しているのですが……。クロムス様は青枝としての責務と共に、とある方の護衛をしておられたのです……」
「とある方?」
顔を上げた騎士は、詰め所の出入り口からも見えるティルノフィリス城を見つめる。
「いつからかは私も解らないのですが、城には先祖返りが発現した者が居るとの噂が流れており、クロムス様はその方の護衛をしておられたようなのです……。しかし――」
「行方が解らなくなってしまい、護衛としてこの街にいる最有力者、アガレスが選ばれた、という訳か……」
「……はい」
「話はだいたい解った。後はアガレス本人から話を聞こうと思う。それで――」
<アルフィーナ!!ミコト様の魔力が酷く乱れています!!何者かと戦闘をしている可能性が高いです!!>
アリアの声が脳内で響く。
焦燥感に駆られ、有無を言わせない一方的なものではあったが、声と同時に足元から来る振動と、ティルノフィリス城近くで燃え立つ黒煙。
どんな答えを導き出したかなど、言うまでもない。
「アルフィーナ様?!」
詰め所から飛び出すと同時に、足はなおも連発している地響きと、黒煙へと向かっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
眼前の少年に対し、魔法を何度か行使して感じた事は「深い」だ。
周囲の魔素さえ、その眼で捉えているのか、全ての魔法を回避し続けている。
魔法の範囲に対し、大げさに避けて最小の傷さえ負わないように立ち回っているのは、私が行使した魔法に対し範囲や距離が解らずではなく、別の何かしらの理由があっての事だろう。
まるで今までただの魔法を相手にしてきたのではなく、そこからさらに襲い来る何かに備えてにも見える。
実に理解が「深い」。
世の中には破邪堅装<アーヴェリック>という希少体質を有するお方も居られるが、この少年の眼も何かしらの体質と捉えるべきなのだろうな。
「……興味深い」
自然と「笑み」がこぼれ、考えていた事が口に出る。
戦いの最中であれば、致命的にもなるであろうが、眼前の少年はただこちらを観察しているように見つめるだけで、決して手を出してこなかった。
まるでこちらの出方をただ対処するだけで、決して攻撃には転じない。児戯とすら捉えられているのだろうか。
で、あれば、到底許されるものではないな。
「クリスティア様。私の背後へ」
眼前で繰り広げられていた戦いに、青ざめていた主を背後にかばうようにして、自らが最も得意とする魔法を行使しようとする。
自身の前方に対し多大なる範囲を水魔法で「切断」するものだ。
魔力を練り、空中の魔素に対し範囲を指定する。
すると少年はその範囲から遠ざかり、また範囲を伸ばすと、さらに飛びのく。
実に興味深い。
ここまで魔法戦に長けた者が、城に張り巡らせていた障壁に気付かない訳がなく、それどころか自身が通過したことで霧散した事さえ感じ取ったはず。
それなのにも関わらず、逃げず、ただ私の出方を伺うだけ。
何がしたいのかが解らない。
だが私も眼前の少年に興味が沸いた。
ただ一つ、彼の出方を伺える方法を思いついたのだ。
自身が行使しようとしている魔法の範囲を前方の「全て」を指定する。
少年だけでなく、その背後に遅れてやってきた衛兵も、城壁も、さらにその置くに立つ「街全て」を。
「……ッ!!」
今まで鋭い眼でひたすら私を捉えていた少年が、今はその瞳に怒気を孕み、真っすぐに私に向かって突進してくる。
逃げ切るのではなく、制圧に切り替えたわけだ。
「面白い!!」
なおも放たれた矢のような速さで駆け抜ける少年に魔法を行使――。
「そこまでだ!!双方動くな!!」
聞き覚えのある鋭い声と共に、眼前に迫りくる少年の姿を隠すかのように、大氷壁が現れ、周囲の魔素の動きが「停滞」する。
このまま魔法を行使しても、魔素への伝達が出来ず、失敗に終わる。
氷壁の向こう側の少年がどうしているのかは解らないが、私は声の方向を見ると城壁の上に見知った顔の少女が立っていた。
「アガレス。久しいな」
「これはお久しや。アルフィーナ様、息災でなによりでございます」
その場に膝をつき、騎士礼を執る。
最後に見たのは二年前だった気がする。イリンナにて行われた祭典の時だ。あの時はどこか刃物を思わせるかのような御仁だったが、どうやら「丸く」なられたご様子。
手にはいつも肌身離さず持っておられた銀の風ではなく、白くあまり飾り気は無いがとても美しい両刃の剣を持っている。
この氷壁だけでなく、周囲の魔素が「停滞」する所を見ると、ただの剣ではないのだろう。
「アガレス、すまないがお前が相手にしていた者は私の仲間だ。先刻この街に入ったばかりで、私と共に動くと「目立つ」と思ってな。独自に情報収集のため動かせていた」
「……さようでございましたか。――で、あれば何故我らの姫を攫おうとしたのか、お聞きしたい」
なおも停滞を続ける魔素の中でも、氷壁の向こうに少年の気配を確かに感じ取れ、何か身動きをしようものなら、即座に対応しようと身構えていた。
――、が。
「……すまないが、アイツならもう居ないぞ……?」
「なッ!!」
言葉と共に、氷壁を霧散させるアルフィーナ様。
振り向いた先には、今もなお少年の気配がするのに、そこには「何もない空間」が広がっているだけだった。