#107「祭典後日」
舞台は、廊下。
登場人物は、山崎、吉原、渡部の三人。
「無事に文化祭が終わったね」
「舞台では緊張しましたけど、良い経験になりました」
「山崎くんが台詞を忘れたときは焦ったけど、渡部くんのアドリブで助かったよ」
「シリアスなシーンなのに、笑いを誘ってしまいましたね」
「重たい話だから、息抜きになって良かったと思うよ」
「そうですか?」
「そうだよ。あっ、山崎くんだ」
「よぅ。お待ち遠さま」
「どうしたんですか、山崎さん」
「何が?」
「パーカーの背中だよ」
「肩甲骨のあいだあたりが、薄っすらとピンクになってますよ?」
「ん? あぁ、これか。窓の外を見ながら歩いてたら、黒板消しを持った奴とぶつかった。これでも叩いて落としたんだが、気になるか?」
「やっぱり、チョークの汚れだったんだ」
「元が茶色ですからね。薄い色が着くと、目立ちます」
「それなら、脱いでおこう。週末に、三人分まとめて洗ってしまおう。兄ちゃんや聡司も、これと色違いを着て帰るだろうし」
「パーカーは、手軽に洗えるから良いね」
「敦史さんがネイビーで、聡司さんがグレーを着てますよね。セーターやベストなどのニット類だと、そう簡単に洗濯できませんからねぇ」
「吉原の爺むさいベストさておき、渡部のセーターは暖かそうだな」
「悪かったね、年寄り臭くて。でも、渡部くんのセーターが上質なものなのは、確かだね。輸入品でしょう?」
「えぇ。父が、イタリアに居るときに送ってきたものです。カシミア製で、肌触りがチクチクしないので、気に入っています」
「色も、上品な緑だもんな。毛玉が浮いてて箪笥の匂いがする、くすんだ赤色のベストとは大違いだ」
「樟脳が抜けないのは、我慢してよ。そういう山崎くんこそ、ユニムラで買ったんじゃないの?」
「ピーコック・グリーンです。ファスト・ファッションの大手ですね」
「防虫剤は鼻を衝くんだから、勘弁して欲しいぜ。たしか二年ほど前に、シーズンの終わりのまとめ買い特価で買ったものだ。一着千円もしないから、三人分合わせたって、渡部のセーターの十分の一にも届かないんだろうな」
「そうやって、すぐに算盤を弾くところが、商売人気質だよね」
「模擬店では帳簿を見直して、薄利多売の極意を説いて回ってましたよね」
「だってさ。全然、売り手としての意識がなかったんだ。商売は、そんなに甘いものじゃないって叩き込まなきゃ」
「黒字になったから、結果としては成功だけど、無茶苦茶な指示だったよ。その点、渡部くんは、カフェで持ち前の美術センスと、細やかな気配りを発揮してたよね」
「それほど誇れるようなものではありませんよ。誰もが喜ぶような空間作りを、ほんの少し手伝った程度です」
「女性客から、もの凄い人気だったじゃないか」
「行列が出来てたよね。写真も撮られてたし」
「あれには戸惑いましたし、気恥ずかしかったですよ」
「何だかんだで、準備中に起きたゴタゴタに巻き込まれて、本番までなし崩しで手伝う羽目になったよな」
「僕も、心臓マッサージをする日が来るとは思わなかったよ」
「看護師直伝だけあって、的確だったそうですね」
「ウゥ。シャツだけだと冷えるから、やっぱり着よう」
「日が暮れるのが早くなってきたね」
「昔から、秋の日は釣瓶落としと言いますからね」




