承章:第四十八幕:一雫III
承章:第四十八幕:一雫III
冒険者ギルドに併設されているだけはあったようで、出された料理は確かに美味しかった。
アルフィーナも言っていた通り、内海を通っての各都市への流通を担っているとなると、各宝珠から得られる気候の恩恵を受けて育つからこその珍しい物もこの都市では手が出せるのか、様々な味付けをされており十二分に楽しませてもらった。
二人で食事を終えると、女将さんは本当にお代を受け取ってくれず、その代わりに「滞在中はまたうちで飯を食ってくれればいい」と笑ってくれた。
そして店を出るとき、微かに振り返った視線の先には僕らの食べた後の食器を両手で抱え、下膳する亜人の子が二人居た。
女将さんは二人から食器を受け取ると、二人の頭を撫ぜ、手間賃なのか銭貨を手渡したうえに、まだ湯気が立つ包みを渡していた。
その様子を見られた事が恥ずかしかったのか、女将さんが僕の視線に気づくと「客の残したあまりもんさね!」と大声を上げたが、いつの間にか振り返っていたアルフィーナもその様子を見ており、
「あまりものから、あの湯気は出ないと思うんだがな」
と苦笑しつつ、二人で店を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
店を出てから感じるのはやはりというか、鼻腔をくすぐる潮風の香りだ。
店内にもある程度入っては来ていたが、すぐ近くに海水路があれば、より強く感じるものだ。
「さて、本来なら何かしらの事前情報を持っておくべきなのだろうが、生憎と全く無い。だが情報収集しようにも、ここでは私という存在が足手まといになりかねん」
「かと言って、僕一人で出歩けるものでも無いだろう?」
「確かにな……。こういう時、ディーネが居てくれれば、情報収集を任せるんだがな」
「さすがにあの状態で仕事をさせるのは無理がある気がするんだけど……」
「いや、ディーネには快復してからで良いからと、別件を頼んだ。ココ(冒険者ギルド)での用向きだ。さして手間も掛からんだろうし、他都市要素の強いこの街であれば、リンファ族の容姿でも驚く者も少ないさ」
確かに、アスール村でも、アプリールでもディーネが歩くたびに視線が彼女を向いていた気がするが、この街に来てからは背負われていたことに対する視線以外に彼女を捉えるものはなかったように感じる。
「あれはお前の事に関しては箍が外れやすいが、それさえなければ常識人の部類だろうしな」
「そのディーネに頼んだっていう別件っていうのは?」
「ちょっとした情報収集と、手ごろな依頼を見つけてもらいたいことだ。私や、ディーネはシグンがあるから旅費が必要ないに等しくても、ミコトは違うからな。何か手軽で稼げるものがあれば一番だと思ったんだよ」
なんだろう。一抹の不安を抱いてしまったわけで……。「あの」ディーネが僕らの中では「常識人の部類」であるのは理解しているけど、何故か取り返しのつかない「何か」に発展しそうな気がする……。
「今の顔を見ただけで、何を想像したのかだいたいわかったが、あれもそう何度も主たるお前に恥を掻かせたりはしないだろうさ」
「そうだと良いんだけど……」
「情報収集の話しに戻ろう。私は今から金華の詰め所に行こうと考えている。銀旋は歓迎されないが、金華はまだこの都市に常駐を許されている。知り合いがいないか顔を出すつもりだ」
「付いていけばいいのか?」
「そうだな……」と腕を組みいつもの眉間の皺が少し深くなってから、頭を振る。
「いや、別行動をしよう。過去のお前の言動から、私という枠組みが無い方が良い働きをしそうだから。――ただ……そうだな。面倒ごとに巻き込まれたくないのなら、双頬の烙印は隠して行動しろ」
そういうと自分たちが出てきたギルドの出入り口を指し示すアルフィーナ。
「アプリールのギルドでも同じことがあっただろう?あれがこの世界の常識だ。お前がその紋に誇りを持っているのなら、なおの事使い時を間違えるな」
「それだけだ」と口にすると、静かに歩き出し、目立っていた銀髪もやがて人ごみに消えていった。
一人になってから改めて周囲を見ると、常に雪が降っていたアプリールとの気候の差で軽装な者が多いが、行き交う人々の顔はアプリールとの大差なく、実に活気に溢れている。
同時に時折見かける「亜人」の姿もアプリールとの大差がない。
いや、今となっては「前の」アプリールと、と明確に別ける必要があるのかもしれない。
少なくとも彼の街では、リュスの計らいにより少しずつではあるものの、亜人に対する偏見を取り除こうと動き始め、一歩ずつでも前に進み始めた。
いずれは他の都市へも少しずつ波及していけばいいな、などと考え、都市中央にそびえ立つティルフィリス城を見上げる。
大氷石の上に建っていたアリアーゼ城も立派だったが、眼前のティルノフィリス城も立派なものだ。
「……ん?」
見上げた城の極一部に違和感を感じ、「目を凝らす」。
開け放たれた窓からカーテンが風に乗り舞っている。その窓に無数の精霊が集まり、光の塊になっていた。
精霊の眼を借りて、何のために大きな塊となるほど集まっているのか確認すると、集まっていた精霊は部屋の中にいる、一人の少女を見つめていた。
歳はアルフィーナと同じくらいだろうか。髪はこの都市から見上げる空と同じ色で長い。瞳の色は深い青。どこか物憂さげに窓辺に立っている。
気になるのは髪に隠れているのか、耳は見えなかったが本来なら耳がある付け根あたりから後頭部へと延びる左右一対の細い角のような物だ。また首筋や手首から見える一部の肌には髪の色と同じ、鱗のようなものまで確認できる。
少なくとも「人」には見えず、その容姿は間違いなく「亜人」のそれだろうが、種族までは解らなかった。
そこまで考えた時には既に足が動いていた。
少女が急にふらつき、窓辺に手を置いたからだ。
なおも体がゆっくりと左右に小さく揺れ、瞼もゆっくりと閉ざされていく。
僕は走りながら両の頬の烙印を幻術を用い隠す。街中を走っているだけで目立つのに、これ以上目を引きたくなかった。
本来なら上着に備え付けのフードをかぶるが、生憎と洗濯に出したばかり身に纏っていたのはただの部屋着だ。
ティルフィリス城を囲う城壁にたどり着いたと同時に部屋にいた少女が窓の外へ身を傾け始める。
周囲にいた精霊を用い、彼女の身体を固定しようとしたが、何故か霧散するだけで、効力を発揮しない。
ここまで来ておきながら、城壁を飛び越えて良い物か思案していると、ついに少女の身体が開け放たれた窓から落ちてくる。
完全に意識を失っているようで、四肢が動いたりせず、重力に逆らったりもしない。落下前に行った精霊を用いた拘束術も全く意味をなさない。
それから来る焦りからだろう。気が付いたら城壁を飛び越えていた。飛び越えた最、極薄のガラスの層を通過したような感触にとらわれ、「何かが割れた」というものを直観的に感じたがそれよりも尚を落ちてくる少女の落下地点へ急行した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……何か来たな」
「アガレス様?」
城に張り巡らせていた魔力障壁が一瞬で霧散した。
城壁外からの魔法攻撃や外敵の侵入を報せるものでもあるが、霧散することなどない。
執務室で座し、手元の書類を確認していたが、腰を上げる。
「どちらへ行かれるのですか?」
「城に張り巡らせていた障壁が霧散した。何か、或いは何者かによる攻撃の可能性がある。ある一か所から城内へ抜けるように消えた感覚だったからな。念のために確認してくる」
背後に控えていた一人の女性、メアが一歩前に歩を進める。
「同行いたします」
「不要だ。お前はクリスティア様の容態を確認してこい。――私は……」
口を閉ざす。そこから先は、他者には見せてはいけない「部分」だ。
「行け。障壁の確認は私が行う」
「はい。お気を付けください」
城内から外へ出て、障壁が破れた場所に歩を進める。
道中警備の者や、給仕の者とすれ違うたびに「何かあったのですか?」と問われるが、すべてに「問題ない。私事だ」と告げ離れる。
普段から城壁の中に居るものとして、日々自らを守っている魔力障壁が霧散したにも関わらず、それを感じる事すら出来ていない事を嘆くべきか、些細な変化に気づけるよう、周りの者を鍛えるべきか。
そんな事を考えているうちに、現場へ着いた。
クリスティア様の部屋の真下に位置し、庭園が広がっている場所だ。
花壇には色とりどりの花が咲き、女給の者からも人気が高い場所として覚えている。
そこに、「何か」が居た。黒い短髪の少年。齢十四、十五前後だろうか。幼い子供にしかみえないが、身から溢れる魔力の質は「人ではない」。一言で例えるなら「異質」。
どういう状況なのか理解が追い付かないが、その両腕にはクリスティア様を抱き、当の本人は気を失っている。
私と少年の目が合い、お互いの出方を伺っているのか、身構えるが直後クリスティア様が気を取り戻したのか、少年の手から逃げるようにして立ち上がり、声を張り上げる。
「何をしている「アガレス」!!賊だ!排斥しろ!」
怒気を宿し、鋭い瞳で「賊」を見下し、命を下すクリスティア様。
私は微かに自らの頬が吊り上がったの自覚して、両の手のひらに魔法を展開する。
命に従うために。
2週間に1話、アップできるよう、、、がんがる!(´;ω;`)




