#092「異人館街」
舞台は、神戸北野。
登場人物は、山崎、吉原、渡部の三人。
「みどりのそっよかぁーぜ いーい日だねぇ」
「ちょーうちょも、ひーらひら」
「まぁめぇの、はっなー」
「ハイキング気分で、景気付けに歌ってみたけれど」
「結構、急な坂だね」
「動きやすい服に、スニーカーを履いてくるように指定した理由が、お分かりですね?」
「よぅく、分かった。ここ、オランダ坂だっけ?」
「ガイドには、そう書いてある。長崎だけじゃないんだね」
「そうなんです」
「ここまで、風見鶏と、萌黄と、あと、美術館を三ヶ所ぐらいみたけど」
「一日で周るには、体力が必要だね」
「お疲れなら、バスに乗りますけど?」
「いや、まだ平気だ」
「僕も、大丈夫だから」
「体調が悪くなったら、遠慮なしに言ってくださいね」
「見晴らしが良いな」
「海まで一望できるね」
「阪神間は六甲山と瀬戸内海が近いので、少し山手に歩くだけで、これだけ登ることになるんです」
「そういえば、渡部。さっきのオランダ館で、香水を買ってたよな?」
「年齢や星座、好きな音楽や好きな植物、個性や人柄に応じて、オリジナルの香りをブレンドしてもらえるって言ってたよね?」
「そうですよ。母と姉に頼まれましてね。以前、購入したときの空き瓶をお渡しして、同じ香りを調合していただいてたんです。それより二人は、よろしかったんですか?」
「俺の家に、香水を使うような高級な人間はいないから」
「使う人がいないのもあるけど、今日は、往復の交通費から入館料や食事代に至るまで、みんな渡部くんに負担させてしまってるのに、それ以上は、ねぇ」
「私の負担とは言っても、厳密には父の負担ですよ?」
「いやいや。だからこそ、余計に気を遣うんだって」
「会ったこともないのに、甘えちゃって良いの?」
「良いんですよ。嫌味に受け取らないで欲しいんですけど、父は、稼ぐばかりで、使う暇がないものですから」
「稼ぐに追い着く貧乏無し、か」
「仕事に精出す、村の鍛冶屋だね。羨ましいよ」
「日頃は家に、ほとんど居ませんし、そうかと思ったら突然、連絡無しに帰ってくるんですよ?」
「四六時中、家に居られるより、よっぽど良い」
「僕の父は公務員だから、平日の昼間は居ないけど、それでも一緒に居たくないものだよ」
「まぁ、おかげで高校に通うことが出来ているのですから、文句を言わないほうが良いんでしょうけどね。さて。歩いたら、小腹が空いてきました。そろそろ、お茶にしたいのですが」
「昼に入ったレストランみたいに、緊張するようなところなら、遠慮して欲しいんだが」
「フランス料理のコースは、敷居が高かったよね」
「今度は、コーヒーか紅茶を嗜みつつ、ケーキを頂くだけですから、リラックスできますよ」
「渡部の言うリラックスは、俺にとっては全然リラックスじゃないことが多いからなぁ」
「でも、この辺に全国チェーンのお店はないよ、山崎くん」
「坂を下って、駅周辺に行けばありますけど、一度、戻りますか?」
「せっかくここまで登ってきたのに、今になって戻るのも変な話だ。腹を括るよ」
「僕も、ここで拒否権を発動するほど、厚顔無恥ではないよ」
「全員、賛成ということですね。それでは、移動しましょう」
「気分転換に歌うか。みどりのそっよかぁーぜ いーい日だねぇ」
「あーそびに、いーこうよ」
「おぉかぁ、こっえってー」




