#065「偶像悪夢」
舞台は、寮の自室。
登場人物は、山崎、吉原、渡部の三人。
「源田くんも、杉並くんも、戸惑いを隠せないようすだったよね」
「まさか、英語で唄うとは思わなかったんだろう。俺も、驚いた」
「日本語より先に、英語で覚えてしまったものですから」
「どの歌詞も、最後はマイ・フェア・レディーなんだね」
「たしか、そういうタイトルの映画があったよな?」
「オードリー・ヘップバーンが、イライザ役を演じた作品ですね。ちなみに原作は、バーナード・ショーの『ピグマリオン』という戯曲です」
「原作も、新訳で読んだことがあるけど、風刺と皮肉が効いてるんだよ」
「イギリスらしいな。――それにしても、夜になっても暑いままだな。そろそろ寝ないといけないのに」
「いよいよ、夏本番だね。寝苦しい夜になりそうだ」
「風通しが悪いですよね。熱中症や脱水症状の予防に、十分に気を配らないといけませんね」
「汗で流れた分は、ちゃんと補給しておかないとな」
「水分だけじゃなくて、電解質も一緒にね」
「ミネラルが失われたままでは、身体がうまく機能しませんからねぇ」
「ここには頼りになる看護師が一人常駐してるから、安心だな。――電気、消すぞ?」
「渡部くんは、配慮が細やかで、行き届いてるよね。――おやすみ」
「何ですか、二人とも。褒めても、何も出ませんよ? ――おやすみなさい」
「ヨイショしてる訳じゃないって。――おやすみ」
「そうそう」
「もぅ、知りません」
「気を悪くするなよ」
「話題を変えるから、こっちを向いてよ」
「今度は、何の話ですか?」
「そうだなぁ。夏の夜らしく、怖い話でもするか?」
「一年生のときも、こうやって怖い話をしたのを忘れたの?」
「各々が何を怖いと感じるかがバラバラだったので、話が成立しなかったではありませんか」
「あぁ、そうだった。思い出した」
「小さい頃、何故か無性に怖かったものの話から、派生したんだったよね?」
「そうです。理由もなく死を連想させるものが怖い、という話でした」
「何が怖いって言ってたかなぁ」
「色々あったよ。列車が通過する時の鉄橋下。サイレン。夜中の薄暗い廊下や、冷蔵庫のモーター音。エスカレーターの最初と最後の一段」
「ビスク・ドール。蝋人形。石膏像。ピエロ。合わせ鏡。トランプの絵札とジョーカー。マネキン。人体模型」
「思い出してきた。天井や床の木目。こけし。能面。日本人形。仏壇の遺影なんかも怖かったんだ」
「……今、言ってもいいのかなぁ」
「何を思い出したのですか?」
「やめろよ、渡部。寝られなくなるだろう」
「……夜に布団から足を出して寝るのが怖いって」
「それは、たしか、山崎さんの発言でしたよね。夜中に布団から腕や脚を出していると、死神に鎌で斬り取られるという話でした」
「そうだよ。せっかく忘れてたというのに」
「大丈夫だって。寝相が悪いから、作り話をしたんだよ」
「一度、布団ごと落下したことがありましたものねぇ」
「寝不足になったら、二人の所為だからな」




