#094「仮想現実」
舞台は、教室。
登場人物は、山崎、吉原、渡部の三人。
「箱眼鏡みたいなゴーグルを頭に着けるだけで、あたかも実際にそれがそこにあるかのような感覚を体験できるんだよなぁ」
「ここ最近のブイ・アール技術の進歩は、目を瞠るものがあるよね」
「小さい子供が使用すると斜視になるといった医学上の問題や、映像技術の悪用の危険性といった倫理上の問題などが懸念されていますけど、それらを差し引いても尚、魅力がありますよね」
「夢が広がるよな」
「でも、ちょっと心配だよ」
「社会を豊かにする可能性に満ちている反面、一歩間違えば、ホラー・ミステリーやディストピア物語の世界が現実になりかねませんからねぇ」
「馬鹿と鋏と同じで、使いよう次第だな」
「『一九八四』や『時計じかけのオレンジ』のような世界が現実にならないとも限らないものね」
「凶悪犯に再犯防止目的で教育映像を流すようになったら、歯止めが利かなくなって、軽犯罪者にまでトラウマを植えつけるようになりそうですね」
「一度、坂道を転がり始めたら、なかなか止められないものな」
「加速度が追加されるもんね」
「もし、ルドヴィコ療法を施されることなったら、と考えると、背筋が凍りますね」
「その、ルド何とか療法ってのは、何だ?」
「ルドヴィコ療法だよ。『時計じかけのオレンジ』に出てくるんだ」
「被験者を、薬を投与した上に拘束服で椅子に縛り付けて、瞼をクリップで見開いた状態に固定して、眼球に目薬を差しながら残虐描写に満ちた映像を鑑賞させ続けるというものです」
「無理矢理に観させるだけなら、薬は必要無さそうだが?」
「投薬によって引き起こされる吐き気や嫌悪感と、鑑賞中の映像とを、被験者に連係させることで、暴力や性行為に生理的拒絶反応を引き起こすように暗示させるのが目的だから、薬も必要だよ」
「駄目押しのような気もしますけどね」
「ウゥン。行き着くところまで行って、落ちるところまで落ちると、そうなりそうだな」
「袋小路に迷い込んで、収拾のしようがないね」
「抜き差しならない、八方塞がりですね」
「そういう未来にしないためにも、よくよく考えないとなぁ」
「そうだね」
「他人事として傍観してばかりもいられませんね」




