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起章:第十幕:兎のしっぽ亭

起章:第十幕:兎のしっぽ亭



 フェリアさんと別れた後、傷薬を塗りながらどこか休める場所を探していた。特に疲れていた、というわけではないのだが、今後何度も来る事がありそうだったから、拠点になるような場所が欲しかった。

 人が多いのも好きじゃないから、どこか寂れて人気のあまりなさそうな料亭(と言っても、夜は酒場になるらしい)を見つけ入る。中央通りからは一つ離れた道に入り最初にあった店。すぐ隣が火事場のためか、金床に熱した金属でも乗せ叩いているのだろう時折甲高い音が聞こえ、どことなく気に入った。


 別の理由もあって、気になりもした。


 店に入ってすぐ気づいたのは、カウンター席に座っている髭を携え、真昼間からビールのような飲み物をジョッキで頼んでいるドワーフ(?)だった。隻眼なのか、右目には眼帯をしていたが、左目一つで睨まれるも、気にせず店に入り、堂々とドワーフ(?)の隣の席に座る。

 カウンター内には茶髪のウサミミを垂らした(ロップイヤー?)細身の身なりが清潔な男性と、微かに見える厨房内には白髪のピンと立ったウサミミがついた体系からして女性が同じく清潔な身なりで身体を左右にリズミカルに揺らし料理をしており、フライパンで何かを炒めていた。

 ウサミミ男性は、最初こそ目つきが険しかったものの、ドワーフ(?)さんの隣に座ってからは驚いたような表情に変わり、きょとんとしていた。隻眼ドワーフ(?)さんも、さっきまでの眼力はどこへやら、丸い目をさらにむき出し、驚いている様子だった。


 ここは言うしかない。今しかない。


「……マスター、……いつものを……」

「……え、えっと……?」


 うん、だと思ってた。通じないよね。初対面だもん。


 ただ、言ってみたかったんです。高級レストランとか入って、メニュー表片手に「ここからここまで下さい」と一緒で、一生に一度は言ってみたいシリーズ。メニュー表なのだろう、ウサミミ男性の頭上には品書きに、値段が記された木の板が吊るされていた。

 ウサミミ男性(以降、ウサ男さん)は苦笑し、どう対処したものか、と思案している様子だった。そして意を決したのか口を開こうとしたウサ男さんを遮ったのは隣に座っていたドワーフさんだった。


「ガハハ、おいフィリッツ。こいつにも俺の「いつもの」をやってくれ!」

「いや、しかし……。当店は……その」

「気にするな。俺の連れって事だ、そうだろう?」


 言われ、背をドワーフさんの大きい手で叩かれ、衝撃に思わず短い声が出たが、ドワーフさんの顔を見る限り怒ってはいない。


「お邪魔でしたか?」

「気にするな!俺の威圧を受けてなお、堂々と隣に座ってきたのはお前が初めてだ!気にいった!」


 あ、「威圧」してたんですね。すみません、フェリアさんの「威圧」を受けて育っていた分、ライオンと子猫レベルの差があって気づきませんでした……。


「……親方には適いません……。あの、お客様?一応、当店は「人間種」はお断りしています」


 ウサ男さんはどことなく申し訳なさそうに言うが、その表情は嫌で言っているという様子は見受けられなかった。


「はい。看板にも書いてありました。ですが、下の方に「亜種と一緒の来店なら可」とあったので、お隣のドワーフさんの連れという表現を利用しました」

「……お客様は変わっていますね……。普通は嫌がって入店さえされないのですが……」


 そう言い、苦笑しながらカウンターから出てきたウサ男さんは胸に手を当て、お辞儀をしてから手を差し出してくる。


「フィリッツ・アストルと申します。ようこそ、「兎のしっぽ亭」へ」

「ミコト・オオシバと言います。このような失礼な来店をしてすみません」


 椅子から立ち上がり、差し出されている手を握り返し、自己紹介と謝罪を行う。


「いえ、これでミクォト様は私どもにとって大切なお客様です。これからはどうぞ、御一人でもご来店ください」

「ミコトです。ミ・コ・ト。少し発音が難しいですかね?」

「ふむ……ミクォ…、ミ・コ。ミコト、こうですかね?大変申し訳ございません」


 謝罪のため、もう一度お辞儀をしてから、カウンターの中に戻っていくフィリッツさん。


「おい、俺の紹介はしてくれないのか?フィリッツ」

「親方はどうぞご自分でお願いします。一応は親方のお連れ様のようですし?」


 そう小悪魔的な微笑むでドワーフさんに言うフィリッツさん。


「ふん!まあいい。俺はこの村一番の鍛冶屋、ガルム・クォークスだ!この出会いに感謝を!ガハハハハ」


 最初は不満げに言うが、ビールジョッキを高らかに掲げ大声で笑い出すガルムさん。

 

「隣の鍛冶工房の親方さんです。村一番かはわかりかねますが、酒が大好きで真昼間から飲む事を除けば、腕は確かですよ」

「んだと!この前、お前んとこのラスティルが鍋焦がしただけなら、まだいいが、そのまま放置して穴開けて直してくれって言ってきたのは誰だった!仕事にならねぇからって、他の仕事ほっぽりだしてなおしたんだぞ!?」

「はいはい、感謝してますので。だからちゃんとフォローしてるじゃないですか……」


 二人は仲が良いのか、あーでもない、こーでもないと言い合っている様子は友達のように見え、どことなく羨ましかった。


「ちょっと、兄さん。料理仕上がったんだから、取りに来てよ……って、お客ー……さま?」


 奥の厨房から、フィリッツさんの事を「兄」と呼ぶ白髪のウサミミ美女が現れる。

 視線はフィリッツさんを捉えていたが、ガルムさんへと移り、隣にいた僕へとうつり、「人だから、客じゃないのかも?」と判断したのだろう、疑問形となっていた。


「……はじめまして?」

「……どうも」


 そう、首を傾げながら問うてくるウサミミ美女に返事をして、美女はそのまま未だに言い争っていたフィリッツさんへと近寄る。その様子に気づいたガルムさんは、ニヤリと微笑む。

 そしてフィリッツさんの右耳を勢いよく抓り上げる。


「痛たたたたたた!おい、ティル離せ!」

「兄さん!仕事してください!」

「ガハハハ!良いぞ、ラスティル、もっとやれ!」

「ガルムさんはまだ今日の納品物終わってないんでしょう?!お酒は控えてください!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 なんかもう、最近「誰かが誰かを叱る図」ってのがデジャブすぎるくらい何度もあった気がしてならない。

 店の床に正座させられる二人は、小声でお互いをののしりあっており、とても反省しているようには見えなかったが。

 

「ガルムさん!昨日もお昼過ぎにベロンベロンになって、徒弟さん達が困ってたじゃないですか!」

「……はい、すみません……」

「兄さん!これ以上、仕事さぼるならキーナに言いますよ?!」

「……はい、すみません……」


 なんかもう、この世界に居る男性は、女性に頭が上がらないのか、と考えてしまうレベルだ。

 一通りののしりあいが終わったためか、それとも二人にとっての最強の切り札を出したのかは知らないが、二人とも反省しきったようで、立ち上がる。

 その様子にため息をしつつ、僕に向き直り、


「それで、あの、どちら様ですか?当店は人種の方は……」

「あぁいや、彼はお客様だよ、ティル。ミコト・オオシバ様。お店に入ってきて、いきなり親方の隣に座ってね。親方がえらく気に入ってしまったのさ」

「へぇ……」


 値踏みでもするかのように、僕の姿を捉え、視線を上下に動かすラスティル(?)さん。

 しばらく見つめられていたが、ある一点に視線が止まると、特徴的な赤い目が微かに開き驚いている様子が見受けられた。

 その視線の先には、フェリアさんに着けてもらった青銀色に輝くプレートの付いたピアスがあった。


「あの……、お客様。当店は、その「騎士」様が入店されるようなお店では無い……ですよ?ココよりももっと大通りのお店の方が……」


 「騎士」と呼ばれたのはフェリアさん以外に初めてで、なぜかフィリッツさんとガルムさんは驚いた様子でこっちを見つめてくる。

 ていうか、なんで「騎士」だとわかったのだろうか、まぁなんとなくわかるけど……。

 フィリッツさんとガルムさんは説明を求めるかのように、ラスティルさんを見つめ、ラスティルさんはため息交じりに答えてくれる。


「こちらのお客様が左耳に着けているのは魔霊銀<ハイ・ミスリル>のピアスですよ……?ガルムさんならわかるでしょう……?」

「す、すまねぇ……。まさか「騎士」殿がこんな寂れた店に来るとは思えなくて……、そこまで見てなかった……」

「ハイ・ミスリル……?」


 一人完全に蚊帳の外のフィリッツさんが魔霊銀<ハイ・ミスリル>について質問をしてくれる。大丈夫です、僕もわかってません、むしろナイス質問です。株急上昇なぅです、はい。


「はぁ……。兄さんは後でお勉強の時間ですね……。親方さん、説明をお願いします……」

「あ、あぁ……。魔霊銀<ハイ・ミスリル>ってのは、純血に近い魔法に卓越したエルフ種にしか加工が出来ない金属の事だ……。その金属を左耳に吊ってんのは、「勇気と誇りの象徴」であると同時に、その魔霊銀<ハイ・ミスリル>を加工した相手に仕えている「騎士」って事だ……」


 初めて知りました。はい。つまり僕はフェリアさんの騎士なんですね?あの人、騎士が必要なほどやわっちくないですよ?いや、まじで。

 知らずに、付けていたなどとは当然言えるような内容でもないため、とりあえず話を合わせる。


「人込みが苦手で、寂れたお店を探していた……のは間違っていないのですが、隣の鍛冶場から聞こえる槌の音や、このお店の入口から香る匂いに釣られたんです」

「……本当にそれだけですか?」


 そう言い、カウンターに乗り出さん勢いのラスティルさんが顔を近づけてきたため、少しのけ反る姿勢となる。


「え、えぇ……。あ、あとは強いていえばラスティル?さんが美しいからでしょうか……?」


 そう伝えしばらくお互いに目線を合わせていたが、不意にラスティルさんが目線を右に移し、その目に釣られ同じ方向を向くと、薄い桃色に輝く精霊が居た。

 それが何を意味するのか、以前イダさんが同じ魔法を使ってくれたから、意味はわかる。

 ラスティルさん油断ならない……。


 実は、大通りのお店に入りたくなかった理由はもっと明確な物があった。大通りのお店の中には精霊が全くおらず(微精霊は居る)、なにか寂しい物を感じたからだった。

 通りを離れ、最初にあったこの「兎のしっぽ亭」は看板には「人種お断り」と明確な記載があったが、店の中を覗き見た時、爛々と輝く精霊がたくさん居たため気になったのだ。


「まぁ良いです」


 そう言い、姿勢を正すラスティルさん。


「今更自己紹介が必要かわかりませんが、ラスティル・アストルです。フィリッツの妹です。ようこそ「兎のしっぽ亭」へ。歓迎します」

「はじめまして、ミコト・オオシバです。正式な来店じゃない事を謝罪します」


 微笑み、カウンター越しではあったが差し出された手を握り返す際に、ちらりとラスティルさんの目が青く輝く精霊を見ていたのを確認する。


「それで……、ご注文は?……と、伺いたいのですが、少し無駄話が過ぎたかもしれませんね……外に招かれざるお客様がいらっしゃるようです」


 そう言い、長い特徴的な耳を微かに動かし、音を正確に拾おうとしているラスティルさん。

 言われ、目をつむり店の外に居るであろう精霊へと視点を移すと、店の外に三人の鎧を纏った人が居た。

 この状況が何を意味するのかわからなかったが、原因はおそらく自分だろうと思い、三人に迷惑をかけたくないため、立ち上がり店を出ようとする。

 

 するとその行動を、ラスティルさんが手を伸ばし静止を促し、微笑んでくれる。


「(大丈夫です。敵意などは感じません。)外の方!何か御用ですか?!」


 そう小声で教えてくれて、声を張り上げ外の人間に話しかける。

 やっぱりこの世界、男性よりも女性の方が胆力ありそうです……。

 

 フィリッツさん→外の人に全く気付いてない。ラスティルさんの声に驚いている。心なしか、事が起きたら真っ先に逃げそうなイメージ。

 ガルムさん→出された料理(ビーフシチュー?)をがっついている。ラスティルさんの声にすら反応を示さず、料理を食べている。


 面倒事の前に腹ごしらえだけでもしたかった……。

 てか、これ確実に「問題事」だと思うわけですよ……。フェリアさんに怒られそうな未来しか想像できません……。

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