ストーカー
ヴァシーリーらが司令部を去って後、ガガーリンら参謀部の将校も指揮車で後退している時に――
「それにしても、追撃部隊はまだあいつを撃ち落とせないのか!?」と一人の参謀が不満を漏らす。拳を握りしめていることから、溜りに溜まっているらしい。
「百二十八対一だ!!勝てない訳がない!!そう焦るなよ!!」
「そうだ!!今のは地上で這いつくばっているようだったから、最悪の結果が起きた!!だが、今度は空中だ!!もう結果は見えているさ!!」
別の参謀ら二人が彼を宥め励ます。楽観視しているが、たった一機のMGが百機以上の航空機に勝てる訳が無いから、無理もない。常識では……。
「そうだといいんだが……」
参謀部で危惧していたのは、参謀長であるガガーリンのみ。操縦士というよりは、軍人としての勘が彼にそう告げていたのだ。
そして後に、それが正しいことが証明される!!
オーキデ共和国 副司令官専用MG“ディクセン”
自分達が百三十機弱の敵機にストーキングされていると知っても――
「そろそろ交戦空域の筈なんだけどなぁ……」と、暢気な声を漏らして、余裕を隠さないハン。全くと言っていいほど緊張していない。
先のミサイルという熱湯は、当に喉元を過ぎ去ってしまったらしい。
「我々が優勢ですが、雲量が多いため、双方とも全力を発揮できないようです……」
ディクセンだけも冷静である。暢気ではないが、全軍の状況を把握できる余裕を持っている。人工知能だからか……?
「一機だけじゃなぁ~。一対百二十八で真面に戦って勝っちゃうなんて、流石に笑い話だよな~っ!!」
『本気を出すな!!』という軍人にとって、ほとんどあり得ない命令を受けたハン。笑ってはいるが、もどかしさは募るばかり。
「ちょうど、目の前の雲を抜ければ、予め付近で待機している防空MG連隊の有効射程に入ります!!この案がベストかと!!」
ディクセンの案をハンは「良し!!あの雲に突っ込もう!!」と即時に採用する。
彼らはそのまま、目の前の一塊の大きい雲に突っ込んでいく……。
その雲の中でハンは――
「雲を抜けたら、低空に飛んで防空連隊の最有効射程に誘い込むぞ!!そして、当機は味方を支援すべくそのまま留まる!!付き合ってくれるなディクセン!!」と抜け目なく命令する。
「もちろんです!!マイスター!!」
ディクセンの返事に、ハンは“ニッ!!”と笑みを漏らしてみせる!!
同空域 ソ連空軍追撃部隊
「あいつを逃がすなーっ!! 同志らの仇だーっ!!」
「無傷で逃がしたら、粛清されるぞー!!」
「何としても、撃ち落とせー!!」
血眼でハンらを追う、追撃部隊の操縦士の皆さん。
この時の彼らの思考の根源は、「憎い敵を打倒する!!」という過激で攻撃的なものではなく、「只々粛清されたくない!!」という素朴で防御的なもので占められていた。
とはいえ、「たかが一機に翻弄された」という大失態が流れれば、粛清されない確率は極僅か。奇跡的に生き残っても、家族や他の同志からの嘲笑や投石の的になるという暗黒の未来が待っているだろうから、無理もない。
既に誰かの頭には、自身の女房から「帰ってくるな、この恥晒し!!」と、手のひらサイズの石を投げられるという光景が再生されている。
別の誰の頭には、自身の愛娘が「あんたなんか、パパじゃない!!」と泣きじゃくっている光景が再生されている。
これなら、粛清される方がマシかもしれない……。
そんな境遇に陥っている彼らの中で、追撃部隊の長である先任の航空連隊長フランツ・シトグリン(Frants Shtogrin)大佐も――
「くそ……!!たかが一機にどうしてこう手こずるんだ!?」と焦りと苛立ちを隠せない。
――もう二回も総攻撃を仕掛けたのに、全く効いている様子が無い。こうなったら、三回目で残りのミサイルを全部使うか……!?と、内心に至っては平常心を保っていない。
ちなみに彼を含めたこの航空連隊の将兵全員は別の異世界出身者で、根っからの共産主義者でもある。シトグリンに至っては、祖国がソビエト連邦に併合されて激怒するどころか、逆に大喜びした程の猛者だ。
「同志連隊長!!奴のルートを先回りして、待ち伏せしましょう!!」
「こんな天気じゃ、ルートの特定は難しいだろ!!それに隣の連隊に横取りされたら、無意味になるだろ!!」
部下の副連隊長であるダルコ・イグムノフ(Darko Igumnov)中佐の通信越しの提案を、シトグリンは前者の理で否定する。だが、後者で前者の全てを台無しにしてしまっている。大人にとって、表面は大事なのに……。
本音は手柄を横取りされたくないだけ。競うこと自体は決して間違っていないのだが、暗黒の未来が待っているこの事態にそんな余裕があるだろうか?
シトグリンの応答を聴いたイグムノフは、「了解……!!」と何処か力なく呟いて通信を切る。おそらく、全ての意味で悟ったのだろう……。
その直後に――
「奴が目の前の雲に突っ込んでいくようです!!我々を撒くつもりかと……!!」と別の部下である連隊幕僚のピョートル・トポルコフ(Pyotr Toporkov)少佐からの通信が入る。
「不味い!!全軍このまま突っ込め!!絶対に奴を逃がすな!!」とシトグリンが急いで応えたかと思えば、そのまま、全軍の同志らと共に雲の中に突っ込んでいく。
その瞬間――機内に警報音が響き始める。しかも連続的にだ……!!
「ロ、ロックオンされているだと!?」
シトグリンの口から、驚きと焦りが混じった声が漏れる。
この機にレーダーが照射されてロックオン。
それは死の宣告にほぼ等しい――はずなのだが、あのMGから攻撃されたという報告は入ってきていない。自分もこうして生きている。それでどころか、被害の報告さえも入ってきていないではないか。
「奴め……最後の足掻きでこれか……!?」
彼がそう疑問に思って毒づいた直後に――
「ど、同志連隊長!!とと、当機がロックオンされています!!」と、トルポコフが狼狽えながら声を入れてくる。もう少しで発狂しそうな勢いだ。
「そっちもか!!だが反撃されていない内はそう狼狽えるな!!」
「そ、それが、追撃部隊のほぼ全機がロックオンされているようです!!」
「な、何だとっ!?」
――全機ロックオンだと!?単機による複数機のロックオンの技術は敵方が進んでいると聞いていたが、百機以上を相手にできるとは……!!
驚きの事実にシトグリンも狼狽えかけたその時に、トルポコフが――
「とにかく金属片を撒いてレーダーを!!」という提案をしてくる。
通常ロックオンされたら、金属片を撒いてレーダーを撹乱させることで、ロックオンを解除することができる。
だが、シトグリンはその提案を――
「やめろーっ!!むしろ今がチャンスなんだぞ!!奴のレーダーを逆探知していけば、この雲の中でも見失うことが無いんだぞ!!」と叱って一蹴する。
この時の彼は若干狼狽えてはいるものの、理性は十分に保たれている。
実際に、既にディクセンから発せられているレーダーを逆探知して追跡もしている。奴を絶対に逃がしてはならないという目的と、雲の真っただ中という状況が相まって、先のトルポコフの案を実行することは自身の粛清に繋がりかねない!!
このことを知ってか知らずかトルポコフの口から――
「な、なるほど……!!」という感心の声が漏れる。ただし、その声はどこか他人事のように聞こえなくもない。
だが、シトグリンがそう思ったその直後に、またトルポコフの口から――
「しかし、それでは此方にも極僅かとはいえ被害が出る恐れが……!?」という懸念を漏れる。この時のトルポコフは、百二十八対一による完全試合を構想していた。
これは奴を打ち落とした喜びを、皆で分かち合いたいという気持ちからくるものであったが……。
「些細な犠牲など厭うな!!ただ奴を落とすことだけ考えろ!!」
既に犠牲など眼中どころか、体のどこにも全く入っていないシトグリン。
それに、もし落とせなかったらより大きな犠牲が出る。しかも自身を含めた全連隊将兵の粛清という最悪の形だというのだから――当たり前!!
ちなみに隣の連隊のことも彼の体に全く入っていない。もう嫉妬したり、邪険に思う気持ちさえも残っていないようだ……。
「ではせめて、不安な機だけでも……」
尚も金属片の使用を提案し続けるトルポコフ。ちなみに先の発言にあった『不安な機』の中には、トルポコフの機も含まれている。
やはりロックオンされ続けているというのは気持ちのいいものではないのだろう。
「もし、金属片が間違ってでも俺の機に来たら――《《責任を取ってくれる》》のか!?同志連隊幕僚!!」
「し、失礼しました!!」
結局シトグリンの恫喝によって、トルポコフは自身への保身――否、保険を諦めことになった。何せ、この時のシトグリンの恫喝にある『責任を取ってくれる』の意味は、『粛清』しかありえないからだ。リスクが割に合わない。
しかしながら、シトグリンの方も流石に怒鳴り続けるのも評判が良くならないと思っている。それ故に――
「そう恐れることはないぞ!!奴はたった一機だ!!必ず仕留められる!!」と話を逸らすかの様に、トルポコフを鼓舞してみせる。
恨みを買われて、昇進への妨害工作なぞされたら堪ったものではない。
だが、それは杞憂に終わることになる。
「あっ……!?奴が進路をやや低空に変えつつあります!!」とトルポコフが、ディクセンの進路変更に気を取られているためである。
「ならば、こっちも――!!」
シトグリンも進路をやや低空へと変えていく。他の全機も然り。
そして、ディクセンと追撃部隊全機がそのまま低空に向かっているままかと思えば、いつの間にか雲を抜けることができていた!!
「良し、雲を抜けられた!!後はじっくりと奴を料理してやるだけだ!!」
シトグリンが改めて、そう意気込んでみせる。
その時に、ディクセンが掌サイズの玉のような物を、思いっきり遠くに投げる!!夜間であることと物のサイズから、追撃部隊全機がそれに気づくはずもなかった。
そして、その物は小さな太陽が現れたと思わんばかりの――大きな光の玉と化す!!
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