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承章:第四十七幕:一雫II

承章:第四十七幕:一雫II


 ティルノ・クルン都市内部にある冒険者ギルドの近くで宿を取ったが、道中すれ違う人からは奇異の目で見られ、宿屋の主人からは「部屋に行く前に着替えてくれ」と鼻を抑えながら言われた。

 一度盛大にリバースしたはずなのに、背中のゾンビはなおも魘されており、会話すらままならなくなっていたが、アルフィーナに預けギルドの練習場近くに備え付けの井戸へと案内され、武具を脱ぎ捨てて、清拭をすます。

 余談ではあるが、この世界で「風呂」はあまり一般的ではなく、どちらかといえば井戸の水で身綺麗にするくらいらしい。一部の金持ちや、家そのものに風呂がある場合も、湯の準備や手間を考えて、あまり使われていない。

 ここから考えると、小さいながらも木風呂があったイダさんの家での生活は風呂文化が根強い日本で育った身としてはありがたかった。


 吐しゃ物にまみれた服を綺麗に洗ってから、荷物の中から替えの衣類を取り出し身に着けてからギルドへと戻ると、アプリールにあったギルド同様に同じ建物内にある酒場で、軽装となったアルフィーナが待っていた。

 彼女と目が合うと、「こっちだ」と手招きをされるが、近くにディーネの姿はなく、代わりに周囲の冒険者達からの視線が僕をとらえると、舌打ちをするか、気を害されたかのように乱雑に会計を済ませギルドから出ていく。

 その様子を見ていたアルフィーナは苦笑するだけだった。


「ふっ。助かるよ。これなら混んだ酒場でもお前が居るとたいして待たずに済みそうだ」

「人を何だと思ってるんだ」

「そうだな。穂に群がる鳥を追い払うカカシと言ったところか」

「ま、「この顔」で役に立てたのなら良いさ……。ディーネの様子は?」

「身綺麗にしてやってから、部屋のベッドに投げてきたさ。魘されては居たが、もう胃の中には何もないだろうさ。フフ、災難だったな」

「そう言ってくれるのなら最初からディーネをからかうなよ……。――で、これからどうするんだ?」


 アルフィーナの向かいに腰掛け、持っていた荷物を床におろすとギルド員の下働きなのか、粗野な服を身に着けた兎人族<ラヴィテイル>の女の子が近づいてきて何も言わずに近くで立っていた。

 意味が解らず少女を見つめていると、向かいのアルフィーナが手荷物から結晶貨を取り出し、少女へ投げると受け取った。

 

「隣にある、「水鱗亭」に泊まっているアルフィーナだ。急がなくて良いから、丁寧に。香油も使ってくれ」


 手の中にある結晶貨の価値をしっていたのか、少女が何度もアルフィーナへお辞儀をしてから、僕の衣類の入った桶を回収してどこかへ去っていった。


「本当に何も知らないんだな。どの都市にもある程度居るものだが、貧しい者はああやって日銭を稼ぐのさ。……まぁ、多くはお前の想像通り「亜人」だがな」

「……親は?」

「居る者もいれば、居ない者も居るさ。今のは身に着けていた衣類は粗野だったが、身綺麗だったからな。貧しくはあるだろうが、親は居るんじゃないか?」


 言われ、周囲を伺うと、さっきの少女よりも粗野な衣類を纏っているどころか、頬が痩せこけている子も居る。

 多少の違いはあれど、皆「亜人」であり、酷い者は床に寝そべり、静かに息をしているだけだった。


「ああいった子らを救済する措置とかは無いのか?」

「無い――」


 アルフィーナはあまり興味も示していない様子だった。


「――こともない、が。あの子たちには「生まれた時点」でその措置の範囲外だ」

「亜人だから、か?」

「……あぁ」

 

 アスール村とは全く違う風景を目の当たりにして、最初に思ったのは騎士団をはじめ亜人たちに適職へと斡旋したリュスについてだった。

 出会いと、経緯はあれど、あいつは良い方に変わってくれた。それがどれだけ周りから奇異の目で見られるかは、現状を見れば明らかで、感謝の念を抱く。


「あまり見た目は良くないかもしれないけどねぇ、一応店が閉まったら残った飯をめぐんでやったりしてるさ……。亜人の子とはいえ昨日まで居た子が居なくなってると心配もするさ。中にゃ進んで下膳を手伝ってくれる子も居るからね」

 

 子供たちを見つめていると、いつのまにか恰幅の良いエプロン姿の中年女性がテーブルの近くに立っていた。

 アルフィーナも声の主に振り替える。 


「ここ最近、増えていたりするのか?」

「いいや、「変わらず」かね……。少し前に青枝のクロムス様が亜人貧者を対象にした救済措置を検討していたはずだけどねぇ……。ここ最近その話が進んだって噂は聞かないね」


 青枝。ビルクァスさんや、リュス同様に各都市に安置されている宝珠に選ばれた人たちで、七人纏めて七枝。一人を指す際は宝珠の色に枝を付け、呼ばれている。


「青枝、クロムス・アズィエル殿か……。五十半ばと聞いたが、身体でも悪くしたのか?」

「いんや、そんな話も聞かないね。……それどころか、「なんの噂」も聞かないのさ。あたしゃ結構耳が良い方だし、ギルド員や荒くれ共から話を聞いたりするけど、ここ最近クロムス様の話題はとんと上がらないね」


 話の成り行きに耳を傾けていると、女将さん?が僕を見つめ、苦笑した。


「魔族<アンプラ>を奴隷にして連れまわすような人だ。あんたもクロムス様のように亜人をなんとかしたいって思ってんじゃないのかい?」

「悪いがこいつは「人」だよ。頬の紋<ウィスパ>は烙印だ」


 アルフィーナの言葉に驚きを隠さず再び僕をみつめ、困惑している女将さん。


「な、なんだってそんな紛らわしい所に印を刻んだんだい?!あ、いや!そんなことよりも、悪かったよ……勝手に魔族だと思っちまって……」

「いえ、気にしていません。烙印を刻む場所も自ら選んで、アルフィーナにも「本気か?」と何度も問われましたから」

「……すまなかったね。あたしゃただ、やっすいメニュー頼んで長居するやつをおっぱらってもらって清々してたんだよ……、それを伝えたかったってのもあったんだけどね……」


 「それにしても……ふむ」と続け、僕をじろじろと品定めをするかのように、見てくる。


「なるほどね。たしかに耳介が「人」のそれだね。……悪かったよ。詫びにうちの一番のオススメ、食っていっとくれ。もちろんお代はいいよ」


 そういってからもう一度「すまなかったね」と続け、離れていく女将さん。

 

「噂がなくなった、ってのはもうこの都市に居ないってことか?」

「いや……、ビルクァス殿は希少な例だと思ったほうが良い。本来ならリュスのように、宝珠に選ばれた人間はその都市に居座り、宝珠の状況を常に確認する必要がある」

「……、良いのか……、その、今はアルフィーナが「白枝」なんだろう?」


 そう良い彼女の左手の白い指輪を見つめる。


「枝となった人間が宝珠の近くにいるのは、暴走に際し最も早く行動するためだ。お前も知っての通り、白宝<アリア>の暴走はつい先日。ビルクァス殿の赤宝<ベルク>に至っては五年前で最近の話だからな。近日中に暴走するようなことは無いだろう」

<アルフィーナの言う通りです。ミコトさんの対処のおかげで、私<アリア>はもう暴走の可能性すらないと感じています……。ただ――>

「魔族<アンプラ>の存在、ですか……?」

<はい。暴走を終えてからお話した通り、彼の者ヴェザリアが私に何をしたのかが解らないのです……。いつの間にか本体の私から切り離されて、戻れずいたのです……。私の予想ではあと数年は暴走の兆候は無かったと思うのですが……>


 姿は見えないが、アリアさんの声が聞こえ、返事を返す。むろん、アルフィーナにも聞こえていたのだろう。ヴェザリアの名を聞いて、眉間にいつも以上に深いしわが出来ている。

 初めてアリアさんと遭遇した、リュスの執務室で彼女から受けたジェスチャーは、彼女なりに「(顔の作りが)似た人が(本体の所に)来た」と説明をしていた「らしい」。

 「らしい」というのは確実性が無いためだ。なんでも同じ姿形をしているが、暴走前に本体の宝珠の所へ運んで消えたアリアさんと、時折姿を見せ、アルフィーナに仕えているアリアさんは「別個体」という認識らしく、その時の記憶があまりないそうだ。

 本来なら記憶を維持していてもおかしくはないが、本体から切り離されていたせいか、そのあたりが曖昧になっているとのこと。


「次に会う時に口が利けるほど手加減できるとは限らんがな」


 モモを筆頭に、アルカ姉妹、ルミアさんの四人とはある程度気心しれた仲にはなっても、アルフィーナにとって魔族を恨み始めた原因ともいえるヴェザリアに限った話で言えば許すことなど到底できないんだろうな。


「何辛気臭い顔してんだい。ほら、うちのおすすめさ。たんと食いな」


 そういい二つの定食を持ち戻ってきた女将さん。

 眼前に差し出された料理のほとんどは魚介メインだったが、かなり美味そうだった。


「あれこれと悩んだってしかたない。食べたら街を一回りしよう」

「わかったよ」


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