#005「反復思考」
舞台は、教室。
登場人物は、山崎、吉原、渡部の三人。
「頭の中で、同じフレーズが繰り返されることってないか?」
「リフレインですね。私も、時々ありますよ。いま、そういう状態なんですか?」
「考えまいとすると、余計にそのことが頭にこびりつくんだよね」
「昼に放送部が流してた曲が、頭から離れなくってな。何か、手っ取り早く忘れられる、良い方法はないか?」
「そうですね。我を忘れるくらい、ショッキングな出来事が起きれば、それどころではなくなりますけど」
「荒療治だね。やってみようか」
「やめてくれ。大事な何かまで失いそうな気がする」
「別のことを考える方向で、頭を切り替える方法があるのですが、試してみますか?」
「そんな都合の良い方法が、存在するの?」
「人体に悪影響が無ければ、何でも良いから教えてくれ」
「それでは、目を瞑って、今から言うことを忠実に思い描いてください」
「イメージ・トレーニングか」
「瞑ったぜ。何をイメージすれば良いんだ?」
「貴方は今、左手に真っ赤なリンゴ、右手に銀色のナイフを持っています。手に持ったリンゴの質感、ナイフの重量感を思い浮かべてください」
「リンゴとナイフだよ、山崎くん」
「分かってる。それから?」
「右手のナイフで、左手のリンゴの皮を剥いていってください。ナイフがリンゴに刺さる触覚や、リンゴの甘い匂いを思い浮かべながらですよ」
「想像だけだよ。手は動かさなくて良いよ、山崎くん」
「いや、動かしても良いだろう。身体で覚えるタイプなんだよ」
「いま、どの辺りまで剥けましたか?」
「不器用だもの。まだ、剥き始めなんじゃないかな?」
「失礼だな、吉原。もう、半分近く剥いたわ」
「その調子で、おしまいまで剥いてしまってくださいね」
「現実なら、端から渡部くんに丸投げするところだけど」
「やかましいぞ。このっ」
「喧嘩しないでくださいよ。すぐに手を出すのは、悪い癖ですよ?」
「短気だよね」
「邪魔したのは、どっちだ」
「私は、何もしてませんよ。どうですか?」
「どうなのさ?」
「どうって、何が?」
「上手くいったみたいですね」
「単純だね」