あお
「…ん?なんの写真?」
最後のページに、ただ挟まれているだけの写真が数枚あった。……。そこには
「千香ちゃん!?!?」
「うわあああびっびっくりするじゃあん!!!」
こっそり橋本さんが背後に来ていて、急に耳元で私の名前を言うもんだからびっくりした。
「いや、千香ちゃんの驚き方に私びっくりだよ」
みんなおやつ買いにコンビニ行っててよかったね、なんて目を合わせず言われた。は、橋本さん…。
「その写真、高校の時の千香ちゃんだよね?」
「う、ん…でも、覚えてない。」
笑って、怒って、照れてる私がいた。橋本さんが言うように、まさに高校生の頃の私だ。場所は、ここ、文芸室。アルバムに挟まってたってことは、紀伊くんが撮ったんだろうけど…。紀伊くんは人物を撮ったことないんじゃなかったっけ。
「こんなにカメラ目線なのに、覚えてないないの?」
ぐ…言い方が胸に刺さる。なんか手汗出てきた。覚えてないもんは覚えてないもんなぁ。一旦アルバムを閉じ、ハンカチを取り出そうとした。アルバムの裏表紙に、K.Aとイニシャルが書かれているのが目に入った。取り出したハンカチで手汗を拭う。いつ撮ったんだろ。
「わ、そのハンカチ可愛い!良い色だね」
「あ、でしょ?白藍色っていうの」
「いいなー、どこで買ったの?」
「プレゼントでもらったんだー」
おっといかん、顔がにやけてしまう。にやにや。…また引かれるかしら、と橋本さんの顔をみると、なんだか複雑そうな顔をしていた。
「引いたなら引いたって言って…」
「千香ちゃん…考えすぎかもしれないんだけど…。私、おばあちゃんから教わったことがある……。
ハンカチって日本では手巾って書くことから、手を切る、縁を切るってことで、別れを意味することがあるって…。
「へえ…そう。」
「まあ別に送る側がそんなこと知らなきゃなんの意味もないけどさ!」
……別れ?紀伊くんは、どこか行くつもりなら、行くと、ハッキリ言ってくれると思うし…。いや、でも紀伊くんならふらっとどっか行く可能性だって十分ある。でもそもそもそんなこと、紀伊くんが知ってるかな?でも、ガラスの破片はストッキングを掃除機につけて吸うといいとか、おばあちゃんの知恵もってたし…。一回救急車通ったとき親指隠してたし…。
まてよ、そういえば今日の待ち合わせは空港だったけど…なんか意味でもあったのかな?…クリスマスのとき、桜の写真の話になって、春に撮りに行きたいって私が言ったら、行こうじゃなく、行けたらいいね、みたいなニュアンスで返されたことは少し心に引っかかっていた。考えすぎ?もしかして、春に一緒に居られないって、分かってたから?わざわざ、2月20日にしたのって、なんか意味があったの?…まさか、今日、どこかに旅立つ日、だったんじゃないの。
私はいてもたってもいられず、飛び出した。紀伊くんに今どこ?とメールして、ただ駅に一目散に走った。タクシーを拾って、急いで空港に向かうよう、運転手さんに頼んだ。紀伊くんから、空港の第1ターミナルにいると返信がきた。私との約束がなくなっても空港にいるって、やっぱりどっか行っちゃうから?何時発の便に乗るんだろう?第1ターミナルって…国際線…!?でも…やっぱり考えすぎ?無理やりパズルを当てはめようとしただけ?いや、でもなんで今日空港にしたのかとか、わざわざ2ヶ月も空けたのかとか、謎しかない。
あーもう泣きそう。涙目なってきた。なんでそしたら返信はわかった、の一言だったの?もう少し粘りなさいよ。見送りに来て欲しいって言いなさいよ。でも紀伊くんならなんでもあり得そう。だんだん私の考えが合ってるような気がしてきた。嫌な予感。外れてくれ。お願い。もし予感があってるとしたら、間に合って。まだ搭乗してませんように。
もう少しで空港、というところで軽い渋滞ができていた。待ちきれずに降り、第1ターミナルに急いだ。
彼は、いた。私を見て、目をまん丸くして。片手には大きなスーツケース。
「林さん…今日来れないんじゃ…」
「私、紀伊くんの写真が好き!まだ、近くで見れると思ってたのに。なんで言ってくれなかったの!?ばーか!!」
「え、っと、ありがとう。ごめん…」
「どこ行くの…」
「えっ…あ…フランス、」
「!!っやっぱり行くんだ…。って、フっ…ラ…無理じゃん…本当、なんで黙ってたの」
「ごめん、」
「…」
「別に、隠すつもりも無かったんだけど、恥ずかしくて」
「何が恥ずかしくて、よ!!」
「だって、自分の個展に連れてって名乗るってのもなんかさぁ…」
「…………は。個展?」
「………え」
「……え?」
「俺が、写真家の青井だって、自分で言わなかったこと怒ってるんでしょう?」
「…え?紀伊くんが青井さんなの?」
「…ん??そのことじゃないの?」
「そうだったの!?」
「ちがうの!?!?」
「いや、私はてっきり、今日の約束って、紀伊くんが旅立つからっていう…」
「どこに?」
「フランス…」
「フランスは…春頃…仕事で、行く」
「そのスーツケースは!?」
「コインランドリー、寄って、きた…」
「じゃあ今日なんでここにしたの!?」
「く、空港で、写真、撮りたい、おもたよ」
「なんで今日にしたの?」
「しばらく土日、空いてなかたよ」
「なんで片言なの!?」
「ごめんなさい」
「別れのハンカチは!?」
「え、なに?木綿のハンカチーフ?」
「……なあによおおおお!!てか青井さんって紀伊くんだったの!?!?」
「今!?!?」
「なんか遅れてきた」
安心半分、苛立ち半分。私の涙返せ。お前絶対仕組んでただろ。ばか。目の前の男はてれてれ、と照れている。
「いやぁ、それにしても俺の写真、好きですか」
「今!?!?」
「なんか遅れてきた」
「ああ、そう」
「俺は林さんの写真も好きだけど、林さんが、好きだよ」
てれてれてれてれ。勢いで好きだなんて言ってしまった2分ほど前の自分を止めたい。やめてくれ、こっちだって恥ずかし…………ん?
「その目も、表情も、小さなことに感動する素直さも、もちろん撮る写真も、僕は千香ちゃんが大好きです」
はーーー!!!!この男は!!!……もう知るか!!恥ずかしいことさらっと言いおってからに!!!!なんでこの流れでさらっと言えるのよ!!!悔しい!ええいどうにでもなれ!!!
「私もねっ!!」
「うん」
「…あの!」
「…はい」
「…紀伊くんの下の名前教えてくださぁい!!」
「………林さんなんて嫌いだ」
「…すいません」
「…葵です」
「!!だから青井さん!?」
「ほんっとに気づいてなかったんだ…」
「ごめんね、…葵くん」
「……いいよ。」
「あのね、」