#041「罅割硝子」
舞台は、廊下。
登場人物は、山崎、吉原、渡部の三人。
「結局さ。ガラスは液体なのか? それとも、固体なのか?」
「固体は、分子が規則正しく並んだ状態で、液体は、分子が互いに接しながら動いている状態だという定義に従えば、ガラスは液体だよ」
「ちなみに、気体は、分子が自由に飛び回っている状態を指します」
「ガラスは、規則正しく並んでないのか?」
「ガラスの分子は、勝手気ままな方向に向いているんだ。だから、固体に見えるけれども、非常に粘度の高い液体だ、という訳」
「古い教会のステンド・グラスは、下にあるほど分厚くなってますからね。でも、最近では、アモルファスだという説もあります」
「あもるはす?」
「アモルファス。非晶質固体とも言うけど、要するに、完全に結晶になりきってはいない状態の固体ってこと」
「液体のような固体であるという説と、固体のような液体であるという説とのあいだで、揺れ動いてるんです」
「はっきりしないな」
「ガラスは、はっきりしない物質だってことが、はっきりしてるんだよ」
「物の見かた、事の捉えかたは、定義のしかた次第ですからねぇ」
「決めかたによって、色が入ったり、陰りがあったり、どこかで無理が出たりするんだな」
「曇りや歪みのないレンズで見ている人間は、滅多にいないよ」
「先入観や経験は、本質を見抜く邪魔になりますね。理性が直感を押し込めてしまう構造です」
「分類しても、分かるようにはならないんだな」
「分類できないものが出てきて、逆に分からなくなってしまうんだよね」
「人間は、不自然な生き物ですよね。これほど、自然の摂理や生物本能に反している生物も、他にはいません」
「難しく考えすぎて、簡単なことが出来なくなってしまったんだな」
「でも、あと戻りはできないよ。進化は、不可逆性を持っているから」
「時間の流れを逆にすることは、不可能ですからね。ミルク・ティーを、紅茶とラテに戻せないのと同じです」
「割れたガラスを集めても、元の板ガラスに戻らないものな」
「高熱を加えでもしない限りはね」
「さて。これで、破片は綺麗になったでしょう。いくら、雨で外に出られないからと言っても、廊下でペン・ケースを投げて遊ばないでくださいね」
「ごめんな。渡部まで片付けに手伝わせて」
「以後、気をつけるよ」




