#075「英和辞典」
舞台は、飛行機内。
登場人物は、山崎、吉原、渡部の三人。
「渡部の電子辞書は、手書きで入力できるから便利だよな」
「しかも、フルカラーだもんね」
「姉のお下がりですよ。卒業したら、妹に渡すつもりです。妹が今、使っているのは、姉と私が中学時代に使っていたものです。タッチ・ペンはありませんし、モノクロなんですよ」
「それでも、電子辞書には違いないんだろう? 俺の通ってた中学は、紙の辞書しか駄目だったんだ」
「僕のところは、図書館で禁帯出の辞書を閲覧するのが、暗黙の了解だったなぁ」
「色々ありますね。山崎家は、兄弟三人とも同じ中学校ですか?」
「そう。中の下か、下の上くらいのランクだな」
「底辺ではないけど」
「ハイ・レベルとは言えませんね」
「話を戻すぞ。俺も弟も、兄ちゃんの辞書を使ってたんだけど、だんだん酷くなるんだな、これが」
「まぁ、使い込めば、傷んでくるものだけど」
「普通の使いかたでは無さそうですね」
「そうなんだ。俺に渡されたときには、兄ちゃんが卑猥な語句に、ピンクのマーカーを引いたあとだったから、俺は赤のボールペンで、契約とか、漆黒とか、魔術とかいう言葉にラインを引いて弟に渡したんだ」
「注意されなかったの?」
「きっと先生は、熱心に勉強してると思ったんですよ」
「教科書ガイドを、そのまま読んで済ませるような、無気力な先生だったんだ。それで、弟が使い終わったのを捨てる前に見たら、右下に、棒人間がカンフーで敵を薙ぎ倒していくパラパラ漫画が描いてあった」
「誰ひとりとして、真面目に授業を聞かなかったんだね」
「努力のベクトルが違いますね。――そろそろ、シートベルトをしましょう」
「もう、着陸か」
「帰りは、あっという間だったね」
「天候に恵まれましたね」




