#096「嵯峨嵐山」
舞台は、嵐山。
登場人物は、山崎、吉原、渡部の三人。
「秋晴れの空の下」
「絶好の遠足日和ですね」
「一年のときの六甲登山より、格段に良いな」
「小雨が降る中での決行だったから、足元が悪かったよね」
「見晴らしも良くありませんでしたね。晴れたら良かったんでしょうけど」
「服や荷物は泥だらけになるし、翌日は全身が痛くなるし」
「散々だったよね」
「今年は、向こうも晴れてると良いですね、山崎さん」
「聡司の奴。昨年の俺の話や、一昨年の兄ちゃんの話を聞いて、雨が降りそうなら仮病で休むって言いやがってさ」
「山の天気は変わりやすいから、行ってみなくちゃ、わからないのにね」
「フフッ。でも、休みたい気持ちは、わかりますね」
「まぁな。――さて。駅から渡月橋を渡って、ここまで歩いて来た訳だが」
「今度のチェック・ポイントは、天龍寺だったよね?」
「そうです。足利尊氏によって建立された臨済宗のお寺で、法堂の天井に描かれた雲龍図が有名ですね。八方睨みの龍の威光は凄まじくて、見る者を圧倒するそうです」
「そこで待っている予定になってるのが」
「武藤寮監」
「あの後ろ姿に、間違い無さそうですね。あっ、こちらに気付いたようです」
「ある意味、龍より眼光が鋭い存在だな」
「お説教されてしまいましたね」
「横広がりに歩くなって言われてもなぁ」
「まぁ、通行人の迷惑なのは分かるけどね」
「そういう嫌な気持ちも、この竹林の美しさで忘れてしまいましょう」
「真っ直ぐに天に向かって伸びる竹が並んで」
「風で揺れる笹の葉が、サワサワと音を鳴らし」
「清涼感のある若草色の隙間から、筋状の陽の光が差し込む」
「映像では分からなかったけど、独特の香りがするんだな」
「風情があるよね」
「こうしていると、日常の喧騒を忘れてしまいそうですね」
「そうだな」
「日頃の鬱憤や私怨が、些細なことに思えてくるね」
「マイナス・イオンは、科学的根拠がないのか」
「そうだよ、山崎くん」
「この際ですから、厳密さは脇に置いておきましょうよ」
「細かいことは気にしないのが一番だぞ、吉原」
「山崎くんは、大雑把過ぎるよ」
「足して二で割りたいところですね。――そろそろ、チェック・ポイントですよ」
「野宮神社は、あれで合ってそうだな」
「黒木の鳥居が目印だから、間違いなさそうだね」
「あの鳥居は、いにしえの神社の様式を守ったもので、野宮神社は、伊勢神宮に斎宮として使える皇女がお参りする宮だったんですよ。現在でも、その由来にちなんで、斎宮行列という行事が行われています」
「意外と質素だな」
「本当。こぢんまりしてるね」
「規模は小さくても、京都の中でも有数のパワー・スポットで、学問、恋愛成就、子宝安産などのご利益がある神社として、大変に有名です」
「そんなに有名なのか?」
「たしか、『源氏物語』にも登場するんだよね?」
「そうです。『賢木』の舞台になりました。それから、お能の謡曲の『野宮』の題材にもなっていますよ。境内には、その案内板が掲示されていたり、それをモチーフにした御守が販売されていたりします」
「へぇ。――向こうから出てきたのは」
「おそらく」
「三好さんですね」




