#105「悪徳商法」
舞台は、教室。
登場人物は、山崎、吉原、渡部の三人。
「来月の七日から十一日が、文化祭本番か」
「どのクラスでも、準備が進んでるね」
「芸術の秋ですね。皆さん、浮き立ってますよね」
「それにしても、クラスの演劇で、舞台に立たなきゃいけなくなるとはなぁ」
「こういうことをしたくないから、帰宅部なのにね」
「森先生と、視線が合ってしまいましたからねぇ」
「ついてないな。運の尽きだ」
「今度から、ホーム・ルームの時間は目を伏せておこう」
「それは逆効果かもしれませんよ、吉原さん」
「何はともあれ、決まってしまったことは、いまさら覆せない」
「そうだね。ここは、受け容れるしかないね」
「そうと決まれば、さっそく、台本を読み合わせましょう」
「渡部、山崎にナイフを振り下ろそうとする。山崎、間一髪で避け、台詞」
「いっ、一体、何のつもりだ?」
「渡部、台詞」
「あれ、おかしいですね。こちらの契約書にサインされましたよね?」
「そうだ。だから、ここまで来たんだ」
「自分では才能があると思っているのに、親や周囲に反対されて開花させることができない。その現状を変えて欲しいということでした」
「あぁ、そうだ。お前のおかげで、一流として世間に認められるようになった。その助力には感謝する。だがな」
「渡部、懐から紙を取り出し、山崎の台詞を遮って突きつける」
「この契約書には、裏面があるんです。当然、読まれましたよね?」
「山崎、首を傾げながら紙を手にし、仔細を検める」
「裏面?」
「契約内容が満たされた場合、表面に署名した契約者は、裏面に署名した契約主に代償を支払う、という内容です」
「代償って、お前。それで命を狙うとは、どういうことだ」
「渡部、呆れた表情でため息をつき、両手の平を上に」
「やれやれ。自己紹介のときに申しあげたでしょう?」
「自己紹介?」
「記憶力が覚束ませんね。初対面で、こう申し上げました。『私はデルタ・アイ社の者です。あくまでも、あなたの成功をお手伝いするだけです』」
「そういえば、そんなことを言っていたな。でも、それがどうした?」
「ピンときませんか? もう一度申し上げますよ」
「渡部、薄ら笑いを浮かべながら、ゆっくりと繰り返す」
「アクマでも、あなたの成功をお手伝いするだけです」
「山崎、蒼白な表情で、あとずさる」
「まさか、お前」
「お分かりになりましたね。そのまさかです」
「渡部、帽子とマスクと上着を取り、悪魔の姿を顕わにする」
「これが証拠です。いくらなんでも、悪魔と契約して天寿を全うできるなんて思いませんよね?」
「渡部、不敵な面構えで続ける」
「大丈夫。大人しくしていれば、命までは頂きません」
「それじゃあ、さっきのナイフは、何なんだ? 悪魔の言うことなんか信用できるか」
「ごもっともですが、落ち着いてください。さて、ここでクイズです。地位も権力もほしいままにし、一生遊んで暮らせる画家が一人います。その画家が、一番失いたくないものはなんでしょう?」
「……何だ?」
「本当に分かりませんか? 正解は、視力です。これ以上、好きな絵が描けなくなりますから。でも、もう十分な資産がありますから、絵を売って稼ぐ必要もないでしょう。それに絵が描けなくなれば、今まで描いた絵に希少価値がつくでしょうから、ますますお金持ちになりますよ。よかったですね。将来、安泰です」
「そんなの、全然良くない。頼むから、それだけは勘弁してくれ。絵を描けない人生なんて。俺は、俺はっ」
「でも、契約は契約ですから」
「このっ」
「山崎、近くの椅子を投げようとする。渡部、指を鳴らす。山崎、そのまま身体が硬直。渡部、徐に山崎に近付く」
「変に抵抗すると、余計に負目を増やしますよ? それとも、それをお望みですか?」
「今度は、僕の台詞。――たった今、入ってきた情報によりますと、今日未明、画家のタキヤ・カシマザ氏が、自宅のアトリエで自殺をしていたことが判明いたしました。遺書は残っておらず、現在警察が、事件の可能性を視野に調べを進めているとのことです」
「渡部、左手をうつ伏せの山崎の上着の内側に背中から手をいれ、氷砂糖を取り出し、右手に持った試験管の栄養ドリンクに投入し、それを軽く振り、台詞」
「おやおや。結局、死を選びましたか。つまらない人間ですねぇ」
「栄養ドリンクを飲み干し、客席を向き、台詞」
「くれぐれも皆さん、悪徳商法には、ご用心を」
「今は台本を見ながらだけど、本番までは覚えなきゃいけないんだよな?」
「そうですよ。お互いに頑張りましょうね」
「山崎くんのほうが、渡部くんより台詞が少ないね」
「俺よりも、吉原のほうが少ないけどな」
「でも、前半で長台詞がありますから、大変さは変わりませんよ」
「無事に済むように、今からしっかり練習しないとね。それにしても、渡部くんの悪魔役は、適役だね」
「はまり役だよな。本当に居そうで怖い」
「フフフ。ひょっとしたら、森先生は、私たち三人に当て書きしていたのかもしれませんね」




