春
28歳。春。もう教師という職業も割りかし板についてきた。多野宮高校から異動することになり、今年から新しい職場で働くこととなる。あれから、彼は改めてフランスへ行き、賞を幾つも受賞して、それからひっきりなしにヨーロッパのあちこちから仕事の依頼が来るようになったそうで、私の元にもちょくちょく写真が届く。メールもたまにやり取りする。海外に渡っても、売れっ子は売れっ子のままみたいだ。本屋で彼の写真集が出ているとつい買ってしまって、それくらい言ってくれれば送るのに、なんて会話を電話で交わしたのは半年くらい前だろうか。メールを見たり、ゆっくり電話をしたりする暇もないほど、彼は目の前の写真に夢中みたいだ。
彼の写真を見るたび思う。彼の世界は本当に広い世界だなあ、と。ワールドワイドな紀伊葵くん。私の世界は、グーグマップで見たら0.1㎜にも満たないような、本当に小さな街でしかないけど、それでも、一生懸命、日々生まれ変わる新しい世界を生きています。そろそろ、日本に帰ってきてね。
「林さーん、お届け物でーす」
「はーい」
外に出かける用事もないので、今日はメガネにルームウエアという格好である。そのままの姿でドアを開ける。一人の配達員さんが立っていた。男の人だったから、なんだか気恥ずかしい。少し早めに判子とサインをして、荷物を受け取…
かっるっ!!!有田みかんの箱のくせに軽っ!!!みかん一個しかないとかそういうオチですか!?いやむしろみかん一個にも満たない気がする!!!
「なんやねん…」
「開けて」
「…え、」
猫背な配達員さんが帽子を取ると、紀伊くんが現れて。
「はやく、開けて」
急かされるままダンボールを開けた。
青井さんらしい、というか、紀伊くんらしいなぁ、と思った。
「千香ちゃん、ただいま。」
「おかえり、葵くん。」
ダンボールの中。私がメガネ越しに見たのは、青色の