地獄
「なんだ!?自爆でもしたのか!?」
シトグリンは突然の光に動揺するが、その動揺は小さい。長年の操縦士経験上、追いつめられて自爆してしまった機が全くいなかったわけではないからだ。
その時は「撃墜数が加算されない!!」とぼやいたものだ。
「なんだーっ!?自爆かー!?」
「だああぁぁっ!!俺の撃墜数があーっ!!」
「やっぱり、この数は多すぎたんだーっ!!」
反対に他の追撃部隊将兵らの全員の動揺は大きい。目の前の光景を信じられない者もいれば、残念がる者もいる。大体はその二つに大別される。
とは言え共通していることが一つある。自身の立場が悪化してしまうことを恐れていることだ。奴を自分たちの手で撃破できなかったのは変わりないので、そこに付け込む輩が少なからずいる。
少なくとも、彼らはそう思い込んでいる。そして、残念なことにそれが現実でもある。
「……」
シトグリンは自身の動揺を早々と収めると、光の玉を注視し続ける。
そして、光の玉が徐々に落ちていることから、その弾が“照明弾”であることを見抜く。
当然ながら、奴が自爆したわけではないという結論にも至る。何せ、今も自機に警報音が鳴り響いている。まだロックオンが解除されていない証拠だ。
――奴め……!?何を考えている……!?
シトグリンが思考をめぐらしている時に、邪魔と知ってか知らずかトポルコフが――
「た、隊長ーっ!!奴が自爆したのに、まだロックオンがーっ!!」とパニックに陥りながら、割り込んでくる。
――こんな奴が当連隊の連隊幕僚かよ……。
「落ち着けーっ!!あれは只の照明弾だ!!それと奴はまだ落ちておらーんっ!!」
今もトポルコフに内心呆れながらも、彼を叱咤せざるを得ないシトグリン。
そこへ、イグムノフも――
「同志連隊長!!奴は最後の足掻きでもするつもりでしょうか!?」と落ち着いた口調で割り込んでくる。
シトグリンは思わず彼の口調に感心する。だが、その落着きようが自分以上であることから、同時に不快感を覚えてしまう。
直後、彼は完全にイグムノフを嫉妬し始める。それと同時に、自分が追い越されてしまう危機感をも覚え始めてしまう……。
とはいえ、これはイグムノフの実力を認めていることの裏返し。その一点のみでは、ありがたいこと――かもしれない。
結局、シトグリンは「そんなこと構うものか!!」とイグムノフ応じた直後に――
「全軍攻撃態勢を執れ!!一気に仕留めるぞーっ!!」と、全軍に号令を発した――その瞬間!!
数多のミサイルが雨の如く飛んでくる!!
これらが『雨』と明らかに違うのは、下から昇り注いでいることだ。
もう一点は、正確に追撃部隊の全所属機を執拗に狙って、各々の目標に迫っているのだ。最早、逆ストーキングに他ならない。
「う、うわっ!!待ち伏せだ!!逃げろーっ!!」
「た、助けてくれーっ!!誰かーっ!!ミサイルがーっ!!」
「うわーっ!!当たったー!!落ちるー!!だだだ、脱出出来ねーっ!!」
まさか自分がストーキングされるとは思わなかった追撃部隊全将兵共。
攻めには強いけど、守りに弱いとは――ちょっと情けない。
「反撃しろーっ!!たしか、爆弾も搭載されている機もいるはずだーっ!!それを地上に落とせーっ!!」
必死に反撃命令を号するシトグリン。だが哀れ且つ虚しいことに、誰からも応答は返ってこない。皆、自分のことで精一杯らしい。
「なんということだ……!!のこのこと餌に引き寄せられて罠にかかるとはっ……!!」
今になって、後悔してしまうシトグリン。しかしながら、回避行動を執るも忘れていない。流石は熟年の操縦士である――だけ……。
結果、彼らの頭の中からディクセンが消えてしまったわけだが、当のディクセンは正確無比な狙撃を彼らに対して行い続けている。
彼らの中から最後の瞬間を得た者の内、「奴の攻撃に当たった!!」という者はほとんどいなかったそうな……。
一旦、視点を空から地上へと移してみることにする。
現在、上空の敵追撃部隊に対して、ミサイルの猛攻撃を加えているのが、大霊国の主力陸戦用MG鉄徒(Tedt)である!!
当機は高い量産性と汎用性、加えて扱い易い操縦性で同国を支えている。
頭頂高は十八メートル。
外見は遥か昔の鎧である『当世具足』を彷彿させ、頭部にはアンテナ状の角が左右の計二本が添えられている。両肩部の固定盾を除いた本隊はスマートだが、脚部に限ってはどっしりしたジェットエンジンと、その足裏にはホバー推進装置が内蔵されている。
目元に当たる部分はサングラス状の黒いカバーで覆われており、その下には単眼も薄らと確認できる。
移動には、先のホバー推進装置とジェットエンジンに高速移動が可能。速度こそ軍機で伏せさせていただくが、主力戦車の数倍の速度を誇る。
既に主役機の座を他の新型機に譲りつつあるが、諸外国や属国に売却されては、その当事諸国の主力機となって、盟主国にして宗主国たる大霊国を支えている。
何所にいっても、母国を支えることは、正に『忠機』の一言に尽きる。
本来はMG専用の小銃や刀等を備えているが、防空MG連隊所属機である当機はそれらの代わりに、対空ミサイル発射装置を背負っている。また、護身用として小型マシンガンも後腰部に備えられている。
現在の当機のカラーリングは黒と緑を基調としているが、天候や地形等で変更することが多々ある。また、宇宙用や砂漠用も存在し、バリエーションも豊富。
その鉄徒が百機の連隊を組んで、一斉にミサイルを打ち上げている様は、正に『圧巻』の一言に尽きる……!!
このあたりで、視点を地上から空へ移そう。
「落ち着けー!!全機上昇しろ!!兎に角、陣形を崩すなーっ!!」
まるで自分に言い聞かせるようにして、必死に命令を発し続けるシトグリン。
自軍は次々と削られており、一度の攻撃で少なくとも一個小隊四機単位が失われていく。
酷い時には、一個隊二十機が鉄屑と化していくのだ。
そして、これが“悪夢”ではなく“現実”であることが、シトグリンの心に効果抜群の傷を与えている……。
「くそ……奴が俺達をロックして、その情報を下の奴に送っているのか……!!」
彼は今も鳴り響く警報音から、そう分析せざるを得ない。そんな時も、また一機がミサイルに追い回された挙句に、餌食と化していった……。
その光景を目撃してしまったシトグリンは遂に――
「同志イグムノフ!!同志トポルコフ!!返事をしろーっ!!」と両者の名を呼んだ。
安否確認のためではなく、何かしらの助けを求めるためである。
部下に助けを求めるとは指揮官として情けないことを否めないが、これがこの男の処世術における最終手段なのだから無理もない。
このことが、なりふり構っていられない程に状況が逼迫していることを表している。実際に、百三十機弱の総機数を誇った追撃部隊も、この時は総機数の四分の一を大きく下回っていた……。
その最終手段を執った結果――
「同志連隊長!!つい先ほど、副連隊長機と幕僚機が撃墜されました!!」というある操縦士の残酷な返事が返ってくる。
――誰だっけ、こいつ!?という疑問に駆られるシトグリン。
だからといって、いつまでもその疑問に駆られるわけにはいかない。
仕方ないので、シトグリンはその操縦士に――
「何だと!?間違いないのか!?」と訊いてみることにする。
「脱出を確認できなかったので、ほぼ間違いないかと……」
「くそ~っ!!いつの間に……!!」
――あの、役立たず共~!!
操縦士の返答に、怒りと憎しみが湧き上がるシトグリン。
非常に残念なことに、双方のベクトルの向きが敵ではなく、先に逝った両者に向けられている。もう救いようがない……。
こうなったら、彼が自身のの地位に相応しい器であるかが疑わしくなる。
「それと、隣の連隊の幹部も全員が――うわああああぁぁ!!ミサイルがこっちにいいいいぃぃぃ!!振り切れねええええぇぇぇ!!」
「お、おい!!お前、返事をしろーっ!!」
先の操縦士の気が狂ったような返答に対して、負けじと機が狂ったような命令で応えるシトグリン。
丁度その時、彼の目の前にある機が高速で旋回しながら飛び込んでくる。もちろん、その機はミサイルに追跡されている。
そして彼の認識が今の光景に追い付いた直後に、その機体は空の藻屑と化した!!
今になって、シトグリンが確認できる味方の生き残りは十機前後。
もうこの時点で勝敗は決しているのだが、ディクセンと地上の鉄徒達の攻撃の手は殆ど緩んでいない。
今の彼らが目指すは――敵の殲滅のみ。しかも、「憎き追撃部隊を排除する!!」という大義名分が、その目的の達成に向けて一層の拍車をかけていた。
「くそーっ!!このまま丸焼きにされてたまるかーっ!!」
今の状況に発狂したシトグリンは、生き残った部下たちを差し置いて逃げようとする。
「逃がすか!!」
しかし、今のハンには彼だけを逃がしておく理由を持ち合わせておらず、反射的に彼の機を打ち抜いてみせる。人々はこれを「天罰!!」と言うだろう……。
するとその機は瞬く間に炎上しながら、落ちていく。
「う、うわあああああぁっ!!あ、熱いいいいいっ!!誰かあぁ、助けてくれーっ!!」
その機内――否、棺桶の中では、シトグリンが炎に悶えているという悲惨な状況と化している。最早、文字通りの『地獄』としか表しようがない。
こうなると、彼に流石に同乗してくる者も表れるだろう。何せ私もその一人だ。
そして機体は、彼が焼け死ぬ前に爆発した。
結果、彼は『地獄』の苦しみから救わることになった。この一点だけでは、彼は幸運と言えなくもないだろう……。
残りの数機も引き返して雲に紛れようとするが、その全てがハンの手によって、丸焼きに料理されてしまった。
こうして、シトグリンを含む追撃部隊は皆殺しにされたのであった。
それとシトグリンにとって、もう一つ幸運なことがもう一つある。「部下を置いて逃げ出した」という不名誉を被らなかったことだ。是非ハンに感謝するべきことかも……!?
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