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多野宮高校写真部

 授業が終わり、前期期末テストの採点もあらかた終わり、部室へ向かう。第3棟にある文芸室。私はこの特別教室をくぐるとき、いつも思うのだ。文芸部よ、復活してくれるな、と。


「あ!千香ちゃん!」

「林先生でしょーが!」


 まったく、これだから最近の生徒は…。


「これ見て!よく撮れてるでしょ?」

「ぅ、わぁ、どうやって撮ったの、」

「3秒間くらい開けっぱにしてみた」


 やっぱ写真ってすごいなあ。同じ景色でも、撮り方次第で全然違う。うまく撮れたやつなんかずっとニヤニヤして見ていられる。


「千香ちゃん、これコンクール出せるかなあ?」

「え、出そうよ!入賞できるかも!」


 本当!?と輝いているこの子の目に、私は今どんな風に映っているのだろう。おばさんかな、はは。

 私は林千香。今年で25歳。教師になって、3年目。今は母校であるここ、多野宮高校で国語を教えている。また、部員が長らくいない文芸部に代わり文芸室で活動する、この写真部のOGかつ顧問である。


「先生は写真撮ったりするの?」

「体育祭とか文化祭なんかはカメラ係よ」

「先生撮ってたんだ!道理でみんな笑って」


 なにそれ、私撮る時変顔でもしてんのかな??あ。

 帰りなさいの合図の、トロイメライの調べがもう鳴ってしまった。まだ来たばっかりなのになあ。


「…さ、もう帰りましょう」

「えー」


 私も同じ気持ちよ、と思いながら、私に写真を見せてくれた橋本さんを始め、部室に集まっていた生徒に声をかける。


「じゃー千香ちゃんさよならー!」

「林先生ね。はい、さよなら」


 女子高生らは荷物をまとめ、少しずつ蒸し暑くなり始めた外に踏み出してゆく。あー、あー、白くて細い手足をそんな出しちゃって。若いわねえ。彼女らから視線を手前にやると、窓のそばに生えている木には少しずつ若葉が茂り始めている。青々とした緑だ。私が高校生の頃から文芸室のある第3棟の周りには、名前の知らない背の高い木がたくさん生えている。緑のカーテンのようで、夏は少し過ごしやすい。それから、だんだんと日が長くなっているのを感じながら、のんびりした足取りでアパートに帰った。


 ポストを開け、郵便物をガサッと手に取り、鍵を開ける。ただいまぁーと、誰もいない部屋に声をかける。ベッド脇にバッグを置き、テレビと向かいあって、お気に入りのオレンジの座イスに座る。あー、着替えるのめんどくさ。現実逃避に、ポストに入っていたハガキや封筒をパラパラ見始めた。バーゲン。バーゲン。保険。割引。バーゲン。…パッと、青い海のポストカードが目に飛び込んできた。この写真、好きだ。それは透明なフィルムの封筒に入っていて、もう一枚ハガキが同封されていた。


 多野宮高校写真部 第20〜29回生、 同窓会のお知らせ。


 同窓会…!幹事は私達の代の部長の橋本くんだった。ん…?橋本…?……!え、まさか橋本さんて橋本くんの妹!?1、2…大体9歳差?あり得なくはないか。確かに顔が似てるような…いや、でもただの他人か…。待て自分。今悩むことじゃない。

 白い二つ折りのハガキに視線を戻し、読み直す。日にちは7月末。会場は…げ、ここめっちゃいいホテルじゃん。さすが橋本くんだわ。同窓会かー、楽しみだなあ。8年ぶりくらい?全然みんなと会ってないからなあ。ふふ。なんだかもう心が浮き足立ってきた。つい笑みがこぼれる。まるで夏休みが待ち遠しい学生みたいだ。参加に丸をつけ、返信用ハガキを近くの赤いポストへ投函した。


 夏休みの補講も終わり、私が受け持つ補習授業も終わり、いよいよ同窓会の日がやってきた。夕方。すっかり日が長くなり、まだお昼みたいに外は明るい。いい時間の電車がなかったので、会場までタクシーで向かう。ホテルにつき、料金を払ってタクシーから降り、ロビーへ行くと


「タクシーなんて、先生様は随分儲かっていらっしゃるのですねえ」

「橋本くん!」


 久しぶり、林。と声をかけてくれた橋本くん。ワイシャツ姿のところを見ると会社終わりかな。ブレザーの頃の幼さがすっかり抜けている。笑った顔は全然変わらないけど。

 妹がお世話になってます、とぺこりと頭を下げられた。やはり兄妹だったのか。兄妹そろって写真部か。なんかいいな、そういうの。


「で、みんなは?もう来てるの?」

「まー、ぼちぼち。俺ら26回生は結構集まってるよ」


 そう言葉を交わし、出席者を待つという林くんをその場に残してエレベーターに乗った。ふふ。にやける。ポーンと鳴り、会場のある3階に到着。エレベーターの扉が開く。目の前に急に人が現れた。


「ぅおっ、…久しぶり、林さん。橋本くん、下にいま、る?」

「いまるよ。」

「…教えてくれてありがとう」


 白のTシャツに水色の半袖シャツを羽織り、七分丈のベージュのチノパンといういたってラフで爽やかな格好をした男性と入れ替わりでエレベーターを降りる。…いまるってなんだ。先輩?同級生?顔よく見えなかった。少しモヤッとしながら白いドアが開いているのを見つけた。うん、会場はここかな。結構人がいる。全然誰だか分からない人がいて少し不安になった。でもすぐに一個上の先輩や顔なじみを見つけ世間話がはじまった。


 あっという間に一次会は終わり、これから近くの居酒屋で二次会だそうだ。写真部のくせに(偏見)先輩方の酒の強さが半端じゃない。私はもうすでにほろ酔い状態だ。二次会参加する人ぉー!!はぁーい俺ぇー!!と叫ぶ橋本くんは完全にもう酔っている。お前二次会やめとけ。女性陣は小さい子供がいるからと離脱する人が多かった。写真部のくせに(偏見)子供とか早くね。こちとら彼氏もいねえよ。あっという間に、離脱者、二次会参加者が帰って行ってしまった。会場に残っている人はちらほらとしかいない。帰るか。


 ホテルの外に出るともうすっかり頭上は星空だった。電車に乗るため、足を駅に向けたとき、背後から声をかけられた。振り返ると1人の男性が立っていた。


「あ、エレベーターの…」

「林さん、あの、俺のこと覚えてる…?」


 改めてまじまじと見る。背は大体170後半?少し細身で声は低め。…こんな人いたっけ…?顔見てもピンとこない。


「い、いまるの人…」


 がっくり、と音が聞こえそうなくらい肩を落とした彼は頭をかきながら名乗った。


「紀伊です。」

「き…の………?ああああ!!!」


 紀伊くん!!紀伊くんだ!!まじか紀伊くんか!!


「あまりに変わってたもんだから分かんなかった!!紀伊くん!!!」

「テンション高…。はい、紀伊です」


 8年て怖いわ!私が覚えてる紀伊くんは、背が私より少し高いくらいで割と可愛い系だったのに…もうシュッとしてる。かなりシュッシュッって感じだ。声も高めで、同い年の男子と同種とは思えなかったのに。成長ってすごいわ。


「うっわ紀伊くん!!」

「はい。紀伊です。」


 なんか嬉しい。現役のとき、数えるほどしか会話できなかったのに、紀伊くんの方から私に気づいてくれて、声をかけてくれて。万歳同窓会!

 紀伊くんも電車で帰るということで一緒に駅に向かって歩き出した。たまに吹く風は生ぬるく、私にじっとりまとわりつく。


「なんかむあっとするね」

「じっとりだよ」

「えー、むあっだよ」


 至極どうでもいい会話。じんわり身体に汗の膜ができて、空気もぬわぁんって感じだけど、悪くない。むしろ、この時間が心地いい。


「紀伊くんは今なにしてるの?」

「林さんと歩いてるよ」

「お仕事だよ」

「んー、ぼちぼち。」


 会話になってんのかしら。多分否。紀伊くんてこんな感じだっけ…。私が、変わったのかな、


「私、変わったかな?」


 唐突にそのままの質問をぶつけてみる。隣の彼はなんと答えるのか、少し気になった。


「…うん。でも、林さんは林さんのままだよ。あの頃と同じ目をしてる。、と思う。」

「目?」

「目。他も、所々林さんのままだと思う。少しだけ、安心した。」


 なんか、照れる。隣の男はしれっとしている。悔しい。


「紀伊くんは変わったね。すっかり大人になった。」

「そんなことないよ」


 別に照れた様子はない。逆にこっちが照れる。ただただ悔しい。


「林さん、写真はまだ撮ってるの?」

「学校行事で生徒を撮るくらいかな」

「そっか、学校の先生だったね」


 てれてれ。いや、今照れるんかい。紀伊くんの照れポイントが分からない。あれ?教師ってなんで知って……橋本くんか。

 それから少し昔話に花が咲き、週末に写真展を見に行かないかと誘われた。同窓会を待ってた時くらい、またどきどきしてきた。うずうず。ゴトゴトゴトと、電車の音が聞こえてきた。黄色い光がまぶしい。もう、駅。残念ながら電車の方面が違うようだ。別れが名残惜しい。


「じゃあまた今度。今日はありがとう。おやすみなさい。」

「こちらこそ、チケットありがとう。またね、紀伊くん。おやすみ。」


 連絡先を交換し、それぞれのホームに向かった。まるで高校生に戻った気分で夏の夜を味わった。

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