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幕間:灰狼と新たな騎士団

幕間:灰狼と新たな騎士団



 兄さんが旅立ちました。二日目にしてディーネ様が体調が優れないとの事で、帰ってきましたが理由は話してもらえませんでした。きっとどんぐりでも拾い食いしたのでしょう。

 兄さんがアプリールから帰ってきた時に、いずれはアルフィーナ様の旅に同行すると聞いていたのですが、いざ出かける喪失感が凄いです。

 正直、一緒に行きたかったですが、ディーネ様に実力不足から「今はまだダメ」と同行を許してもらえず、兄さんからも「ニナさんの事をお願いします」と言われてしまいました。

 以前の私であれば、ニナ様の傍に残る事になんの躊躇いもなかったのでしょうが、何故か今回は気が付いたら「一緒に行きたいです」と兄さんに口にしていました。

 

 兄さんと出会ってから、私の中で何かが変わったんだと思います。


「ミルフィール様?……御身体でも、悪いのですか?」


 少し変わった問いかけに我に返ると、自身が買い出し中だった事を思い出し、隣で荷物を持ってくれているルミアさんへと視線を向けます。


「今の会話は、「悪い」ではなく「優れない」と問うのが良いですね」


 と、今の発言についてダメ出しを行うと、何かに気付いたかのように、数度頷かれる。

 アルフィーナ様がアプリールの奴隷商より買い、兄さんと共にアスール村へとやってきた魔族<アンプラ>です。

 白い髪に、白い紋<ウィスパ>。体つきも華奢で、一緒にアスール村にやってきた、群青姉妹とは大違いです。


 そうです!あの群青姉妹です!姉のアルノさんと、妹のアルカさんです!


 兄さんから、名をもらったからと言って、兄さんに仕えたいなどと言い放ち、あまつさえ「ご主人様」と呼び慕い、まるで専属の使用人の如き動きを!

 兄さんも兄さんでまんざらでもないのか、「ご主人様」と初めて呼ばれた時に明らかに喜んでいました!


 許せない大罪です!えぇ!


「あ、あの、ミルフィール様……?て、手荷物、もう少し持ちましょう、か?」

「え!あ、いや!ち、違うんです!……ちょっと考えごとを……」


 いけません。まだこの村で生活を始めて少ししか経っていないルミアさんを不安にさせてしまいました。

 ルミアさんはアスール村に来てからというもの、ニナ様の傍仕えとしての仕事をこなし始め、今では私が指導係を任されています。

 優しくて視野が広く、よく気が付き、家事がうまい。まさに理想の「お姉さん」といった感じです。

 ファッゾさんの果実屋で生活を始めたモモさんも、ルミアさんにまるで母か姉にやるかのように甘えているような場を目にします。

 

「ミコト様が心配、ですか?」

「……わかりますか?」

「えぇ…、その、アルノとアルカも何かに取り憑かれたかのように、鍛錬をしていまして……。ガルム様より「あまり無茶をしないように見張っていてくれ」と言われました」


 あの群青姉妹も兄さんの旅に同行を志願しましたが、アルフィーナ様との模擬戦で一本取れれば、との条件を兄さんから出され、一行が旅立つ直前まで何度も挑み返り討ちにあっていました。

 まだ二人とも本調子でない事は誰の目から見ても明らかでしたが、アルフィーナ様に挑んでいた様はまるで鬼神の如き動きで、たぶんビルクァスさんより強い気がします。

 そんな二人ですが、今はガルムさんの元、「火鳥の溶鉄」の工房に間借りしており、どちらかは鍛錬を、どちらかは「兎のしっぽ亭」で給仕をと交互に働いています。


 アルフィーナ様が旅立たれた以上、もう挑む事は出来ないとわかっても、鍛錬を続け――。


「ッ!!ルミアさん!今二人はどこに居るんですか?!」

「ど、どうなされたんですか急に……?」

「お願いしたい事があるんです!!」

「え……、今日はアルノがしっぽ亭に居た、ので、アルカは部屋か外で鍛錬だと思います……」


 言われるや否や、手に持っていた荷物をそっと地面におろし、気が付いたころには走り出していました。

 目的地は言われるまでもなく、群青姉妹の元へ、です。


「……え、えっと……」


 一人では到底抱えきれない荷物を前に、走り去るミルフィールの小さくなる背中をみて、茫然とするルミアを残して。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「アルカさん!」


 魔王城こと、「うさぎのしっぽ亭」の隣にある鍛冶工房、「火鳥の溶鉄」の主ガルムさんへの挨拶もせずに工房の奥へと足を進め、アルカさんの部屋へ突入します。


 ノック?そんな物はしていません!そんなことよりも!


「お静かに願います、ミルフィール様。今、寝付かれたところなのです」


 そう言い、ベッドで横になっているモモさんに掛物をしているアルカさん。

 左肩から先が義手なのに、その動きは指先までしっかりと力が入っています。


「先ほどまで何やら鼻歌交じりに絵を描いておられたのですが、眠くなったと言われて、この通りです」


 苦笑交じりに振り替えったアルカさんは、姉のアルノさんよりも、物腰やわらかというか、どことなくルミアさんと同じ雰囲気を纏っています。

 部屋の中央にあったテーブルには粗悪な羊皮紙に、何やら図のようなものが描かれています。

 三日月が一つに、赤い弓。交わる矢と白い剣。そしてそれらを受け止めるかのように描かれる、鳳仙花の種に似たような藍色の「紋<ウィスパ>」。


 それはまるで――って、そうじゃありません!


「アルカさん!さては兄さん達の後を追うつもりですね?!」

「おや?姉さんが話したのですか?」

「違います!アルフィーナ様に挑めなくなったというのに、未だに鍛錬を続けていると聞いて、「もしや」と思ったんです!」


 なおも怒声を張り上げる私に、ベッドで横になっていたモモさんが微かに呻かれます。

 その様子を見て、アルカさんが義手の人差し指をたて、己の唇の前に持ってきます。


「す、すみません……」


 モモさんを起こすまいと声音を落とし、謝罪をするとほほ笑まれる。


「いえ。先ほどの問いについてですが、最初は姉と話し合ってそう行動しようとしていたのですが……。今朝、ガルム様よりこの手紙を頂きまして、姉と読んでいるうちの答えが変わりました」

「……手紙、ですか?」


 そういい、ベッドの横に供えられた小棚から一枚の折りたたまれた紙を取り出されます。


「ご主人様から「僕らが居なくなると、二人は無茶をするだろうから、その時に渡してくれ」と言われていたそうです。確かに体力も戻りつつあったので、鍛錬を今まで以上に増やそうと話し合っている時でしたからね……。あの方は何でもお見通しなのですね」

「読ませて頂いても?」

「えぇ、もちろん」


 そういい渡された手紙に目を落とす。

 

『アルノさん、アルカさんへ

 僕らが旅立っていつ、この手紙を受け取るのかは解りませんが、お願いがあります。

 どうか「今は」無理をされず、身体を休め、体力の回復に専念してください。

 そして心身共に回復した暁には、この村を。帰る家が無くなった僕にとって唯一の故郷とも言えるこの村のためにどうか尽力してください。

 貴女方二人を含め、大切な人がたくさん居るこの村を僕が帰ってくるまでどうか守って頂きたいのです。』


 ずるい人だ。

 こんな事を記されては、いくら行動派のアルカさん達だって、追うべきではないと嫌でも理解してしまうはずだ。

 私がどんな顔をしているのかわからなかったが、向かいで優しく微笑むアルカさんを見ると、なんとなく想像がついてしまいます。


「それと、ガルム様より、こちらの手紙を預かっています。「ミルフィがここへ来た時に渡してほしい」とご主人様から預かっていたようです」


 渡された手紙にはまだ真新しい印蝋とインクの匂い。そして微かに心が暖かくなる、そんな好きな香り。

 眼前の姉妹へは「期待」と「願い」を。

 果たして、私へは何を記されているのか、と思うと微かに手が震えている事に気が付きましたが、それでも意を決して封を切ります。

 中から取り出した一枚の羊皮紙を読み進めるうちに、自然と頬に涙が伝っていました。

 

 しばらくして読み終え、私は手紙が痛まないように大切に折りたたみ再びしまうと、印蝋に指を添えニナ様から習った火炎魔術の熱量を調整し再び封をします。

 少しでも長くその手紙に残っている「大好きな人」の匂いがどこへも行かないように、念入りに。

 そして何が記されていたのかは問わず、笑みを濃くしたアルカさんがベッドで寝ているモモさんを撫ぜていました。

 自身の未来に何の不安も抱いていないかのような、幼子の寝息が聞こえ、私は意を決してアルカさんに告げました。


「これを私たちの旗にしましょう!」


 テーブルに置かれた一枚の粗悪な羊皮紙に描かれた紋様を掲げました。

 アルカさんは驚いてはいたものの、私の手紙に何が記されていたのか、察したかのように一度だけ小さく頷き「はい」と返事をしてくれた。


 そして私はこの時気づいていなかったのです。


 私の左手の人差し指に、小さい柘榴石のような色を放ち、鋭く光る石が添えられた溶鉄色の指輪が施されていた事に。

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