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幕間:痛み

幕間:痛み


 アプリールでの式典を終え、アスール村に戻って二日後。

 円燐大陸ブリフォーゲルの東部にあるという、深海都市ティルノ・クルンを目指し旅を始めた。

 アスール村から旅立つ際にミルフィやモモには泣かれはしたが、決して引き留めることはせず、ただ見送ってくれた。

 そしてティルノ・クルンへの道中にある白の森に差し掛かった時、アルフィーナとディーネから、陽が高いというのに野営を伝えられ、今に至る。

 眼前には燃え残った家屋があり、整えられていたはずの薬草の花壇は主が居なくなったせいか、最早雑草しか生え残っていない場となっていた。

 イダさんが好んで使っていたハンモックも地に落ち、もうココにはだれも住んでいない事を物語っていた。

 

「人生の半分も過ごしてないのに、「こっち」の方が「実家」のように感じるよ……」


 失ったものが大きすぎて、あの日から喪失感が無くなってくれない。

 欲しかったものをやっと得たと思ったころには無くなっていた。

 手放すのが嫌で、近くを離れるのが嫌で、無くなるのが嫌で、恐怖を抱いていた所にイダさんから怖がるなと叱責を受けた。


 でも――。


「やっぱり近くを離れるべきじゃなかった……」


 例え本気で戦っても、イダさんやリアには勝てない。

 だから二人を倒せるような存在は居ないと思っていたけど、違った。

 イダさんはティルノ・クルンより発った低位の冒険者に殺され、僕が「狩った」。

 何があったのかなんてわからない。ニナさんにとっても大切な人で、その人を失ったことを思い出したくないのだろう。

 話を詳しくは聞けずじまいだったが、ニナさんからも話を振られなかったから、僕も話題として避けていた。

 

 ただ一つ、ニナさんから遺体はリアが家の裏手に埋めたと聞いたため、自然と足がそこへ向かった。

 

 そこには微かに盛り上がった土と、干からび枯れた一輪の花。

 誰が手向けたのか、なんて考えるまでもない。

 ニナさんもココへはまだ来れていないそうで、近いうちには、と言っていたがきっと僕と一緒で、なかなか認められず、ここへ来るのにまだ時間がかかるだろう。

 となればリアだろう。手向けた花の数を見れば、恐らくは埋めてすぐここを発ち、以後訪れていないんだろうな。

 あのリアが一度しか訪れていないところを見ると、彼女もまた受け止め切れていないのかもしれない。


 祈りでも捧げるべきなのか、それとも謝罪を口にするべきなのか、いや違う、か――。

 

 こういう時、最初に伝えるべきはリアから聞いている。


「……ただいま」


 返事の代わりに聞こえたのは背後からの足音で、顔を上げるとディーネが枯れ枝をわきに抱え、立っていた。


「おかえりなさい、とイニェーダ様がご健在なら返して下さっていたのでしょうね」


 少し心がささくれる。

 決してディーネのせいでも、ましてやアルフィーナのせいでもない。

 

「私では役不足でしたか?」

「……何も言っていないだろう?」

「ミコト様の目はどうやらお口以上にお喋りのようですね。……いえ、失礼しました。私も少し、浅慮でしたね……」


 そういうと懐から一輪の青い花弁の花を取り出し、枯れていた花の近くに添える。

 そして隣で片膝をつき、額に触れてから、己の胸元へ手をもっていき、しばらく祈るようにうつむいていた。

 以前アルフィーナがリュスとの決闘で犠牲になった魔族<アンプラ>への祈りとは違う所作で、しばらく見つめていると、


「――私たちの故郷に伝わる祈りです。死した者へ「貴方との思い出は心と共にある」という意味が込められています。……ミコト様も良ろしければイニェーダ様へ祈ってあげてください」

「……あぁ」


 そう口にして、ディーネ同様に片膝をつき、己の額に触れてから胸元へ手をもっていき、しばし祈る。


 彼女からもらった恩や、思い出、かけられた言葉や、仕草。

 全てが色あせないように、忘れないように。鮮明に思い出しては、頭の中の記憶としてではなく、心の中でも思い描けるように。

 僕がいた色あせた世界から、こっちの世界に来て、得たもの全てにイダが関わっていたような気さえする。

 彼女との出会いがあったからこそ、今の自分があるのは言うまでもないし、多大なる恩のほんの少しでさえ返す事が出来なかった。


 こんな事を言えば、イダはきっと「見返りを求めたわけじゃない」と怒りそうだが、どうやって貴女に報いればいいのか、今更ながらに思い悩む始末だ。


 目を開けた時には、隣にディーネは居らず、自らが思いのほか長く祈っていた事に気づき、それほどイダからもらった思い出が多かったんだな、と自然と笑みがこぼれた。


「しばらくは会えなくなるけど、必ず帰ってくるよ。……行ってきます」


 返事なんて有りはしない。解り切ってる。


 でも心の中では、イダが「いってらっしゃい」とほほ笑んでくれた、そんな気がした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 イダの墓前で祈ってから、アルフィーナ達との野営地に戻ると、すでに食事が始まっていた。

 今日の食事当番は、アルフィーナで、火にかけられていた鍋をかき混ぜていた。

 先に墓前から帰っていたディーネの手には既に椀があり、中にはアルフィーナがよそったのであろう、スープが満たされていた。


「もう良いのか?」


 鍋をかき混ぜていた手を止め、顔をあげたアルフィーナに問われる。


「あぁ。……わざわざありがとう。いろいろと区切りがついたような気がする」

「気にするな。――と、言いたい所ではあるが、礼ならディーネに言え。彼女が発端だ。……私が考え至ったわけじゃない」

「そうだったとしても、いろいろ助かったよ。ありがとう」


 小さく鼻を鳴らして、再び鍋をかき混ぜ始めるアルフィーナ。

 ディーネにも礼を言うべきだとおもい、彼女を見やるが、ふと、違和感を抱いた。


 全く動いていない。


 というよりも、何かこう、ものすごく「希薄」になっている、というか……。


「ディーネ……?」


 声をかけるが、微動だにしない。

 普段の彼女ならありえない事だが、何が原因なのか解らない。


「変な奴だ。さっき私の作ったスープを飲んでから、これだ。微動だにしない」


 ……。

 

 え?


「全く失礼な奴め。食えない物なんて入れてないし、旅に慣れていないであろうミコトのために、味も濃くしたつもりだ。何が不満だって言うんだ……」


 不機嫌そうに、自らの椀によそい、口をつけるアルフィーナ。


「ん。少し味が濃すぎたなかな……?調味料の類は数が限られているし、あまり無駄遣いしたくないから、今後は少し味が薄くなると思えよ。――ほら、ミコトの分だ」


 そういい、別の椀に、「謎の液体」を並々と注いでくれる。

 受け取った自らの手が微かに震えているようにも感じたが、これはきっと、武者震い的な何かだろう。

 断じて毒人参のスープを渡された、ソクラテスのような心境になっている僕が間違っているはず。


 いきなり鼻をつけ、匂いを直で嗅ぐ勇気が持てず、試験管に入った薬品の匂いを嗅ぐかのように、手で仰いでみる。


 ――が。


「ん……?」


 何も感じない。

 見た目、美味そうなミネストローネのような、ソレから、何も匂いを感じなかった。

  

 多少怖くはあったが、鼻に近づけ、直に匂いを嗅ぐと……、


「ミグッ」


 なぜかディーネが一瞬痙攣しただけで、「やはり何も感じない」。

 アルフィーナの言質を信じるのであれば、「味は濃い」との事なので、それなりの匂いにも期待したが、「何も感じない」。

 

 胃を決死て……、じゃない。意をけっして、少しだけ、匙についたスープを舐めるように舌で触る、が。


「ヘゥッ」


 と、ディーネがまた痙攣するだけで、「再三にわたって何も感じない」。


 匂いすら解らず、味すら感じない。そんな自分の変化に驚きを隠せなかったが、自らのポーチから、小さい携帯食料を取り出し匂いをかぐと、はっきりと感じる。

 口に含めば、甘い味が広がり、アスール村で売られている試食で好みの物を買ってきた時のそれだった。


 ますます原因が解らず、少しでもアルフィーナから情報を得ようとする。


「……アルフィーナって料理が上手い……のか?」

「なんだ急に。味が気に入らなかったのか?」

「あ、いや……、気に入るとか気に入らないとかそれ以前の問題、というか……」

「何を言っているんだ……?」

「そ、そうだな、何を言っているんだろう、な……ハハ」

「……そういえば、ザキマ。――、銀旋に居た頃の私の副官だが、あいつと野営をする時は「必ず遠く」にテントを張っていたな……。なんでも、「二人で広範囲を見張るためです」とかなんとか言っていたが……アイツにも今のミコトと同じ質問をされたよ」

「そ、そのザキマ、さんは、アルフィーナの料理を食べたりしなかったのか?」


 きっとアルフィーナの手料理の餌食になりたくなかったから遠くで野営したんだろうな、と思ったが。


「いや、無いな。……そういえば、料理を誰かに振る舞うのは「今日」が初めてだ」


 うん、解った。これは「無味無臭」の「何か」だ。

 口にしちゃいけない気がする。


 アルフィーナの視界から外れ、一瞬の隙をついて、地面に掘った穴に素早く捨てる。

 

 腹は減っていたため、先ほど取り出した携帯食料を食べ、空腹を満たして、野営番のアルフィーナを残し眠りについた。


 


 次の日、目を覚ますと、ディーネが胃の当たりを押さえ、生まれたての子鹿のように震えながら歩いていた。

 昨夜何があったのか聞くと、彼女は短く答えた。


 曰く、味覚のうち「辛味」を感じる部分は「味覚」という認識ではないらしく、「痛覚」になるらしい。

 

 ディーネは野営地から漂う「刺激臭」に異変を感じ、戻ると「その刺激臭を放つ鍋を平然とかき混ぜるアルフィーナ」と出会い、「逃げようとした」が、断り切れずスープをよそわれ、一口で意識を手放したそうな。

 僕が匂いを嗅いだり、舌で舐めた時に「本来感じるはずった「痛み」」をディーネが肩代わりしていたため、身体が反応していたとのこと。


 

 この日を境に、僕とディーネの共通認識として、「アルフィーナに料理をさせるな」という結論へと至った。


 ちなみに、ディーネの容態が芳しくなく、旅に出た次の日にアスール村へと帰ってくるという事態に、関係者みなが首を傾げたのは言うまでもない。  

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