#104「甘味酸味」
舞台は、渡部家。
登場人物は、山崎、聡司、吉原、渡部、清美、愛実の六人。
「普通のロシアン・ルーレットとは逆なのよ」
「当たりは、一つだけか」
「一度、手を触れたら、潔く完食するようにと言われてもねぇ」
「何が入ってるかを想像すると、恐ろしくて手を出せないな」
「昨年は、とても食べ切れるものじゃなかったの」
「戻したり残したりすると、格好悪いものですよ。私は最後に残った一つをいただきますから、皆さん、好きな一つを選んでください」
「ウゥン。見た目では、全然わからないわね」
「こういうところでも抜かりないんだよな、渡部は」
「ここ一番で失敗したところを、まだ一度も見たことがないよね」
「考えても、埒が明かないな。えぇい、これだ」
「わたしは、これ」
「早く選んでくださいね。冷めると美味しくなくなりますから」
「そうね。あたしは、これにするわ」
「なるようになれ、だ。これに決めた」
「僕は、こっちにするね。はい、渡部くん」
「はい、ありがとう。それでは、心の準備は整いましたでしょうか? 私が合図をしたら、全員一斉に食べ始めてくださいね」
「アッ。渡部。これ、鼻にツンと来るんだが、山葵か?」
「そうです」
「フー。渡部くん、唐辛子を入れた?」
「おそらく、吉原さんのはタバスコですね」
「カァッ。これは、胡椒か? いや、芥子かもしれないな」
「マスタードですよ、聡司さん」
「これ、何の味かしら。磯臭いんだけど」
「その感想からすると、お姉さんのは塩辛でしょう」
「みんな、変な顔」
「こら、愛実。そういうことを言うものじゃありませんよ」
「あれ? どっちが当たりだったんだ?」
「二人とも、平然としてるね」
「当たりが二つあったのか?」
「わたしは、美味しかったわ。お兄ちゃんが騙してるのよ」
「違いますよ。平気を装ってるのは、愛実のほうです」
「食べ切ってるから、どっちが嘘か確かめられないわね」
「何を入れたんだ、渡部?」
「仕掛けを公開してよ」
「そうじゃないと、すっきりしないぜ?」
「残る一つは、何を入れたのよ、博巳?」
「バルサミコ酢です。相当な量を入れたので、かなり酸味が強い仕上がりになってると思うのですが」
「えっ、じゃあ、わたしはハズレだったの? さっぱりして美味しかったから、当たりだと思ってたのに」
「何だ。そういうことだったのか」
「想定外の誤算だね」
「そうだな」
「どうも、愛実の味覚を見積もり損ねてしまいました」
「ある意味、ハズレが当たりだったわね」




