承章:第四十四幕:名誉と旅立ちIV
承章:第四十四幕:名誉と旅立ちIV
アスール村よりも遥かに整った通りを歩きながら、あの日に起きた事を思い出していると、隣を歩くディーネが肩を小突いてくる。
「もしかしてあの日のやり取りでも思い出しておられましたか?」
「よく解ったね。いや、我ながら本当によく無事だったなぁ、と」
「イニェーダ様や、フェリア様から教わって居られた技術があってなおの、多大な幸運に恵まれた。そうお考え頂ければ私の心労、少しはご理解いただけますか?」
「その程度で止まるものか、と言えるのは命を懸けていないから、なんだろうな。心中お察しするよ」
「さっきも言ったけど、今後は……控えるよ?……たぶん」
「……今はその言葉を信じます」
苦笑しつつも、どこか誇らしげに語るアルフィーナに、表情は伺えずとも心から心配してくれているのであろうディーネ。
正直、同じような場面に出くわしたら、と思うと自らがどう行動を取るのかが解らない。
助かるかもしれない命があり、それを救えるのが僕しかいなかった場合。その時はたぶん、「同じ」行動を取るんだろうな。
イダに救われ、技術を教わり、それを行使することで誰かが助かる。
そうしていればイダの存在を身近に感じられる。そんな気がする。
ディーネはその事に気付いているのかもしれない。だからこそ、強引に止められずにいる。
「……甘えてばかりだな」
「ん?何がだ?」
「あ、いや、何でもないよ。少し考え事をしてただけ」
「なら、良いが……。っと――、着いたぞ。リュスからの手紙ではここを曲がったところにある広場だと聞いていたが……」
考えていた事を一旦、保留にし顔を上げアルフィーナの言う通路の曲がった先の広場を見ると、そこには未だ建材が積まれてはいても一区画に多くの青白い騎士甲冑を纏った人たちで埋め尽くされていた。
そして、僕たちが視界に入ると、その一団が二つに分かれ、通路の生じた方へ向きを変える。
「捧げぇーッ、剣!」
続けて、聞き覚えのある声で号令が掛かると、一団の全員が腰につっていた鞘から剣を抜き放ち、眼前にて両手で構える。
「なんだ、洒落た事をするんだな。ならばココは我らも倣うべきか?」
「ふふ、その案。乗りました」
どうにも僕の連れはこの乗りについていけているらしく、アルフィーナは顕現させた白い剣を抜き放ち、他の騎士たち同様に眼前にて両手で構える。
ディーネはと言えば、付き人が主が進むべき道を示すかのように左手を胸にあて、右手で騎士団の分かたれた通路を指し示し深く一礼。
「今日の主役は誰が何といっても、ミコト。お前だからな、如何に我らと言えどこれ以上の同道をするほど野暮じゃないさ」
「そうですね。これもすべて自らが招いた結果なのですから、その全てにご自身で責任を取っていただける事でしょう」
ダメだ、当てにできないというか完全に悪乗りしている。
「ほら、早く行ってやれ。あれでもこの騎士団の長なんだ。格好つけさせてやるのも、「友」の役目ではないか?」
アルフィーナが言いつつ顎で指示した先には地面より一段高いステージが用意されており、そこには騎士甲冑を身に纏うリュスが微笑み立っていた。
「……「友」だと思った事は一度もないけど?」
「そう言ってやるな。あれはお前のお陰でつまらんプライドの置き場を矯正できたんだ。誰が何といっても、お前を生涯の「友」だと思っている事だろうさ。……ほら、見てみろ」
続けざまに顎で指示された先は、二つに分かれた騎士団の片割れだった。
そこには確かに「人」に非ざる体格をしている者がおり、その者も他の騎士団員と同じように剣を眼前にて構えていた。
決して多くはないが、少なすぎるわけでもない。中には過去詰め所で下働きをしていたドゥーギーの姿もあり、目が合うとほんの僅かに頭を下げられる。
「これらはすべてお前のやったことだ。……ほら、あまり待たせてやるな」
アルフィーナの言葉に重い溜息と、足取りで静かにリュスへと歩を進めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『雪原都市アプリールに住まう多くの民よ。しばしの間、手を止め空を見上げて頂きたい』
一歩、また一歩と新たな「騎士」が私の方へ歩み始めると同時に、私は拡声魔法を用い、都市全体に聞こえるようにする。
ミゥには私だけでなく、歩み寄る彼が都市上空に映し出されるよう、魔道具を用いさせている。
『今なお復興に多くの者が勤しんでいる中、貴重な時間を割かせている事、悪く思うが皆に知っておいてほしい事がある』
ふふ、歩み寄る彼が上空を見上げ、ため息とともにさらに歩速が遅くなる。
『多くの者が、何故都市が半壊したのか。何故自らが住まう家が崩れたのか。何故見上げた天高くに都市を覆う氷膜ができたか。その全てを疑問に思っただろう。そして同時に「何故助かったのだろうか」と』
『言われるまでもなく、誰しも思い、その都度「違う」と否定し、自らの考え至った応えに「恐怖」を抱いただろう』
『これまで騎士団を率いる者として、多くの者に緘口令を敷いたが、そんなことをせずとも、みなある事件を思い出したはずだ』
『記憶に新しい、炎兵都市アルディニアを一瞬にして灰にしたあの事変を。――、今隠すのをやめよう。此度の一件。我らの都、アプリールにおいても同じことが発生した』
『……では、何故我らは助かったのか。多くの怪我人は出ても、何故「死者」が一人として居ないのか』
『――答えは簡単だ』
彼の歩速に合わせてしゃべっていると、やがて私が立つ段の前まで来ていた。
見るまでもなく、顔は「不満」の一色。
その顔が都市全体に流れているというのに、変わる気配すらない。
『今、私の目の前にいる、「彼」が「それ」をやり遂げたからだ』
『多くの者が見ただろう?大きな地響きと共に、城が建つ大氷石が一瞬で水になった事を。自らの家がたつ氷石が水になったのを』
『だが何れも、倒壊せず「なぜか水の上に家が立ち、城が支えられていた事を」多くの者が目にし、誰しも神の奇跡だと言った』
『……実際はなんてことはない、私の目の前にいる「彼」が、我らの命を、愛すべき家族を、慣れ親しんだ家を守っただけだ』
『見えるだろうか?「彼」の顔が』
そこまで不満を表現できる顔も見事だが、今少し我慢してもらえないものだろうか?
などと思っていると、彼もあきらめたのか、やや凛々しい顔つきへと変わる。
その双頬には群青色の鳳仙花の種に似た模様。紋<ウィスパ>がある。
『……「彼」は「魔族<アンプラ>」だ。かつての大戦で大敗をきし、我らの奴隷のような存在へとなった、「魔族」だ。多くの者がその命になんの価値すら見出す事が出来なかった「魔族」だ』
『私でさえ、皆と同じ思い、考え「だった」。魔族だけでなく、我らの防人として真っ先に侵攻を防いでくれた亜人種でさえ、私にとっては差別の対象「だった」』
『私は「恥じた」。私には「切っ掛け」があったに過ぎなかったが、「彼」と短いながらも肩を並べ事に当たれた。それだけでなく、「生き方」を教わった』
『これは「恩」だ。……今から、私はこの都市に住まう多くの者に切に願いたい事がある』
『「彼」は何ら血の繋がらない我らを「命を賭して」守った。その「恩」を、返すには如何すればいいか』
『「彼」がやってくれたように、多くの「者」に返してほしい。私の言う「者」が誰なのか、それはわからない』
『わからないが、放っておけば塵芥に成り下がるはずだった我らを助けた「彼」にとっての「家族」が誰なのかを思い出してほしい』
『かの大戦において、多くの者が家族を失ったのはわかる。その恨みを全て無くせとは私も言えない。だが、今からは「対等」にしてほしい』
『これがこの都市を預かる、騎士団の長として、この都市に住まうみなに対する「願い」だ。……長い間、聞いてくれた事を感謝する』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さぁ、上がってくれ。君には渡したいものがある」
上空からは未だリュスの声が響き、今の状況が投影されていた。
促されるまま、リュスと同じ段へと昇ると、彼は胸から藍色の菱形の宝石を取り外し、手のひらで転がした。
「これを君に渡そうと思う。徽章、騎士十選代<アルマティカ・ゴウン>である事を示す物だ。これは自らより優れた「騎士」であるものに位を譲ることを許されている」
手のひらに乗っている徽章を、リュスは苦笑しながら見つめていたが、やがて顔をあげた。
「私の所にあったせいで、その価値が腐ってなければいいのだが、これを君に貰ってほしい。都市を、多くの命を救った君の行動は誰が何と言おうと「騎士」のそれだ。……そして私などが言うことではないのだろうが、これからも「君らしく」あってくれ、そうすればきっと徽章も輝きを増すだろう」
リュスの手が伸び、己の胸に徽章が付くと、針で止めてあるわけでもないのに、自然とそこにあるのが当然だという風に留まった。
「……妙に静かだな、何かよからぬ事でも企んでいるんじゃないだろうな?」
リュスからの追撃に肩をすくめる。
「まさかこんな事をしでかすとは思ってなかったからな。何を渡したかったのかは事前に聞いていたから、黙って受け取りもするさ。早く用事を終わらせたいだけだ」
「そうか、それは何よりだ。では、これから次の都市に旅立つのだろう?何か入用なものがあれば準備させるが?」
「いや、必要ないよ。ただ、僕からもリュス――、君に渡したいものがある」
そう言い、みずからの胸に留まっていた徽章を取り、リュス同様に手のひらで転がす。
「これは自らより優れた「騎士」に渡すことを許された徽章だ。君がたったいまこの都市全体に響かせた事。ことを大きくされたことで頭にきたが、君に初めて「感謝の念」を抱いた」
自らの手にある徽章を見つめ、それを掴むとリュスの胸部装甲へと押し当て、元あった位置に徽章を戻す。
「これからは命を「与え続ける者」として、その身に宿しておいてほしい。その方が徽章は輝きを増すはずだ。ただこれだと君は納得しないだろうから、こうしよう。――いつか、僕が困った時は何を置いても最初に駆け付けてほしい」
リュスは最初はきょとんとしていたが、やがて苦笑交じりに目に涙を貯めると、自らも腰につっていた剣を抜き放ち、地面に突き立てると片膝をつき、首を垂れた。
「雪原都市アプリールを代表する一人の騎士として、また騎士を束ねる長として、貴殿の「御印」に誓おう。いつか、貴方が困難に打ちひしがれた時、氷の牙を以って、我ら雪狼がその困難をかみ砕くと」
彼の行動に呼応するかのように騎士団員全員が吠えると、上空からも割れんばかりの声と、都市の至る所から拍手の音が聞こえた。
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