宝
「そのことですが……同志参謀長……!!」と、ヴァシーリーの副官が口を挟んできた。
「何だ!?」
「実は数分前に、周辺の航空連隊からの『司令部からの救援要請を受け、直ちに救援に馳せ参じる!!』という通信を傍受しました!!おそらく奴もこれを傍受して、去っていったのでしょうが……」
「何か、続きがあるのか!?」
「はい、吉報です!!たった今その航空連隊からの『飛行中の敵と思われるMGを発見!!これを追撃す!!』という通信を傍受しました!!」
「それは確かに、吉報だ!!ところで、追撃部隊の機数は!?」
「報告に依りますと、二個航空連隊の全稼働機百二十機の全力出撃です!!この数ならば、奴が如何に化け物であっても、所詮は単機!!必ず打ち落とせます!!」
「この時点で、勝負あったな……!!」
副官の嬉々とした声につられて、ガガーリンは笑みを浮かべる。
「はははっ!!やったぞーっ!!これで奴とは、永久におさらばだ!!」
ヴァシーリーに至っては、子供のようにはしゃぐ始末。
「やったぞーっ!!」
「あの悪夢も……只の“悪夢”で終わるんだな……!!」
「百機以上に追いかけられて――流石に気の毒になってきたな!!」
司令部内の幕僚や将兵達からも喜びや安堵、同情などと様々な声が零れている。とはいえ、この時の全員に共通していたことは――“勝利”や“撃破”といったポジティブな感情を抱いていたことだ。
補足として、この時の司令部は発信機能こそ失われているものの、受信機能そのものは失われていなかった。また、いくつかの司令部内の電話線も無事であった。
話を戻して――衛生兵達の手によって、担架で運ばれようとしている通信将校とその部下の通信兵。
「何だ、同志達よ!!きちんと、やることやっているじゃないか!!見直したぞ!!君たちは我がソビエト全将兵達の鑑だ!!」
彼らに気付いたヴァシーリーの第一声。完全に彼らを英雄扱いしてくれている。彼は先の通信将兵二人が一時的に通信機器を復旧させて、救援要請を発信してくれたと《《思い込んでいる》》ためだ。
「よくやったな、同志達よ!!もしかしたら、英雄称号も夢じゃないぞ!!」
ガガーリンもべた褒めの援護射撃。こちらも彼らを本当の意味で“英雄”扱いしてくれている。当然、こちらもヴァシーリーと同じようなことを《《思い込んでいる》》。
「あんな状態でよくやれたな、お前ら!!」
「か、感動だ~!!ちょっと泣けてきた……!!」
「なぁ!!後で、連絡先教えてくれよ!!」
瞬く間に、称賛してくれる者や感動してくれる者、彼らとお知り合いになってくれようとしている者に囲まれていく二人。
そのうえ、二人を運んでいく軍医や衛生兵らも足取りも早くない。
この当時の軍医曰く――
「見た目は酷かったから、骨折のことも考えて、早く運べなかったんだよね!!まぁ、俺も人気を見る貴重な機会だと思って、便乗させてもらったんだけどね~っ!!」
後者の理由が過半を占めていることだろう……。
一方、通信将校は運ばれていながらも――
「えへへへへっ!!ま、まぁ……えへっ、えへへへへへへへっ!!」と自信を囲む同志達に笑みを振りまく。しかしその笑みは――苦笑い……。
――あれれれ~っ!?俺ら、いつの間にそんなことやってたっけ~っ!?と彼の内心は困惑の極みに達している。
ちなみ、二人は予備の通信室に入って、爆発の衝撃を受けて以降――ほんの少しとはいえ気絶したまま。酷なことだが、その間の二人は何もせずに寝ていただけ。
同じく、彼の部下である通信兵も――
「ほ、褒められるほどでもありませんよ……!あはは……!」と照れながらも苦笑い。
――ひょっとして、気絶している間に……体が勝手に動いたりしちゃった~っ!?と調子に乗って、都合のいい解釈で片づけている始末。
言わずもがな、二人は断じてRBD|(レム睡眠行動障害)や夢遊病などの睡眠障害を患っているわけではいない。これはこれでよかったね……?
結局、二人の苦笑いは――医務室に運ばれて、麻酔をかけられても止まることはなかったそうな……。
また、誰が救援要請を発信してくれたのかという疑問は、早くも解決することになる。
某所 合同解放軍機甲軍団所属移動指揮車
「――やたらと周辺の部隊に対し、救援要請の電波を発し続けていたようです!!」
「それで、敵の規模は……!?」
ホチネンコから詳細を聞いたグルカロフが問い直してみると、ホチネンコは――
「そ、それが……」という返しあぐねているではないか。
これを不審に思ったグルカロフが「早く言ってみたまえ!!」と急かしてみると、彼の口から――
「た……たった一機とのことです!!」というあり得ない返事が返ってくるではないか!!
「……!?」
彼らの傍に控えているベヴジュクは――只々絶句。その返事を受け入れることができていない。また放心状態に陥っているので、受け入れようとするどころか、反発するという考えに至ることさえもできない。
まぁ、完全充足の師団司令部が、たった一機のMGに翻弄されているという、荒唐無稽な話を受け入れるというには無理があるというもの。「ありえない」という返事が真っ先に返ってくるのが多いことだろう。
「……」
グルカロフも受け入れることができず、沈黙を保っているかと思えば、突如――
「くっ……!!はははははっ!!」と、大笑いを始める。
「「!?」」
彼の反応に、ベヴジュクとホチネンコの両者は困惑してしまう。
「ははははっ!!たかが一機だと!?笑える誤報というものだ!?ははははっ!!」
結局、受け入れていない様子のグルカロフ。ま、当然か。
「一応確認のために、その件のについて情報収集を続行します!!」
「そうしてくれ!!どうせ、その大半は遊撃兵にでもやられたんだろ!!そのMGは囮に過ぎんのだろうよ!!」
声をかけたホチネンコに、グルカロフは何処か上機嫌で返してみせる。それと同時に憶測もつけることを忘れない。外れてるけどね。
「なるほど……!」
「そういうことなら……!」
とはいえ、ホチネンコとベヴジュクは順に納得する。その憶測が事実を阻む壁を最も破壊できる物であるから、自然な反応と言える。
「――しかし、どちらにしろ航空師団への増援は必要と思われますが……」
「そうだな!予定では、明日の朝には増援が着くはずだ!それで問題はあるまい!」
「はっ!!」
「作戦開始時刻の変更はない!!機甲軍団はその作戦のためにこのまま進むだけでいい……!」
ホチネンコとのやり取り終えたグルカロフの目に、被害を受けた属国の航空師団など映っていない。映るのは、目的地とその先にある首都攻略のみ!!
オーキデ共和国 副司令官専用MG“ディクセン”
「ちゃんと追いかけられているか!?ディクセン!!」
「ヤー、マイスター(Ja, Meister)!!敵は我々を目視したまま、追跡しています!!」
「良し!!このまま交戦空域に突っ込むぞ!!」
「ヤー、マイスター!!」
ハンはディクセンとのやり取りを終えると、画面越しに後方の百三十機程度の「Su‐36」達に目を映す。結構、乙な気分。
「意外と楽しいな!敵部隊、妨害電波やらで撃てないから、むきになって尻を追っかけているんだろうな……!」
ハンがそんな気分に浸っている最中に、数機の敵機がディクセンに向かってミサイルを放ってくる!!どうやら、痺れを切らして撃ち込んできたらしい。
とはいえ、ディクセンの性能によって、誘導ミサイルやレーダーによる狙撃は不可能なはずなので、ハンは軌道を変えない。下手に避けようとすると、当たってしまうという判断からだ。
しかし、一発のミサイルがその軌道に入り込もうとしてきた!!それは、内蔵のコンピューターにディクセンの軌道を読み込みこまれた計算式を入力されたものである。
「「!!」」
たちまち、そのミサイルはディクセンの突撃銃「アルマリヒト」で撃ち落とされるものの――
「今のは、少しびっくりしたな~!」とハンの肝をひんやりとさせてしまう。
「我々を逃がす気は毛頭無いようです!!」とディクセンにも戦慄が走る。
「それは《《こっち》》の台詞さ!!良ーし……!馬鹿者ばかりだから、ちゃんとついてきてくれよ……!」
そんな気を取り直したハンに、ディクセンが――
「ところで、マイスター!?」と話題を変えて話しかける。
「何だ、ディクセン!?」
「先程襲撃した司令部で、コクピットを降りて何をしていたので!?」
大抵の人は、「何してんの、お前!?」と行動そのものに異議を唱えたい。
「ちょっと、司令部を冒険してきたのさ!!」
これぞ、真の冒険!!絶対に真似をしてはいけない!!
「その評価は置いておき、その途中で、どんな宝を拾ったのです!?マイスター!?」
「ふふーん!!それがね――」とハンは嬉々として、自身の懐に手を入れる。
ちなみに、この時の彼はパイロットスーツなど着用していない。軍服の上からマントを羽織っているだけ。
そして、彼は懐から――
「ジャーンッ!!敵軍の最新の暗号書!!」とベタに見せびらかすように、宝を取り出したではないか!
先の通信将兵二人はハンが仕掛けた爆弾によって、眠っていたのだ!!その間にハンは宝を奪取してきたわけだ!!敵方は、焼失されたことだろうと思っている。そこに、先の通信将兵二人の報告が加わるのだから、完全に焼失されたと思い込んでいる。
それはそれで幸せと言えなくもないが、ハンの陣営はもっと幸せ!!
「まさしく――宝です!!とはいえ、戦闘中のトレジャーハントは――」
「黙っててくれよ……。リズあたりが泣いてうるさいから……」
「――では、たまたま当機の足元に転がっていたということに――」
この時、適切な行動を執ってみせる融通が利く人工知能であった……。
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