人気者
オーキデ共和国 合同解放軍ソ連軍オーキデ派遣航空師団司令部
莫大な資金や人員を失ってでも、守らなければならない暗号書を奪われていることを、露さえ知らないヴァシーリー達。
知れば、「絶対に粛清される!!」とパニックになっていること間違いないだろう。
パニックになっていないという意味では、幸いであるのだが、既に彼らは不幸という名の泥沼に深く沈み込んでしまっている。
「同志師団長!!調査の結果、司令部に駐留していた二個航空連隊は確実に《《殲滅》》されました!!飛ばせる機は、たったの一機もありません!!」
「こ、こんな馬鹿なことがあるか!! 絶対にありえない!!たかが一機のMGが二百の機を一度に “殲滅”させたなどと!!」
ガガーリンの報告を聴いて、感情を爆発させるヴァシーリー。半ば正気を失ってはいるものの、師団長には変わりない。
「同志達の報告を総合しますと、あのMGは突然上空から現れたかと思えば、いきなり飛行場を攻撃してきました!!その直後から、間を置かずに、航空師団の機を片っ端から、マシンガンのような武装で……撃破していきました……」
対し、葬式かと思わんばかりに痛々しい声で報告を続けるガガーリン。この時の彼は、ヴァシーリー個人から粛清されることを覚悟していた。参謀長である自分に全責任を押し付けることによって……!
また、ヴァシーリーがそうしなくとも上層部が自分に押し付ける可能性も十分にあった。特に、スターリンの崇拝者であるアレクサンドロフスキー元帥がそうやりかねない。
それに、大統領の息子がボロ負けしたなどという話が広まれば、笑い話どころでは済まなくなるからだ!最悪、またどこかの工場などの施設が接収されてしまう……。
とはいえ、参謀長として報告を止めないわけにはいかなかった……。
「それで、ものの数分で二百機全てをか!?」
「はい、同志師団長!!何しろ、出撃寸前でミサイルや燃料を満載した二百機全てが密集しているところを、一気に襲われてしまったのです!!ある機はミサイルの誘爆によって、またある機は燃料の引火によって次々と大破していきました!!
完全に出撃寸前の隙を突かれてしまった形になってしったかと――」
「な……なんということだ……!!」
「それと――」
「まだ何かあるのか!」
ガガーリンの報告を聴くたびに発狂してしまいそうなのに、師団長として聞かわない訳にはいかないヴァシーリー。どうせなら、書類でまとめて見た方が若干和らぐのだが、この緊急事態に書類を作成する時間は用意されているはずもない。
結局、口頭の方が一番早く伝わってしまう……。
「先の襲撃で、操縦士のほとんどが戦死してしまい、整備士や補給兵などの同志らへの被害も甚大です!!人員的にも、復旧に回す余裕はありません!!今も、司令部全体の死傷者の集計が追い付いていません!!
さらに、復旧用の機材や資材にも被害が及んでいます!!
最早、司令部には人員的にも物質的にも、話になる回復力さえありません!!
残念ながら、当司令部を放棄した方が早いかと……!!」
「しかし――」
躊躇するヴァシーリーに対して、ガガーリンは止まらない。この時のガガーリン、死を覚悟してか何処か吹っ切れているように見える。
「同志師団長!!仮に司令部を復旧できたしても、敵が空挺作戦などを仕掛ければ、簡単に奪われてしまいます!!もう司令部には真面な迎撃能力さえ残っていないんです!!
でしたら、司令部をあえてこのままにして、“傷有り”のままで敵に渡す方が得策です!!そうすれば、敵の作戦に制限をかけ、兵站上にも少なくない負担を強いることができます!!」
「どういうことだ!?」
ガガーリンの策を聞いて、ヴァシーリーの顔色が若干良くなっていく。
この顔色を見たガガーリンはやや興奮気味に――
「敵が司令部を占領しても、ここから機を飛ばすことができません!!また、復旧の際には多大な労力と物資が必要です!!その分、敵の補給能力を圧迫することができます!!」と畳み掛けていく!!
「なるほど……!!是非そうしてくれ!!現時点を以て司令部を放棄する!!」
ガガーリンの提案を、半ば投げやり気味であるがものの、快く採用するヴァシーリー。
もうこの時点で、粛清されることを覚悟してか、何かを振り切っている。
いっそ、一皮むけてくれるのかな?それは困るか!
「では……同志師団長!!ここでは真面な指揮は困難です!!なれば、後方の予備の指揮所に《《後退》》するべきかと……!!」
「同志師団長……!!私も同志参謀長と同じく、《《後退》》が必要かと……!!」
ガガーリンと副官らに“《《後退》》”を促されたヴァシーリーは、即時に――
「たった今から司令部は……後方の指揮所に《《後退》》する……!」と決断する。
この時、強調されている『後退』には、二つの理由がある。
一つは内部の潜んでいるパ連からのスパイ対策として。もし、「撤退」という命令を聞かれてしまえば、またソ連を内政干渉するような材料を手に入れられてしまうことになる。
もう一つは自分たちのプライドから。間違ってでも、「撤退」という言葉を自軍からは聞きたくないというもの。「敗走」ならなおさらだ。
これはあくまで、勝利への最善の手段としての『後退』。少なくとも、ソビエト派遣航空師団の全同志らはそう思い込んでいる。
「持ち運べない機密資料の焼却を急げ!!物資もだ!!解放軍司令部への援護要請も忘れるな!!」
ヴァシーリーの決断を汲み取ったガガーリンが次々に命令を下した瞬間――であった。
突如として、大きな爆発音が司令部内に響き渡ったのは……!!
「何が起こった!?」
「時限式爆弾か!?」
「あれ、条約とかで使用禁止になってたんじゃないのか!?」
次々と狼狽える同志達。
師団長のヴァシーリーでさえ――
「……な、何だ、何だ!?」と、狼狽えている始末。
「静まれーっ!!狼狽えるんじゃない!!」というガガーリンの声も虚しく効果が無い。
その最中に、一人の将校が――
「同志師団長!!緊急事態です!!」と駆け込んでくる。
しかし、ヴァシーリーはその将校を――
「分かるわそんなもん!!」と突っぱねかけてしまう。無理もないのだが……。
「どうした!?何があった!?」
代わりにガガーリンがその将校からの報告を聴くことにする。
「同志参謀長!!ゲリラの襲撃です!!」
「何だと!?」
――ええい、こんな時に……!!
報告を聴いて、苦虫を潰したような心境に陥るガガーリン。
――もし、ゲリラの目標が同志師団長なら……!!
この時から、ガガーリンの心境は『苦虫』を超えて、『毒虫』を潰したようなものへと近づいていく……。
――万が一、“大統領の息子”である同志師団長を誘拐されたら……!!いや、ゲリラの過失で殺害でもされたなら……!!
今のガガーリンの頭には、同志アレクサンドロフスキー元帥が空恐ろしい笑みで――
「星々の色を視てくるといい!!」とロケットに括り付けられた自信を、地上から宇宙へと送ろうとしている末路が浮かんでいる……!!
「同志参謀長……!?お顔が優れませんが、まさか怪我でも――!?」
「!!」
件の将校の声に、現実に引き戻されるガガーリン。どうやら、先の心境が顔に表れてしまったようだ。
――落ち着くんだ……。まだ同志師団長は健在なんだ……!!
彼は、即座に「……いや、なんでもない!!続けてくれ!!」と話を戻すことにする。
「はい!!幸い同志達に被害はなく、ゲリラ達はすぐに退きました!!しかし、食糧庫や資材などに被害が――!!」
「身軽になったとはいえ……痛いな……!!」
弱ったガガーリンは、またも苦虫を潰したような心境に陥ってしまう。
資材はいいとして、食糧は本当に痛い。食えなければ、早々に“後退”できない。できたとしても、その後の自軍にに少なからず響く。あっておくに越したことはない。
「また当方の混乱が酷いため、追撃部隊も早々に振り切られてしまいました……!!」
「この際、仕方ない!!それで、車両への被害は……」
ガガーリンは凶報を聴き続けても、車両を気にする。それを使って、ヴァシーリーを予備の指揮所に移送しようというのだ。
兵を差し置いて、師団長が真っ先に下がるのはどうかという意見が無いわけではない。
しかし、スターリンを崇拝するアレクサンドロフスキーが内閣を率いている今の御ご時勢では、誰も批判する者はいなかった。
また、ヴァシーリー自身に人があるためか、派遣航空師団内においては、批判どころか肯定や賛成の意見が圧倒的多数を占めていた。それ故に同師団内に置いては、彼のために命を張る者も少なくなかった。
人気者って、辛いばかりじゃないんだな……。
「極めて微弱です!!全車両、走行には全く問題ありません!!」
「分かった!君は諸々《もろもろ》の“後退”任務に当たってくれ!秩序を失えば“後退”どころではないからな……!」
ガガーリンは喜びを内に秘めたまま、新たな命令を
そうなれば、間違いなく“敗走”!!つまり、『後退』と言い訳できる余地が、全く無くなってしまう……。最悪、そこをゲリラに突かれかねない。
そして、彼は命令を受けた将校が「了解!!」と応えて、去った後に――
「やれやれ……!これでは易々《やすやす》と“後退”できないな……!」と呟く。
困難な任務や訓練を経験きたというのに、今ほど弱気になったことがあっただろうか?
だが、それでもやるべきことがあるというもの!
「……」
無言でガガーリンを見つめるヴァシーリー。まるで、親を頼る子のように見える。
ガガーリンは、そんな彼に近寄って――
「同志師団長!!同志は先に予備の指揮所へ向ってください!!私を含めた、参謀部は司令部の処分を見届けた後に、合流します!!」と促す。
「頼む、そうしてくれ……!」
こうして、ヴァシーリーは自身の副官らを連れて、先に予備の指揮所へと向かっていくことになった。彼らに向けられた将兵の視線には、何処か熱いものを感じる。
やっぱり、人気者はいいかも……。
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