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女海賊に「信念」を教える。前編

 次に目が覚めた時、王城は上へ下へと大騒ぎだった。女王の拉致。ここにきてこれだった。王が死んだ直後、唯一の血統たる新たな女王が拉致された。

それもはるか南の土地にある王国の使節によって。


 捜索はされていない。どこに連れて行かれたか分かっているからだ。

 女王アーレは白昼堂々連れ去られてしまった。イイグルース帝国の使節だという男は確かにその証を持っていた。護衛は連れていたが武器も持っていなかった。女王と二人きりにしたわけではなく騎士が数名そばにいた。だが女王は連れ去られてしまった。その使節の悪魔的な力によって。

使節は終始その身分や目的を明らかにし、念押ししていた。

 イイグルース帝国の使節である。イイグルース国王は女王アーレを欲している。そして女王率いる王国にそれを断る意思があっても阻む力はない、と。

 手段は至極単純だ。使節と数名の護衛は羽の生えた化け物へと変化し女王を連れて飛び去ったのだそうだ。

 念のためこの世界の人間は羽を生やす事が出来るのか聞いたが、答えは否だ。そういう常識はこの世界に存在しない。

 とはいえ俺の知らない物理法則に支配された世界だ。それに、そして、この世界の人々も知らない秘密もきっとあるだろう。


 オルミアは報せを聞いてすぐに飛び出してしまったらしい。今どこにいるのかは分からない。王国は上へ下へと大騒ぎだ。王城では連日大臣や官僚方が喧々諤々と会議という名の言い争いをしている。話は一向にまとまらない。何せイイグルース帝国側からのメッセージが皆無に近いのだ。

 アーレを欲しているとはどういう事なのか?嫁にでも迎えているのだろうか。


「ビンセント兄様。お加減はいかがですか?」


 ヒナタがおずおずとした様子で病室に入って来た。何かとても怯えた様子で、その原因は想像に難くない。


「ヒナタ。アーレが攫われた時、もしかして傍にいたのか?」


 ヒナタが縋りつくようにして扉からベッドまで駆け寄って来た。腕が痛むが気取られないように微笑を絶やさずにいる。


「はい。とても恐ろしかったです。シセツという方達が玉座の足元で女王様とお話をされていたのです。内容はよく分からなかったのですが、いがみ合っている事は分かりました。アーレ様はとてもお怒りになっていて、王国の騎士の皆さまも本当に鬼のような形相を浮かべていたのです。そして突然何か合図でもあったかのようにシセツの方達がとても恐ろしい姿に化けてしまいました。角や翼の生えた姿で飛び上がると、皆が呆気を取られている間に女王様を捕まえて、割れたスタンドグラスから飛び出して行ってしまいました」


「そうか。でもヒナタが無事でよかったよ」

「私はとても悲しくて悔しいです。何も出来なかった自分が惨めで仕方ありません。ビンセント兄様ならきっとあんな化け物達やっつけてしまわれたのでしょうね」

「さすがに俺でも翼の生えた連中には敵いっこないさ。嵐での出来事を覚えているだろう。俺はなす術もなかった。ヒナタが攫われ、嵐の鳥が気まぐれで村の屋敷に止まらなければどうなっていた事か」俺がそう言うとヒナタはより一層俺の腕にしがみ付いた。「すまない。あの時の恐怖を思い出させてしまったね」

「いいえ、それよりも、あの恐怖を女王様も味わっていると思うと怖くて悲しくて……」

「もちろん俺なら使節が化ける前であれば取り押さえる事もできただろう。そして、奴らを追いかけて追いついて痛めつけてアーレを取り戻す事だって出来る」

「本当ですか? ビンセント兄様」

「ああ、もちろんだ。俺が嘘をついた事があったか?」

「いいえ、ありません。では、私はどうすればいいですか? お手伝いしたいです!」

「気持ちだけで十分だよ。アーレが攫われてた時に寝ぼけていた俺が率先して働くべきなんだ」

「いいえ、そうはいきません。ビンセント兄様はお怪我をされているんですから、少なくともきっちり治るまでは安静にしていてください! ピニャ!」


 ヒナタが呼ぶとどこからともなくピニャが現れた。まるで屋根裏に控える忍者のごとしだ。俺のベッドの上に落ちてさえ来なければ完璧だった。


「にゃーに? ヒニャタ」

「お兄様が勝手に働かないように見張っていてください」

「分かった! 兄ちゃん、ピニャの目が黒いうちは働かせにゃいぞ!」

「了解だ。降参だよ。決してここから動かないと約束する。ピニャもヒナタの手伝いをしてやってくれ」


 俺は上半身もベッドに倒れ込む。ピニャは俺とヒナタの顔を交互に見て、ヒナタは俺とピニャの顔を交互に見る。

「分かりました。ピニャ、行きますよ。イイグルース帝国へ向かう準備をするのです」



 王国は火のような怒りに包まれていた。国王を殺されたばかりか、次期女王を連れ去られたのだから当然だろう。戦争の気運というやつが高まっていた。

 俺はベッドを抜け出して、ある場所へと向かう。出来れば二度と行きたくなどなかったのだが仕方あるまい。あの忌まわしい悪臭を放っていた牢獄へとやってくる。あの時と比べればかなりマシだが元々不衛生な環境である事に変わりはなく、鼻がもげそうな臭いが漂っていた。

 俺はある牢屋の前に来た。そう、国王を殺し、アーレを殺そうとした騎士隊長の元へ。騎士隊長の他にも彼に協力した騎士が何人か牢屋に入っていた。誰もが衰弱している中で、騎士隊長は鋭い目つきを保っている。


「何の用だ」と騎士隊長は不遜な態度で俺に臨んだ。

「何、聞かせてもらいたい事があってな。ちょっとした好奇心を満たしに来たんだ」

「何だか知らんが、貴様に何でも喋ると思うなよ」

「それもそうかもしれないな。じゃあ代わりに何かくれてやろう。そうだ丁度昼食のパンがある。ここの臭い飯に比べれば随分とましだろう?」


 騎士隊長は何も言わずに鉄格子の間から手を差し出す。


「何だ? 腕なんか伸ばしてどうした?」

「パンをくれ頼む。何でも話す」


 騎士隊長は見るからに痩せこけている。今にも死にそうな様子だった。


「なら教えてくれ。何故国王を殺し、女王をも殺そうとしたんだ。動機を聞かせてくれ」

「イイグルース帝国だ。奴らに殺せと命じられた。俺がアーレを娶り、玉座につくのと引き換えに」

「お前はアーレを殺そうとしたじゃないか」

「アーレ? アーレだと!? 何故お前が気安くその名を口にする!」


 騎士隊長は鉄格子を掴み、歯をむき出しにして食って掛かる。


「なるほどね。素気無くフラれたって訳だ。そして俺に企みを暴かれ、怒りのままに殺そうとした。いや、火薬は元から仕込んであったな。いずれにせよ、いつでも殺せるようにはしていたって訳か」

「その通りだ。もういいだろ! パンを寄越せ」

「頼みついでだ。イイグルース帝国にはどうやって行くのが早いんだ?」


 騎士隊長ははっとした様子を見せ、ついでにやにやとほくそ笑む。


「海路に決まってるだろ。大陸の南端にあるんだからな。だが……」


 騎士隊長は気味良さそうに笑う。


「何がおかしい。まだ何か隠しているのか?」

「いや、分からないか? 海路が一番早いんだ」


 俺ははっと思い当たる。当然だ。イイグルース帝国も馬鹿じゃない。当然対策を取る。


「そうか。船を壊すか。海路を塞ぐか。あるいは待ち伏せ。何だってできる準備をしているに決まってるんだ」

「ご名答だ。よく分かったな。少なくとも船を壊す算段は俺も手伝ったんだ。王国海軍の軍港の警備をちょっと手薄くする事でな」

「クズめ。だが約束は約束だ。このパンをくれてやろう」


 俺がパンを差し出そうとしたその時、後ろから呼び止められる。


「ちょいと待ちな、兄さん」


 振り返るとそこには肌も露わな襤褸布をまとった女が牢屋の中で鎖につながれていた。騎士隊長やその後ろにいる騎士たちと比べても遥かに痩せこけている。その声もかすれ気味で、隙間風のような響きだった。


「どうした。何の用だ」

「そのパンをアタシに寄越しな」


 騎士隊長が何か喚いているが無視する。


「悪いが、そう言われておいそれとパンを渡しやしないよ。既に先約がいるからね」

「船が必要なんじゃないのかい?」

「確かに、必要だ。お前が用意できるというのか」

「ああ、その通りだ。アタシの船はそう簡単には見つからない場所に隠してある。そのパンと、マシな服と、この牢屋からの自由を保障してくれさえすれば乗せてやる」

「パンと服を手に入れたら逃げるんだろう? 俺に嘘は通用しないぞ」


 襤褸布の女は舌打ちする。


「いいさ。じゃあ、船の場所に案内するまでは手錠でも鎖でも付けたままにすればいい。そうすれば船がある場所へ案内するよ」

「いや、その必要はない」


 俺はパンを牢屋に投げ込み、牢の錠を開けてやる。


「何のつもりだい?」

「お前は嘘つきかもしれないけれど。情に篤そうだ。そういうのが分かるんだよ。嗅覚っていうのかな」


 女は鼻を鳴らし、そしてパンにかぶりつく。




 そこらで買ってきた適当な服を与えると女は一しきり文句を言った後に着替えた。牢獄を出ると女は深く深く息を吸い込んだ。


「久しぶりの娑婆の空気は最高だな」

「久しぶり? いつからいるんだ?」

「ん? かれこれ半年くらいだな」

「じゃあ、あの悪臭の中をずっと過ごしていたのか?」

「ああ、あれは辛かったね。ひたすら小さな呼吸でじっとしてるのがコツだね」


 だからあの時、存在に気付かなかったのか。


「じゃあ、後日軍港で落ち合おう」

「あんた、アタシを信じてるのかい?」

「いや、お前というより、お前の魂を信じていると言った方が近いかもな。それはさ、お前でさえ分からないくらいの人間の本質のようなものなんだ。そういう嗅覚があるんだ、俺は」


 女にはよく分からなかったようだ。だけどきっと魂に今の言葉が刻まれた事だろうと思う。


「あんた名前は?」

「ビンセントと呼んでくれ」

「それじゃあビンセント。あたしの事は敬意を込めてこう呼び名。女海賊ロスヴィータ船長閣下とね」

「ああ、分かったよろしく頼む。ロスヴィータ」


 ロスヴィータは鼻を鳴らすと、背中を向けて歩き去った。


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