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幕間:白魔と赤枝と最初の一歩と

幕間:白魔と赤枝と最初の一歩と


 非番ではあるものの、自然と足が村中央へと動き、周囲の表情を伺ったりするのは、最早職業病なのだろうか?

 誰か困ってはいやしないか、誰か事件に巻き込まれていやしないか、気が付けばそんなことばかり考えてしまい、いつも村中央の近くのベンチに腰掛け行き交う人を見つめてしまう。

 何かしらの問題が生じた時すぐに駆け付けられるように、どこへ行くにも便利な中央広場は陽が昇っている時はいつだって人が……いや、「亜人」がたくさんいる。

 私という存在に気付き、軽く会釈をしてくれる者もいれば、微かに目を伏せそそくさと歩速を速める者も居る。そういった者たちは、まだアスール村へ来て人の浅い者達だったが、その者らはきっと時間が解決してくれるはずだ。

 

 本日は晴天。見上げた空は雲一つなく、頬を撫ぜる風は先日暴走したと聞く、白宝<アリア>の魔力を纏い微かに冷たくはあるものの、決して寒くは感じない。

 旅をするには実に快適な気候に、この村から旅立っていった者たちへ幸多からん事を願うと、ふと視界のすみに両手に荷物を下げ、なおも荷物を抱え歩き前が見えていないのか時々ふらついている者を見つけた。

 

 非番ではあるものの、こういう事に迅速に対応したいがための村内での息抜きだ。

 ベンチに根を下ろす前に立ち上がれた事を幸運に思うように腰をあげ、なおも揺れつつそれでいて確かに前に進んでいる者へ歩を進める。


「手伝おう。一人で持ち運ぶには限界があるだろう」


 そう声をかけ、荷物の持ち主の顔を確認するように覗き込むと、そこには白髪と白い紋<ウィスパ>が特徴的な女性が居た。

 名はルミア。剣姫殿が身請けを行った四人の魔族<アンプラ>のうちの一人だ。

 耳に入った言葉の意味を整理、理解し、独学でこちらの言語を学んだと聞いている。

 苦手、という訳ではないのだが、どうしてもかつての大戦で矛を交えていた者たちだと知ると、微かに身構えてしまう。


「ビル、クァス様?」

「あぁ。……だが、私に「様」は不要だ。屋敷の買い出しであろう?……なぜ一人でこの量を頼まれたのだ?」


 回復しつつあるとはいえ、細腕二本で持ち運べる量の限界を超えている。

 ニナ様の屋敷に居る者たちが、同じ境遇の者を冷遇するとは思えんのだが、念のために確認が必要か?


「あ、いえ、先ほどまでミルフィール様と、一緒に運んで、いたですが……、突然何かを思い出したかのように、走り出されて」


 あぁ、と察する。

 獣人種にとって、何を置いても優先する事は己が定めた「主」についてだろう。特にあの娘にとってのミコト君はただの「主」には到底収まらない。

 であれば、この魔族への配慮を一時的に欠いても仕方のないことだ。


「私が代わりに謝罪しよう。あの娘はどうも、彼の騎士殿の事になると、周りが見えなくなるようでな」

「存じて、おります。アルノと、アルカも、そうです、から」


 あの姉妹の記憶は新しい。

 旅に同道する条件として提示された「アルフィーナに一本入れる事」を毎日のように挑んでは、返り討ちにあっていた。

 終盤には、姉妹は回復途中ではあるものの「本気」で挑んでいるように見えたが、剣姫殿は軽くあしらっているようだった。

 それも、まぁミコト君から剣姫殿に「絶対的な力の差をもって、負かしてほしい」と言われていたのもあるだろうが、剣姫殿も剣を交えるうちに彼女たちの未来を思ってか、表情が明るくなっていたのは見て取れた。

 この村へ来た時の、いつ消え逝ってもおかしくない儚さなど、あの姉妹からはとうに無くなっていたのだから。


「事情は察した。屋敷まで運ぶのを手伝おう」

「い、いえ!ビルクァス様の、お手を、煩わせる訳には!」

「問題ない。ちょうど屋敷への用向きもあった。……それと、「様」は不要だ」


 勿論、用向きなどない。が、この手合いは適当な理由をつけねば、手を貸す事さえ拒まれてしまう。この村に来た時はほぼ全員が「そうだった」のだが、それも最近は成りを潜めたと思っていたのだがな。

 久しくこの対応を用いたな、と自然を笑みがこぼれる。


「……ごめん、なさい」


 半ば強引に両手では抱えきれない荷物を奪うようにして右腕で持つと、微かに「謝罪」の言葉が耳に届いた。

 ニナ様からは「ルミアからの願いとして、「言葉を間違えた時は指摘ほしい」」と言われていたが、果たして今の会話は指摘すべきなのか、と考える。

 手伝いに応じた者へ、「すみません」や「ごめんなさい」と言うのは間違っては居ない気がする。が、満点の回答なのか、と考えると「違う」気もする。

 この場合に、彼女が口にすべき言葉はきっと。


「こういう時は「ありがとう<スェミィ>」と口にすると良いだろう。謝罪されるよりも、謝意を伝えてもらった方が嬉しいだろう?」


 それに――、


「もう貴女はこの村に住まう者だ。皆にとって家族のような者なのだ。……後ろを振り返ってみたまえ」


 言われたことに疑問を感じたのか、眼前の魔族の少女は後ろを振り返ると、幾人もの亜人種が心配そうに見つめていたのに気づき、視線が合うと逸らされてしまう。


「手伝いを申し出て良いのか迷っていたのだよ。皆が、だ。……苦難へ一人で立ち向かう様は皆がしかと見ていた。それでもなお、自らにとって苦難であるのなら、声に出したまえ。ここに住まう皆は、きっと君の声に駆け付ける。これはこの村を代表して、声を大にして誓おう」


 自然と空いている左手が彼女の頭へと動き、柔らかい髪質の頭を撫ぜていた。


「もう誰も、君を「無視」したりはしないし、弱い姿を見せたからといって「暴力」も振るわない。怖くとも、恐れずに、まずは「その一歩を踏み出したまえ」」


 いつの間にか彼女の足先には「雫」でも垂れたのだろう。小さな染みができていたが、気づかないふりをして頭を撫ぜ続けた。


 その左手の人差し指から、柘榴色の石が添えられた溶鉄色の指輪が赤く輝く光となり風に乗って消える、その時まで。

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