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青写真

 

 紀伊 葵。

 高校生。

 初めて、青の写真を撮った日。








 人には色があると思う。本当は綺麗なんだろうけど、レンズ越しに見ると、色がごちゃごちゃする気がして、うまく撮れないから、僕は苦手だ。小さい頃にカメラをもらってから、一回も人を撮ったことがない。というか、撮れない。ただ、人物以外なら、写真を撮るのは好きだ。僕の生き甲斐かもしれない。この歳で生き甲斐って…老けてんのかな。


 高校に入って、当たり前のように写真部に入った。とにかく僕は、いつも写真を撮っていたいのだ。体育会系の部の人より部活に打ち込んでいる自信がある。その情熱ゆえに今日は部活が休みだったのに、部室の方へ来てしまった…!…嘘です。いつもの癖で何も考えず足が動いただけです。はい。


 今から帰るのもなんだし、そのまま文芸室へ向かう。橋本くんとかいないかな(何も考えてなさそう)。誰もいなくても適当に写真集眺めて帰ろう。そう思いながら渡り廊下を通り、第3棟にはいる。文芸室の扉を開けると、


 一人、いた。彼女は、窓を開け、ぼーっと外を眺めていた。林さん。僕とは正反対の写真を撮る。人物ばかり撮る。人物に限らず、彼女は、僕が撮れない写真を、撮る。


 扉が開いた音に気づき、彼女は振り返った。一瞬、僕はカメラを向けられたような気になった。


「紀伊くんも来たんだ」

「つい」


 彼女はへらっと笑う。さっきから僕はドキドキしっぱなしである。とりあえず入り口近くにある本棚から適当に写真集を手に取り、席に座る。


「紀伊くん、話しかけていい?」


 もう話しかけてるよ、林さん。


「今考えてたんだけどね、カメラで撮れないものって、なんだと思う?」

「…え…うーん、レントゲンかなあ」

「…確かにね。普通のカメラじゃ撮れないね。」

「…違うの?うーん、時間?」

「…そっか、時間も写せないか。」

「でも、日付はつけられるから、いつのものってのは分かる。」

「なら紀伊くん不正解ってことで」

「…んー、なんだろ」

「…ふふ、」

「林さんなに笑ってんのー」

「紀伊くんは分かりやすいね。…あ、そしたら私も不正解かも」

「え、なに?答えなし?」

「…気持ちかなって、思ったの。」

「気持ち?」

「うん。相手がなに考えてるとか、どんな気持ちか。写せないなって」

「…なるほど」

「でも、素直な人なら表情を撮ればそれがその人の気持ちなのかなって、今思った」

「俺、素直…?」

「だってすぐ表情にでるじゃない」

「…そんなこと、ないよ」


 だって、君は、僕の気持ちを知らないでしょう?


「うそだー」

「…じゃあ、林さんを撮ってみて良い?」

「えー、撮られる側かー」

「だめ?」

「…いいよ」


 こんなに長く話したのは、初めてかもしれない。僕は、もっと知りたくなった。写してみたくなった。林さんが、なにを考えてるか、どんな気持ちなのか。撮れたら、いいのになあ。


 僕が写真を撮るのは、なにか感動したとき。心が動かされたとき。最初は、カメラをもらったとき。嬉しくて、ひたすら目に入ってくるものを撮った。カメラで見る世界に感動したから。次は朝顔の芽が出たとき。その次は綺麗な夕日を見たとき。僕の世界には、風景しかなかった。けれど、みんな綺麗だったから、十分満足だった。


 でも、写真部に入って、しばらくして君に逢った。それからは、なかなか、作品として満足するものは撮れなくなった。なんとなく、青色が足りない気がして。林さんをレンズ越しで見たことはまだないけど、きっと青。でも、風景と違って好き勝手撮って良いもんじゃないから。…隠し撮りは犯罪だから…。


 気持ちが写せないなんて、そんな考え方したことなかった。僕は風景ばかり撮っていたから。


彼女にカメラを向ける。レンズは翳りのない、透明なガラスになった。やっぱり林さんは、青だ。空とも、海ともちがう、透き通った、青。今、なにを考え、どんな気持ちなのか。どんな青色が写るのか。写してみたかった。


「綺麗に撮ってね」

「…無理だよ」

「は?」


 うわ、怒った。怒ると深い青って感じ。これもいい色だなあ。


 林さん。君の青を全て写すなんて、君の一番綺麗な青を撮るなんて、僕にはきっと無理だよ。


「林さんの写真、僕好きなんだ」

「…ふーん、なんで?」

「みんな笑顔だから。子供も、おじいちゃんおばあちゃんも、写真部のみんなも。みんな幸せそうだから。」

「そんなに笑顔ばっかり撮ってる?」

「 …多分、撮っている林さんが幸せなんだと思う。いつも写真、楽しそうに撮ってる。つい、撮られる方が笑っちゃうくらい」

「じゃあ、写真には撮る側の気持ちが映ってるって言うの?」

「そうなんじゃない?」

「私の写真、好き?」


 さっき、僕、結構勇気出して言ったんだけどなあ。


「…うん、好き」

「えへへ」


 あ、笑った。照れた。うん、なかなかいい。


「私もね、紀伊くんの写真好き」

「ぅえっ」

「うえってなによー!!」

「いや、びっくりした」

「…紀伊くんが、なにを、どんな風に観てるのか、どんな風に心動かされたのか。写真を見れば、少し、分かる気がするから。紀伊くんはやっぱり素直だよ。変に凝って撮ろうとしないでしょう?だからね、ストレートにズドンとくるの。」

「…ズドン?」

「うん。こっちまで感動するっていうか」

「ズドン?」

「もーーーいちいちうるさい!」


 顔、真っ赤だ。多分、僕も。

 きっと、僕が一生のうちに撮る人物は、彼女だけだろう。と、なんとなく思った。そうすれば、これらが最初で最後の、僕が撮る人物写真になるのだろうか。彼女の目は、ずっと、僕を離さない、藍を秘めた輝く黒なんだろうか。

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